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フォークダンス

 中学校の正門前、「入学式」の立て看板の横でスマホを構え、母ちゃんがおれを写した。
「チーズ、チーズ! いい顔して」
 命令しながら、何回か写した。
 そのまま画面を操作している。ばあちゃんや父ちゃんにおれの「いい顔」を送ってるんだろう。スマホを見つめたまま「学ランが浮いてるわねぇ」とつぶやく母ちゃんは、窮屈そうなピンク色のスーツを着ている。
『学ランが浮いてる』っていうか、中で体が泳いでるおれ。成長期だから(おれの予定では)一年もしたら、この制服も窮屈になってるはずだけど。
 母ちゃんがスマホをいじっているのを眺めていたら、視線を感じた。
 門と校舎のあいだくらいに足を止めて、知らないおばさんがこっちを向いている。
 おれを見てる? 気のせいかな。
 そのおばさんはクリーム色のスーツを着ているから、誰かの母ちゃんなんだろう。でも、そばに中学生の姿はない。
 そうだ、生徒の集合時間は決まってるし、いつまでも親と一緒にいるのはカッコ悪い。
 スマホを操作中の母ちゃんを置いて、おれは校舎に向かった。

 1年2組になったおれの名字は寺田である。
 教室の座席は出席番号で決まっていた。「あ」の生徒から順番に並んでいくと、おれは四列目のいちばん後ろになった。
 おれの出身小学校は小さいから、この中学校に進んだ生徒も少なくて、2組で知っているのはたった3人。3人いるだけマシだけど、今の席順だと言葉を交わせるほど近くない。「また同じクラスかよー」「やだー」なんて、前後左右の席同士でうれしそうにつつきあってるやつらがちょっとうらやましかった。
 どこの小学校出身か、おれの前の席は、そんな騒ぎの中でも黙って座っている男子だ。
 遠くから引っ越してきたのかも、と推理していたのに、三列も離れた席の女子が、
「塚本くーん! また一緒でうれしいなー!」
 と手を振った。
 前の席のやつがそちらに顔を向け、軽く右手をあげる。
 ふうん……。
 そいつの名字が塚本で、引っ越してきたわけでもなく、女子に好かれていることが、一気にわかってしまった。
 塚本は、おれみたいにそわそわと教室内を見まわしたりしない。姿勢よく、じっと動かない。おれより完全に背が高い。制服だって大きめだけど、おれと違ってブカッとしていない。横顔をちらっと見たかぎりでは、秀才っぽいイケメンだ。
 もうすぐ入学式が始まる。
 会場の体育館には、クラスごとに入場する。「廊下に整列!」っていわれて教室を出るとき、戸口でかちあったやつに、塚本が手ぶりで先を譲るのを見た。
 オトナっぽい! こんなこと、さらっとできるやつがいるんだな。
 塚本って、本当に同学年? 別世界から来たんじゃないの? 言葉、通じるか? 通じないかも。絶対、おれとは縁がないタイプだ。このまま卒業まで、口をきかずに終わるにちがいない。

 列を作って、体育館に入っていく。
 中には紅白の幕がはりめぐらせてあり、保護者の拍手の音がバサバサと響いている。
 保護者席はほとんど埋まっていた。拍手をしている人も多いけど、スマホやデジカメを手にした人もいっぱいいた。母ちゃんもスマホを手におれを待ち構えてるんだろうな。
 歩きながら、目だけきょろきょろ動かす。
 母ちゃんは通路近くの席にいたから、すぐに見つかったけど……え、なんで? どこ見てんの? おれ、ここ。写さないの?
 ふと前を見ると、塚本はピンと頭をあげたまま歩いている。自分の親がどこにいるかとか、全然気にしてない感じだ。
 おれは反省し、母ちゃんを見るのをやめて前を向いた。
 グッとあごを上げていたから、式の最中も、教室に戻って「あ」から順に自己紹介をしていくあいだも、塚本の後頭部ばかり見ていたことになる。それに気づいて塚本に腹が立ち、ずっと見ていた自分にも腹が立った。あと一秒だって、塚本が目に入るのはイヤだ。
 帰る時間になると、おれは真っ先に廊下に出た(いちばん後ろの席でよかった)。
 まだ校舎の構造に慣れていないけど、ほかの教室から出てきたやつらにさりげなくまぎれたら、流れに乗って昇降口に着けた。
 そこで、小学校の仲間たちと再会した。春休みにも遊んだのに「久しぶり」と感じたのは、制服のせいなのかな。口を開けば、何も変わっていなかった。
「寺ちゃん、式のとき、緊張してたね」
「ビシッとしてて、なんか笑えた」
「ビシッと寝てたんじゃないのー?」
 そういわれたから、指まで使って目を見開いてやった。
「ばっちり起きてたし!」
 みんなで笑いながらつつきあっていると、塚本がやってくるのが見えた。
 追いつかれるのはカンベンだ。おれは、そそくさと校舎を出た。

