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賢者の贈り物

 遠距離恋愛。
 ドラマなんかで聞いたことがあるだろう。だけど、経験者はどれくらいいるんだろう? きっと、3年2組ではおれだけだ。
 そう、中学3年生である。12月である。受験生に恋愛もクリスマスもない!
 と思ってはいるのだ。メールのやり取りも一日一往復と決めた。何しろ相手……ミオも受験生。おれにもミオにも将来の夢がある。そのために絶対、志望校に合格したいのだ。
 遠距離といっても、となりの県だ。ミオの最寄り駅とおれの最寄り駅は、一本の路線のあっちとこっち。受験生じゃなければ、毎週末会うことだってできそうな距離。
 それなのに「遠距離」としか思えないのは、中1の終わりまで、ミオはおれんちの斜め向かいに住んでいたからだ。
 お父さんが本社に転勤するから一緒に引っ越すことになった……と聞いたとき、おれはショックを受け、ショックを受けたせいで疑いはじめた。
 おれ、ミオが好きなんじゃね? って。

 はじめはメル友。中2の冬休みは、おれんちから自転車で20分のところにできた新しいショッピングモールで会った。「プチ同窓会」と称して、カフェで乾杯もした。再会を約束して、その後もメールを送りあった。
 でも、おれたちはあっという間に中3になって、日曜日は塾……夏休みは講習……。
 最後に会ったのは、ミオの住む町のとなりの市。夏休み終盤の花火大会だった。
 おれはTシャツで出かけていったけど、ミオはひまわりの花が描かれた藍色の浴衣を着てきた。長い髪を頭の上に巻きあげて、ひまわりの髪飾りをつけていた。
 おれが「その髪型、めんどくさくね?」といったのは、誉め方がわからなかったからだ。
 ミオは笑って、「叔母ちゃん……お父さんの妹が結ってくれたの。自分では無理だもん。ふだんはグワッと束ねて、ガシッと留めてるだけなんだよ」といった。
 ああ、それも見たことあるな。「プチ同窓会」の日だった。くるくるっとまとめた髪を、クシと洗濯バサミが合体進化したみたいな道具で、頭の後ろに固定してたもんな。
 思い出し……おれは完全に自覚した。
 ミオのことが好きだって。

 そして、おれは今、電車に乗っている。
 クリスマスに会うことになったからだ。
 おれの駅とミオの駅、それぞれから数えて、ちょうど真ん中の駅で、一瞬だけ。
 一瞬っていうのは大げさだけど、たぶん30分くらいしか顔を見られないと思う。
 駅前広場に立つ巨大なクリスマスツリーを見て、プレゼントを交換して、夕方からの塾の講習に間に合うように、また電車に乗って帰るのだ。
 おれのポケットには、紙包み。
 あの、髪をガシッと留める道具を贈ることはすぐに思いついたけど、店に行くのは勇気が要った。身近に相談相手もいなかった。父さんはもちろん無理。母さんはずっとショートカット。女子が使う髪飾りなんてまったく縁がない一家だから、しかたない。
 それでも、売っている店は知っていた。「プチ同窓会」のとき、モールで、ミオがその店を教えてくれたからだ。女子が使うアクセサリーがぎっしり並んで、きらきらしている店だった。客も女子ばかりだった。
 あのときのぞいたきりの店にひとりで足を踏み入れるのは、模試並みに緊張した。
 初めて手に取ってみたその道具はヘアクリップとか呼ばれていて、やっぱりクシと洗濯バサミを合体させて、華やかに進化させたものに見える。ミオの髪は長いから大きめのを選んだ。ほかに中3男子の客はいそうになく、代金を払おうとして「プレゼントですか?」って店のお姉さんに聞かれたときは、「ひゃい!」と答えてしまってはずかしかった。
 そのプレゼントが、サンタ柄の紙に包まれて、おれのポケットに収まっている。
 何日か前に降った雪が、線路わきのあちこちに白く残っているけど、今日は快晴。ダイヤの乱れもない。順調に約束の駅に着いた。
 電車が、ホームにすり寄るみたいに速度を落とす。入れ違いに、反対のホームから電車が出ていく。ミオはあれに乗ってきたはずだ。
 電車のドアが開くと、おれは待ち合わせ場所の改札口へ、階段を駆け上がった。
 サンタみたいな、ぶかっとした赤いニット帽をかぶったミオが、そこにいた。おれを見て、小さく手をふった。
 アクシデントなんかないのに、ミオを見たらホッとした。でも、駆け寄るのは照れ臭いから、そこで歩調を緩めて、「やあ」みたいな感じで軽く右手を上げてみせた。
 ミオは小型のリュックを背負っている。おれへのプレゼントは、あの中に入ってるのかな。中身は何だ? 知りたい。でも交換が終わったら、あとは帰るしかない……そんな気がする。ぎりぎりまで先に延ばしたいから、広場の方向を指さした。
 肩を並べて駅を出ると、ぴりぴりする風が吹きつけてきた。ミオが帽子を、耳たぶを守るように引き下げた。
 毎日一往復メールを送りあってるから、近況報告は要らない。ミオんちの昨日の夕食がハンバーグだったのを知ってる。おれんちがおでんだったことも伝えてしまった。そのせいかな、クリスマスツリーの前に立っても、何を話せばいいかわからなくなってるおれ。
 ミオが先に、ポツッといった。
「よかったね、晴れて」
 おれはうなずいただけ。不機嫌そうに見えたかもしれない。あわててミオのほうをうかがった。ミオはツリーを見上げていた。横顔が笑ってる。よかった。
 おれもツリーを見上げた。光る球を数え切れないほど枝にくっつけた作り物のモミの木だけど、「きれいだね」というミオのつぶやきに、おれはまたうなずいた。
 ミオがほんの少し、顔の向きを変えた。駅前の時計塔で時刻を確かめたらしい。
 そう。おれたちの時間は流れていくのだ。
 ゆっくりとリュックを降ろすミオ。
 たぶん……いや、絶対……そこにはおれへのプレゼントが入っている。
 心がムズムズした。プレゼント交換のあとは「さよなら」だ。そう考えると、うれしいのかさびしいのか、わからなくなる。
 だから、先手を取った。ポケットから包みを取りだし、ミオにぐいっと突きつけた。
 リュックを開けようとしていたミオは戸惑い顔になった。受け取りそこねた包みが、指先で弾んで地面に落ちた。
 何日か前の、とけ残りの、ぐしゃぐしゃな雪の上に。
「あ、ごめん!」
 ミオが、かがみこんだ。素早く拾い上げ、濡れた包み紙を開くと、「あっ」と手を止めた。中身を見つめたまま、小声でいった。
「ごめん」
 二度目の「ごめん」? なぜ? 
「髪のこと、メールに書かなくて……」
 呆然としていたら、ミオが帽子を脱いだ。
 今度は、おれが「あっ」といった。
 ミオの髪は短かった。耳が見えるくらいに。

