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ウィズ・コロナ時代の経営守るべき原則・とるべき行動 (3)

3 平成の組織改革 3つの原則

 平成の31年間、私は専門学校の経営に従事しました。その間、学校経営の最も重要なテーマは学生の中退問題(中途退学者の増加という問題)でした。

 平成の時代は、大きな変化の時代でした。戦後40数年続いた昭和の時代が終わり、政治も経済も社会も大きな変化の波に飲み込まれました。

 世界史的なアメリカ一極体制の終焉、自民党→民主党→自民党と揺れ動いた政権交代、昭和末から続いたバブル経済の崩壊と平成(デフレ)不況、少子高齢化と人口減少、阪神淡路大震災・東日本大震災と続いた巨大な自然災害・・・。あげていけば切りがないほど大きな変化が続いた時代でした。

 さらに、平成の時代に高等教育のユニバーサル化が露わになりました。

 高等教育のユニバーサル化とは、高等教育への進学率が上昇し、同一年齢の50%以上が高校卒業後も進学するようになったことを指します。

 日本より一足早く進学率が高まったアメリカで、マーチン・トロウという教育社会学者が大学教育を進学率で3タイプに分類しました。進学率15%以下のエリート教育、15%〜50%のマス教育、50%以上のユニバーサル教育です。その著書『高学歴社会の大学―エリートからマスへ』は日本でも翻訳出版され、この分類法が平成の教育関係者の間で広まりました。

 国の経済発展と社会環境の変化と共に進学率は高くなり、それに伴って学生も変化し、ユニバーサル段階では、社会的圧力によって学習動機を持たずに進学する学生が増えた。そして、基礎学力や学習意欲に欠ける学生が増えたので、カリキュラムの柔軟性や、特別な動機付けプログラムが必要だとトロウは言います。

 日本では、平成に入って高校卒業後の大学・短大・専門学校への進学率は50%を超えました。そして、不本意な進学や、周囲に引きずられた同調進学が増え、安易に中途退学しやすい学生が増えました。平成の大学、短大、専門学校では、年々中途退学者が増加してきました。

 私の学校でも同様でした。定期的に学生面接を実施していましたが、中途退学の恐れのある「目標設定不足」や「進路変更希望」の学生が増えていました。中途退学者の増加は、学校経営に重大な悪影響を与え、私たちの「職業教育を通じて社会に貢献する」というミッションの達成を阻害します。中途退学者が多い学校が、顧客である学生と業界に満足を与えることはできません。

 中途退学をどう防ぐかが、学校経営者としての私の最優先の課題だったのです。

 私は、中途退学を減らす対策案を考えるのでは、中途半端で表面的な対策しか出てこないと考えました。だから、中途退学を無くすにはどうすればいいか、をテーマに設定しました。

 中途退学者は、学習の目的意識が曖昧になっています。中途退学が増えているのは、すでに入学段階で目的意識の弱い学生が増えているからです。

 目的意識の弱い学生が増えたのは、ユニバーサル化の結果であり、ユニバーサル化は、政治・経済・社会の大きな変化の結果です。だから中途退学を無くすには、環境や顧客の変化に対応して学校自体が内側から変わっていくよう、学校自体の全ての在り方を見直して変革しよう、と考えました。

 トロウが言うように、カリキュラムの見直しや、特別な動機付けプログラムも検討しなければなりませんが、すぐに対策案だけ真似るのは良くないと思っていました。

じゃあ、どうするのか?