 正門のあたりにはまだ何十人も保護者が残っていて、にぎやかだった。「入学式」の看板の横で写真を撮られている男子グループや、誰かの母ちゃんを囲んで、わいわいしゃべっている女子グループもいる。
 おれは母ちゃんの姿を探さなかった。「友だちと帰るつもりだから、式が終わったら母ちゃんは先に帰っといてな」って、今朝、家を出るときにも念を押しておいたのだ。
 それなのに……見つけてしまった。
 母ちゃんは、そこにいた。『いた』だけじゃなく、目立っていた。スーツの色のせいじゃない。クリーム色のスーツを着た誰かの母ちゃんと向きあっていたのだ。ふたりで、4つの手をひとつにまとめて。
 お互いにぐっと近づき、それから、腕をいっぱいに伸ばして離れる。手はつないだままだ。ひじのあたりにかけた母ちゃんのバッグがぶらぶら揺れている。
 ふたりは相手を見たまま首をかしげあい、また、ぎゅっと近づいて顔を寄せた。
 なんだ、あれ。フォークダンスの一種?
 そう思ったのと同時に、後ろで誰かがボソッといった。
「フォークダンス……?」
 頭の中を読まれたのか!
 驚いてふりかえると、塚本が立っていた。その顔は、おれの母ちゃんのほうに向いている。でも、すぐに気づいたらしい。おれを見て、いきなり謝ってきた。
「騒がしくてごめん。あれ、うちの母なんだ」
 母! そんな呼び方する? いや、よその人にはそう呼ぶって、おれだって知ってるぞ。知ってるけども、おれ、さらっと呼べない。塚本、マジでオトナ……。
 おれがボーッとしていたから、もっと言い訳しなきゃと思ったのかもしれない。塚本が話をつづけた。
「今朝、着いたときから、『保護者の中に中学生のときの友だちかもしれない人がいる。当たりかも。はずれかも。人違いだったらはずかしい』って、笑えるほどそわそわしてたけど……どうやら大当たりだったらしい」
 そして、「ふっ」と溜め息をついた。
 おれは覚悟を決めた。
「相手、おれの母ちゃ……母、です」
 塚本が「え?」と口を開けたとき、「母」たちが駆け寄ってきた。
 ふたりが同時にわけを話すので、何をいっているのかすぐにはわからなかったが、塚本はさすがだ、半分くらい通訳してくれた。
「母」たちは中学時代、塾で出会って仲良くなった。中学校も進んだ高校も別々だったし、その後、どちらの家も引っ越しをしたし、就職したときも結婚したときも引っ越しをした。それで、気づいたときには連絡先を失っていた。中学校が違うから卒業アルバムにも載っていないし、同窓会もない。共通の友だちもいない。そのころ住んでいた街からは、すでにうんと離れている。
「スマホとか持てる時代じゃなかったしね」
「でも、顔でわかったの」
「お互い、変わってないよね」
「体重は1.5倍だけどね」
「式のあいだも、気になって気になって!」
「式の後も、話しかけようかやめようかって、迷って迷って!」
 入学式、上の空だったんだな。
 あきれた。同時に、中学時代の友だちとこんな未来があるなんて「すごい」とも思った。
 もしも離れ離れになって、数十年後にしか会えなくても、会えばこんなに喜べる……そんな友だちをおれも作りたい(だが、フォークダンスはしないぞ!)。
 いつのまにか、生徒も保護者もほとんどいなくなっている。
「ね、お茶しよう」
「うん、そうしよう」
 母ちゃんたちははしゃぎ、「あんたたちは先に帰ってなさい」と言い残すと、手を取りあったまま去っていった。
 取り残されて、おれたちは顔を見合わせた。
 何かいいたかったけど、おれには思いつけなかった。
 塚本も同じだったのかもしれない。やっと言葉を見つけたけど自信がない、そんな口調でいった。
「じゃあ……明日?」
 おれは答えた。
「うん、明日」


(愛知県教育振興会「子とともに ゆう&ゆう」2019年度4月号掲載)


わたしのまわりには「嘘みたい」な偶然がいくつもあります。先輩作家さんが夫の妹と同級生だったり、友人作家が従姉と同じ町内に住んでいたり。だから「悪いことはできない」「お天道様は見ている」が身に染みている……わりに、悪いことをお天道様に見せています、ごめん。

今回から、連載の最終年度の作品です。連載については下記のリンク先をごらんください。

https://note.com/gotomiwa/n/ne0a1d4443139


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