IAS29 「超インフレ経済下における財務報告」入門 -連結会計-

 昨今、各国で大幅なインフレが進んでいます。国際会計基準では、超インフレが生じた場合の会計処理を規定しています。日本会計基準を適用している会社であっても、海外子会社を保有している場合、超インフレの会計処理が必要になる場合があります。
 今回の記事の目的は、IAS29号の基礎部分を理解することです。より細かな会計処理は別の記事にて記載を予定しています。

IAS29 「超インフレ経済下における財務報告」とは

 国際会計基準である、IAS29号では、超インフレの会計処理を行う趣旨を下記の通り規定している。

『超インフレ経済下では、経営成績及び財政状態を修正再表示せずに現地通貨で報告することは有用ではない。貨幣の購買力が急速に失われるため、異なる時点で発生した取引その他の事象から生じた金額の比較が、たとえ同一の会計期間内であっても、誤解を招くものとなる。』

 一読したところで、イメージが湧きづらいため、私があえて一言でいうならば、『期間比較性の担保』である。下記設例にて説明を加える。なお、今回の記事における設例は日本企業が海外子会社A社を保有しており、A社が属する国で超インフレが生じたことを前提としている。

ー例ー

①A社は超インフレ前に80円で仕入れた商品を100円で売るビジネスを行っていた(粗利率20%)。
②仕入れ後に超インフレが生じ、販売価額が150円になった(インフレ率50%、粗利率47%)。
③売上原価を120円(80円×150%)に評価替えし、期間比較可能性を担保する(粗利率20%へ)。
⇒評価替えにより生じる差額40円(120円-80円)は売上原価に計上される。

超インフレの会計処理とは、③である。この処理をすることで、粗利率が超インフレ前後で20%となり、経営成績の期間比較が可能となる。

超インフレの定義とは

IAS29号では、超インフレの例示として、下記を規定している。実務において、もっとも用いられやすいのは、(e)のインフレ率100%基準である。

(a)一般市民が、財産を非貨幣性資産又は比較的安定した外国通貨で保有することを選考する。保持している自国通貨が、購買力を維持するために直ちに投資される。
(b)一般市民が、貨幣金額を自国通貨でなく比較的安定した外国通貨で考える。諸物価が当該外国通貨で示される場合もある。
(c)信用売買は、たとえ短期間であっても、与信期間中に予想される購買力の喪失を補填する価格で行われる。
(d)利率、賃金及び諸価格が、物価指数に連動する。
(e)3年間の累積インフレ率が、100%に近づいているか又は100%を超えている。

 上記は例示であり、いずれか1つに当てはまったからといって超インフレの会計処理が求められる訳ではない。超インフレの会計処理を行った企業の開示を参照すると(e)の3年間の累積インフレ率100%を基準としてる企業が多い様である。やはり、例示のなかで唯一の数値基準であり、客観的に判断できるからであろう。

超インフレ会計の適用の4ステップ

ーステップ1ー
インフレ率の算定
 
IAS29号においてインフレ率は、一般購買力の変動を反映する一般物価指数を用いる必要があるとしている。
 一般的にはCPI(消費者物価指数)を用いるが、場合によっては生産者物価指数などを用いる余地もある。

ーステップ2ー
超インフレ会計適用科目(非貨幣性項目)の特定
 
超インフレの会計処理はすべての勘定科目に適用されるのではなく、非貨幣性資産や負債について当該処理が必要となる。
 非貨幣性資産とは、固定資産・のれん・関連会社投資・棚卸資産等である。ただし、減損等の評価減をしているものは対象外となる。
 現金のような貨幣性資産について超インフレの会計処理が求められていないのは、貨幣性資産は購買力の変動が既に反映されているためである。例えば、インフレ前において10円硬貨を持っていれば『うまい棒』を購入することができたが、インフレ後は『うまい棒』が12円になったため、10円硬貨を持っていても『うまい棒』を購入することはできない。つまり、10円硬貨の一般購買力の低下は何もしなくても反映されているのである。

ーステップ3ー
一般購買力の反映 (修正金額の算定(外貨FSの修正))

・前提①:消費者物価指数が前期末100から当期末150に上昇。当期中平均消費者物価指数は145。超インフレ会計を適用する(修正額の算定に為替レートは使用しない。)。
・前提②:前期に棚卸資産を100円で2個購入。当期に1個300円で販売。

 棚卸資産について、期末に100円で購入した1個が残っている。消費者物価指数が100から150に1.5倍となっており、当該物価上昇を棚卸資産に反映する。 100円×1.5=150円。
 資本金や剰余金についても同様に、超インフレ前の金額を1.5倍に修正する。BS科目の修正により生じる貸借差額400円はPLに反映する。
 売上原価について、前期に購入した1個100円の棚卸資産を販売している。通常であれば、売上原価を100円計上すれば良いが、1.5倍のインフレを加味する。この処理を行うことで、前述の通り粗利率の比較可能性が担保される。

ーステップ4ー
修正後外貨FSの全項目を期末日CRで換算する。
 
インフレというと為替レートをイメージしがちであるが、ステップ3にも記載の通り、外貨建てFSの修正には為替レートは関係しない。為替レートはステップ3で修正した外貨建てFSについて、全項目をCR(Current Rate)で換算する時のみ使用する。
 通常、外貨建てFSの換算には資本の部はHR(Historical Rate)、損益計算書にはAR(Average Rate)が用いられるが、超インフレの会計処理にはCRのみ使用する。

超インフレ会計を適用した場合と適用しなかった場合の比較

 超インフレ会計のイメージを深めて頂くため、超インフレ会計を適用した場合と適用しなかった場合のイメージ例を記載する。あくまでイメージであり、詳細な前提は省略する。

ーイメージ例の前提ー
・1$=100円時にアメリカに子会社を設立(土地現物出資)。出資時の消費者物価指数は100
・出資後インフレが生じ消費者物価指数は200へ。期末において1$=180円。

ーインフレ会計未適用ー
土地はCRである、1$=180円で換算。100×180=18,000円
資本金はHRである、1$=100円で換算。100×100=10,000円
貸借差額 8,000円は為替換算調整勘定となる。

ーインフレ会計適用ー
土地はインフレの影響(インフレ率100%)を反映させるため、USD建てで2倍
資本金も同じくUSD建てで2倍とする。
超インフレ適用後のUSD建てFSを期末CRである1$=180円で換算する。

 上記の通り、超インフレ会計を適用した場合としなかった場合では換算後のFS規模がインフレ率分差異が生じる。超インフレを適用しなかった場合の総資産は18,000円。超インフレを適用した場合は36,000円と2倍になっている。これはインフレ率が100%のためである。

ご不明点・ご相談は下記よりお問合せ下さい。


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