インセンティブ報酬の実務 Q&A ― 有償ストックオプション②―

ー 当該記事の目的 -
 有償ストックオプションの概要を理解する。その2。

Q5:有償ストックオプションの希薄化効果(Dilution)とはどの様なものでしょうか?

ーAnswerー
希薄化効果には、2種類あります。
①株式価値の希薄化
②議決権比率の希薄化

■株式価値の希薄化
 新株予約権が行使されると、一般的に、会社は時価を下回る金額で株式を交付する事になる。この差額は従来からの株主である、既存株主が自己の株主価値を犠牲にしている事になる。換言すると、既存株主が保有する価値が希薄化している事になる。
【例】
①現在の発行済み株式総数は、1株である。
②現在の株価は@100円である。
③新株予約権の権利行使価格は@50円である。
④新株予約権が行使され、50円が入金され、1株を新株として発行した。
⑤時価で新株発行できていれば、株価総額は200円になったのに、
新株予約権行使により、150円になっている(当該50円の差額が希薄化効果)。

■議決権比率の希薄化
 新株予約権が行使されると、既存株主以外に新株が発行される事がある。既存株主以外に新株が発行されるという事は、既存株主の議決権比率が希薄化するという事になる。
【例】
①現在の発行済み株式総数は、1株である。
②新株予約権が行使され、1株新株を発行した。
③既存株主の議決権比率は、100%から50%に希薄化してしまった。

■希薄化効果の開示
 新株予約権には、希薄化効果があるため、有価証券報告書・四半期報告書・決算短信にて、「潜在株式調整後1株当たり当期純利益金額及びその算定上の基礎その希薄化の影響額」が開示される。
また、後述する適時開示に希薄化率等を記載する事がある。

■希薄化効果の制限
 新株予約権には、株式価値と議決権比率の希薄化効果がありますが、会社法・金商法等の法律により、希薄化は何%までならOK等の希薄化の制限は定められていません。しかし、希薄化効果は既存株主に不利益を与える可能性があり、特に有償ストックオプションの場合、取締役会の決議で付与する事ができるため、希薄化に対する、株主からのガバナンスが効きづらい状況です。
 一般的には、希薄化効果が高い場合でも、6~8%であるようです。弊社が担当した案件で最も希薄化が高かったものは約9%であり、有償ストックオプションの発行事例の中で、10%以上のものは弊社内では認識していないとの事である。
 法的には希薄化の制限がないのに、希薄化効果が高い案件でも6~8%程度に収まるのは、証券取引所があまりにも希薄化効果が高いと判断する場合には、既存株主の不利益となるため、新株予約権の付与を許可しない場合があるためです。

ーPOINTー
①希薄化は既存株主の不利益となる場合がある。
②希薄化は高い場合でも8%位。
③有償ストックオプションの場合には、取締役会で付与の決議ができるため、株主が納得する設計し、IR等でその内容等を説明する必要がある。

Q6:有償ストックオプションの公正価値はブラックショールズモデル以外にどの様に算定されますか?

ーAnswerー
有償ストックオプションは、主に下記の方法で算定されます。
①ブラックショールズモデル
②モンテカルロシミュレーション
③二項モデル

■有償ストックオプションの公正価値
 有償ストックオプションは、上場会社の株式の様に、流通性の高い市場が存在しないため、オプション評価モデルに基づき、公正価値を算定する必要がある。この公正価値は、理論的な価値であり、仮に有償ストックオプションの売買市場があった場合の時価とは異なる可能性がある。しかし、市場が無い以上、オプション評価モデルにより計算された公正価値は最も信頼できる価値である。
 ブラックショールズモデル、モンテカルロシミュレーション、二項モデルに優劣関係があるわけではないが、ブラックショールズモデルによる算定が基礎となる。なぜなら、当該評価法は、計算の再現性が可能(誰が計算しても同じ結果となる)であるためである。
 弊所は、ブラックショールズモデルとモンテカルロシミュレーションの2つの方法を採用しているため、下記にて2つの方法の概要を記載する。

