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ドサクサ日記 2/13-19 2023

13日。
楽器の演奏はアスリート的な運動神経が要求される。練習すれば誰もがイチローみたいに投げたり打ったりできないのと同じように、どんなに練習しても上原ひろみさんのようにピアノが弾けるわけではない。そういう身体性に絶望しながら、それでもなんとかできることを増やそうと楽器の練習をする。そして、自分の運動神経と感性の範囲内で、もっともユニークな演奏方法や音色は何かと考える。いくら足が速かったとしても、いきなり三塁ベースに向かって走る人間は、野球というゲームのなかでは異端児を通り越して妨害者に認定される。180kmの豪速球もバッターの脳天に打ち込めば、業務上過失傷害の罪に問われるだろう。合奏とは呼べない高速の速弾きはある意味で技術ではない。何にでも身体的な能力とは別に、精神的な成熟や成長が必要なのだ。それは縦糸と横糸で、表現とは布なのだと俺は思う。

14日。
街中がこの日に向かってチョコに塗れていく景色を何度見て来ただろうか。46歳なので、おそらく40回くらいではないかと思うが、いい加減にしてはどうかという気持ちが年々強まっている。ただ「カカオの生産にまつわる悲惨な労働環境の実体」などと、どこかで拾った知識を四方に撒き散らしてみんなの興を醒ましたい、みたいな偏屈な思いの割合は低い。もっとシンプルに、いい加減にしたい。

15日。
レコーディング中に偉大な先輩の訃報を知り、大変なショックを受けた。書きたいことはたくさんあるが、信じられないの一言に尽きる。Wet Legのライブを観て少し救われたが、ひとりで過ごすが辛かったので仲間たちと集った。思い出話に笑いながら悲しんだり、やり場のない憤りのような思いが湧き上がったり、感情が忙しい夜だった。混乱したままタクシーに乗って這うように帰り、ベットに潜り込んだ。思ったことを、いつでもどこでも発信できる時代になった。それはとても素敵なことだと思う。反面、そのスピードについていけないと思うことが増えた。今夜はひとりで沈黙することが怖かった。しかし、知らない誰かに向かって、広く伝えたいような思いはなかった。俺はまだ何も知らない。本当のことは何も知らない。悲しいということを認めなくないのかもしれない。まったく飲み込めないでいる。

16日。
機材の修理。実体のあるものは、不具合の修正に時間がかかる。バグのように多くのひとたちと同じ体験になることは少なく、個体それぞれの問題で、一体何が問題なのかを発見することが最大の問題といったように、問題という言葉のループのなかで途方に暮れることもある。とはいえ、人生そのものが巨大な問いに丸っと浸かっているとも言える。正解はない。不具合の、永遠の微調整とも言える。

17日。
車が汚かったので、ガソリンスタンドで洗車をしてからスタジオへ行った。洗車をしたとはいえ、自動のクリーニングマシーンに車を突っ込んで何分か携帯電話をいじっていただけだとも言える。久しぶりに車はピカピカになった。ブロックに引っ掛けてバンパーが取れたり、ガードレールに擦り付けてドアが抉れたり、いろいろな失敗を重ねてきたのだけれど、ようやく愛車と呼べるようになってきた。

18日。
ONIWスタジオでレコーディング。only in dreams案件のアルバム制作がスタートした。相変わらず、若手のバンドをスカウトしたりもせず、働きながら音楽をやっている人たちの手伝いばかりしている。レーベル経営的には上手とは言えないが、それぞれの人生と呼ぶべき切実な作品ばかり作ることになるので、制作現場は充実している。そのうち新しいバンドも発掘したいという気持ちだけはある。

19日。
確定申告のあれやこれやを行う。必要のないサービスに金銭を払っていることがわかったので、そのいくつかを解約した。電気代が上がっているのは事実だけれど、我が家は世間で騒がれているほどではなかった。地味に面倒臭いのは、ほとんどの領収書がPDFやメールベースになっていることで、これらはすべてプリントしなければならない。休日の数時間を根こそぎ奪われて、精神が摩耗した。