 ヘアクリップを両手に包んだミオが、
「ヘアドネーション」
 という言葉を教えてくれた。
 病気を治療することで髪を失うなど、さまざまな原因で医療用ウィッグ(かつら)を必要とする子がいる。ウィッグを作るために、長い髪を切って寄付(ドネーション)すること、それが「ヘアドネーション」だ。ウィッグひとつに、何十人もの髪を使うらしい。
「いとこが……叔母ちゃんの子が入院したの。病気はきっと治るよ。でも、ウィッグが要る。今のわたしじゃ病気は治してあげられないけど、髪の寄付ならできるって思ったの。わたしの髪がそのまま、あの子のウィッグになるわけじゃないけどね」
 ミオの夢はずっと前から、小児科医になることだ。それを知っているおれには、言葉が見つからない。「その子のためにも高校受験がんばれよ」なんて、ずっとがんばってるミオにいうのはまぬけすぎる。
 考えて考えて、やっとこういった。
「あったよな、そういう小説」
 クリスマス……大事な時計を売って奥さんへ贈るクシを買って帰ったら、奥さんはだんなさんへ贈る時計用の鎖を買うために、その長い髪を切り、売っていたって話。
 ミオが首を傾げた。
「O・ヘンリーの『賢者の贈り物』?」
「ああ、それそれ」
 なぜ「賢者」なんだろ? 貧しい夫婦のすれ違いの話なんじゃねーの?
 ところが、ミオはうれしそうにいったのだ。
「心から愛しあってる夫婦の話だね」
 突然ミオから「愛」って単語を聞いて、うろたえるおれ。
 ヘアクリップをてのひらに乗せて、ミオがくすくすっと笑った。
「これは『ケンタの贈り物』」
 おれの名は健太である。
「高校生になったら、また髪を伸ばすね」
 そういったミオの笑顔を、おれはボーッと見ていた。ミオなら、髪は長くても短くてもいい……って、口に出せないまま。
 とうとうミオが、リュックから細長い包みを取りだした。
「これ、高校で使ってね」
「さ、さんきゅ……」
 受け取りながらおれが考えていたのは「中身は何だ?」じゃない。
「時間よ、止まれ」だ。


(愛知県教育振興会「子とともに ゆう&ゆう」2019年度12月号掲載)


「賢者の贈り物」が好きなので12月には書いておきたい! と思ってこうなりました。このシリーズに登場する恋愛ものではトップクラス……というか、ちゃんとつきあっているっぽい少年少女の話はこれだけかも(つきあいそうなふたり、ならいましたけど)。読み返して、少々照れました。

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