■ブラックショールズモデル
 新株予約権に限らず、公正価値評価に用いられる手法の基礎は、「将来キャッシュフローの割引現在価値」である。ブラックショールズモデルも基本的には、この考え方に基づいている。
 例えば、国債であれば、将来キャッシュフローが確定しているため、当該キャッシュフローを国債利回りで現在価値に割り引けば、公正価値(=発行価額)が導かれる。しかし、新株予約権の場合には、将来キャッシュフローの予想をすることが難しい。なぜなら、権利行使時の株価を予想しないと将来キャッシュフロー(「株価」―「権利行使価額」がキャッシュインフロー)が予想できないからである。
 そこで、ブラックショールズモデルにより、権利行使時における株価がどの程度になるかを仮定する。この仮定計算は、有償ストックオプション付与時の株価を始点にし、その直後の株価をブラックショールズモデルの算式で計算し、そのまた直後の株価をブラックショールズモデルの算式で計算するといった方法で何度も計算を行う。
 この様に計算を繰り返す方法を、株価のランダムウォーク仮説と呼ばれる。この仮説により、将来の株価を何パターンか仮定し、それぞれ株価が実現する可能性とその時のキャッシュフローの実現可能性等を考慮したうえで、これらの期待値を計算し、この期待値の割引現在価値をリスクフリーレートを割引率として計算する式がブラックショールズモデルである。なお、ブラックショールズモデルは、有償ストックオプションが株式と同様、市場で取引できるという前提に立っている。また、ブラックショールズモデルは、ヨーロピアンタイプ(権利行使が満期の1時点においてのみ可能)を前提としており、アメリカンタイプ(満期前の権利行使が可能)の評価はできないとされている。

■将来キャッシュフローの割引現在価値とは
 割引現在価値とは、将来キャッシュフローを、現時点における価値に割り引いた価値である。
 例えば、1年後に受け取る110万円は、現在価値に換算すると110万円とはならない。これは、金利(割引率)の存在に起因する。金利(割引率)を10%とすると、1年後の110万円は現在価値に直すと100万円(110÷10%)となる。

■モンテカルロシミュレーション
 モンテカルロシミュレーションにおいても、ブラックショールズモデルと同様、「公正価値は将来キャッシュフローの割引現在価値である」という考え方に基づいている。主に異なる点は、モンテカルロシミュレーションには、正規乱数が存在するという点である。正規乱数とは、ランダムに動く変数であり、これを数式に入れる事により、株価がランダムに動くと仮定した計算結果が得られる。具体的な計算方法は、ブラックショールズと同様で、ランダムウォーク仮説に基づいて行われる。

■ブラックショールズ

■モンテカルロシミュレーション

Q7:ブラックショールズとモンテカルロシミュレーションのどちらを用いて評価すれば、良いでしょうか。

ーAnswerー
 ブラックショールズモデルとモンテカルロシミュレーションとの間に優劣関係はありません。
 但し、株価条件が付された有償ストックオプションの場合、モンテカルロシミュレーションでしか公正価値評価できません

■ブラックショールズモデル・モンテカルロシミュレーションどちらが正確か
 ブラックショールズモデルとモンテカルロシミュレーションに優劣は無いと述べたが、その理由は、公正価値評価についての基本的考え方は同じだからである(将来キャッシュフローの割引現在価値・ランダムウォーク仮説)。そのため、計算方法は異なるものの、理論上はブラックショールズとモンテカルロシミュレーションとでは、同一の計算結果になる。
 しかし、モンテカルロシミュレーションにおいて、ボラティリティー(株価の変動性)が高い場合には、計算結果がブラックショールズモデルと乖離する可能性がある。これに対応するために、弊社では、ランダムウォークの回数を何十万回行う事により、ブラックショールズモデルにおける計算結果に近づける様にしている。
 モンテカルロシミュレーションにおける算定は、正規乱数の存在により、再現可能性に欠ける。換言すると、同じ条件で計算を行っても、計算結果は一致せず、微妙な誤差が発生するのである。この点が、再現可能性に優れたブラックショールズモデルとの違いである。

■モンテカルロシミュレーションだけにできる事
 有償ストックオプションの権利確定条件として、株価条件が付されている場合、ブラックショールズモデルでは、計算できない。これはモンテカルロシミュレーションにおいては、株価のランダムウォークが一連のシナリオとして捉えられているため、ランダムウォーク仮説における、繰り返し計算の各時点において株価条件が満たされているかを判断できるが、ブラックショールズモデルにおいては、株価のランダムウォークが一連のシナリオとして捉えられていないため、この判断ができない為である。
 よって、業績条件として株価条件が付されている場合は、必ずモンテカルロシミュレーションにより算定を行う。
 また、業績条件として、営業利益等会計上の指標を条件としている場合においても、モンテカルロシミュレーションを使用することがほとんどである。この点、十分な理論づけが行われずモンテカルロシミュレーションが採用されているのが現実であるが、高度なファイナンス理論の知識が必要になるため省略する(少なくとも、株価条件が付された有償ストックオプションはモンテカルロシミュレーションでしか公正価値評価できない。という理由とは異なる理由である)。

ーPOINTー
①ブラックショールズモデルとモンテカルロシミュレーションとの間に優劣関係は無く、理論的には、計算結果が一致する。
②株価条件、業績条件が付された有償ストックオプションはモンテカルロシミュレーションにより、公正価値評価される。有償ストックオプションには、通常、株価条件又は業績条件が付されているため、有償ストックオプションの評価方法は、ほとんどの場合で、モンテカルロシミュレーションが採用される。


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