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秘密の冒険

6時半に起き、弁当を作り、夫は仕事へ、娘は学校へ。


洗濯物を済ませ、いつもなら二度寝をするところだけど、今日はちがう。
以前からあたためていた計画を実行に移す時が来た。

午前10時、駅へと歩く。
途中、母校の校庭を眺める。小学生がハードルを並べている。朝から運動、大変だ。
娘も今頃がんばっているのだろうか。少し後ろめたい気持ちになる。

午前10時05分。
10:26初の電車に乗る予定。構内のファミリーマートでビールとチョコ入りナッツを買う。

午前10時10分。
ホームへ向かうと、車両トラブルで30分ほど遅れるとのアナウンス。
トラブルは旅の醍醐味。間の悪い私の旅にぴったりで、いいぞいいぞ。
若者だらけのホームで、自販機の後ろに隠れながら電車で飲むつもりだったビールをなるべく音がしないように開ける。
40歳なのに、40歳だからこそ、隠れて飲む。なにしろ朝、駅のホームだ。
飲み終わると少し楽しくて、少し眠たくなってくる。

電車が来たのは午前11時頃。
ややテンションが下火になりつつ電車に乗り込む。トイレに行きたい。
旅のお供に選んだ北大路公子さんの文庫本を読みながら1時間ほど電車に揺られる。
著者の座右の銘は「好奇心は身を滅ぼす」であり、その言葉にビクビクしながら繁華街の駅に到着。

人が多い。数段先を歩いているミニスカートの女の子のパンツが見えそうで見えない。お母さんは心配だ。

早歩きでトイレへ向かってスッキリ。
トイレの個室の中にペットボトルが放置されていたので、バックへ突っ込んで、ビールの空き缶と一緒にゴミ箱へ。
いい事あるかな、大谷さん。
なんて、下心丸出しの願掛けを恥じる。いつでもどこでもゴミを拾える人間になりたい。

駅に併設された商業施設の洋服売場をフラフラと歩く。
人が多い。
ふと鏡に映る自分の目は思った以上に死んでいて、すでに夕方の顔をしている。
助けを求めるように書店のフロアへ足が向く。書店へ着いたらやっと気分が落ち着いた。目のやり場に困らない書店が大好きだ。
1時間ほどで本を2冊選んで購入する。
さてさてお腹も空いてきたし、憧れの1人飲みでもしよう。

午後1時45分、近くにある小さな飲食店が集まったところへ向かう。一番行きたかった店舗は男女の若者グループがいて入りにくく、賑わっていないお店のカウンターのすみっこに着席。ランチメニューと生ビールを頼む。え?ビール?みたいな顔をされた気がした。
カウンターには店員さんの知り合いのような若い男の子が一人、ランチを食べていた。
時折たのしそうな声が聞こえる。
すみっこは大好きだ。ビールも大好きだ。ランチも美味しい。
けれど、けれど。
さみしい。
ビール2杯目。美味しい。
さみしい。さみしいさみしいさみしい。

気づいてしまった。
1人飲みを楽しめる大人の女に必要なのはコミュ力。もしくは人の目も気にせず、我が道を貫き通すような心の強さ。思った以上にハードルは高い。去年見上げた平安神宮の鳥居くらい高い。ハードルはくぐるものだ。
大事なことに気づけて、ひとつの成長を喜び、早くこの場を立ち去ろう。
一刻も早く静かな場所で本が読みたい。

周辺喫茶店を調べると、老舗の喫茶店が出てきた。
歩いて2分。

午後2時30分、こじんまりとした店の古めかしいドアを開けると、70代位のマスターらしきお父さんと50代くらいの娘さんらしき女性があたたかい笑顔で迎えてくれて、私も思わず顔が緩んだ。
今朝家を出てから、ここへ来るまで1度も笑っていないことに気づいて、今笑えたことが泣きたいくらいにうれしい。
注文したアイスカフェオレは白と茶色のきれいな二層になっていた。そしてとてもおいしい。郷土菓子もついてきた。
ここでもカウンターのすみっこに座った。
おしりの痛くならないフカフカな木の椅子。
隣は誰もいなくて、荷物を置いていいよ、と優しくマスターが言ってくれた。
テーブルの端には穏やかに微笑む年配の女性の写真立て、その前に小さなコーヒーカップにコーヒーが注がれている。1ミリくらい減っているように見えた。このお店とコーヒーを愛していた方なのだろう。
全く知らない女性の写真に、素敵なお店ですね、と心の中で話しかける。
薄暗いけど暖かみのあるレトロな雰囲気と流れるジャズが、とても心地いい。あっという間に時間が過ぎる。
マスターも娘さんもお客さんが話しかけない限り話しかけてくることはないけれど、帰っていくお客さんみんなに、また寄ってくださいねー、とニコニコ見送る。
私にもそう言い、また来ます、とニコニコ答えて店を出た。

さみしさにも感謝するくらいの穏やかな気持ちで、予定していた電車の時間を逃す。

午後4時20分、新幹線で帰路に着く。料金は2倍、乗車時間は電車の5分の1だ。
タ、タイムイズマネーなんだな、って山下清の声が聞こえる。


駅から歩いて帰る途中、タコさんウインナーみたいな花のような実のようなものを拾う。途中の橋の欄干の角に隠すようにサッと置く。
次に通る時に、まだいてくれるだろうか。
それとも小学生に見つかって、タコさんウインナーだとはしゃがれたのち、川に投げられるだろうか。

午後4時50分、帰宅。
今日一日、何事も無かったかのような顔で娘の帰りを待つ。
憧れの一人昼飲みでさみしくなった母親の話、娘も聞きたくないだろう。
喫茶店はいつの日か一緒に行きたい。



私の店に来てくれるお客様も、誰かしら、その日一度も笑ってないのかもしれない。
そんなことを想像したら、仕事へのやりがいと責任感が増した。

タコさんウインナーみたいなの

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