 私たちの学校グループのトップから受け続けた3つの問いはいわば私たちが学校の仕事をする上での基本的な姿勢を教えてくれる問いでした。そこで学んだことは堅持しなければなりませんし、後輩に伝えていかなければなりません。しかし、新たに経営をすることになった私が、彼(トップ)と同じように3つの問いを発しても、彼が与えてくれたと同じような影響をメンバーに与える自信がありませんでした。

 しかも、学校をめぐる内外の環境は変化し続けており、中退問題への対策という新しい経営課題に対処するには、組織変革が必要だと考えました。中退問題という今の問題にどう対処するのか、学校という変わりにくい組織を変えるには、どうすればいいのかを考えました。企業変革について書かれた数多くの経営書を読んで参照しましたが、結局学校の現場で学生の現実に揺さぶられながら考え、議論して、自分たちなりの学校(組織)変革の3つの原則を決めて、とにかくやってみました。

 哲学の確立、戦略の採用、組織の再編、が3つの原則です。

1)哲学の確立

哲学の確立とは次のようなことでした。

 自分たちの組織の哲学(目的、存在理由)を再発見し、メンバー全員がその哲学を信じ、哲学の実現に全力を尽くすようにしようということです。哲学とは組織の存在理由です。ミッションと同じ意味です。

 私たちの組織のミッションは、「職業教育を通じて社会に貢献する」でしたが、学校は進学者が増え、学科を増やし、急速に大きくなっていきました。そして、目の前の仕事が忙しくなるに従って、哲学(ミッション)は省みられなくなってきていました。

 数年前に、新しい職業ニーズに答える新しい学科を作ること、そして職業ニーズの変化に即応して学科のカリキュラムを変えていくことが「職業教育を通じて社会に貢献する」ことだと考えたはずなのに、新しい職業ニーズのことを考えるより、とりあえず前例踏襲で目の前の仕事(ルーティンワーク)をこなすことを優先する人が増えていたのです。

 哲学を無視しても当面の仕事は進みます。ルーティンワークを止めるとたちまち仕事に差し障ります。ですから、仕事の流れが一定のペースで流れ始めると、哲学は置き忘れられがちです。

 しかし、哲学を忘れた組織は、舵をなくした船と同じです。進むべき方向を見失って組織はやがて挫傷してしまいます。

 そこで、何をやるかの前に、何のためにやるのかをじっくり議論して、皆が自分の言葉で哲学(ミッション)を語る機会(会議)を多く持つようにしました。すると、「職業教育を通じて社会に貢献する」を自分なりの言葉に言い換える人が増えていきました。カリキュラムや就職についての議論でも、常に「職業教育を通じて社会に貢献する」ためになっているかが問われるようになりました。

 やがて、この哲学を実現するには、社会に定着した既存の職業につく人を育成するよりも、社会の要請で新しく生まれた職業につく人を育成するのが良いということを改めて確認しました。そして、新しい産業分野を研究する中で、バイオテクノロジーやAIの技術者を養成する学科が生まれていきました。

 既存の学科も、できるだけ新しい社会的ニーズをカリキュラムに取り込んでいくように心がけました。

2)戦略の採用

戦略の採用とは次のようなことでした。

 哲学を実現する設計図、つまり戦略(方法と手順)をシンプルに決めて、徹底的に実行しようということです。

 学校の仕事は、講義や実習などの教育部署、学校の存在をアピールする広報部署、学生対応の事務部署、行政や認証団体などに対応する事務部署、業界からの求人募集や学生の就職支援の就職部署、などに分かれていました。それぞれの部署の独立性が高く、学校全体の仕事の流れを細かく把握するのが、どの部署からでも難しかったのです。

 そこでオープンコミュニケーションを心がけ、全員参加型の会議を大幅に増やしました。情報の共有化のために、全体の会議も部署の会議も速やかに議事録を作って、全員が読めるようにしました。戦略はスタッフ全員参加の会議であれやこれや話し合って決めました。

 中途退学を0名にする究極のゴールに向けての戦略として、最初の5年間で中途退学率を3%以下にする計画を組みました。そのための戦略の柱は以下の2点です。

①カウンセリング・システムの強化 

 学校には学生相談室があり、カウンセラーが駐在して、問題を抱えた学生の様々な相談に応じてカウンセリングを行っていましたが、自発的に相談室を訪ねていった学生の相談に乗るという仕組みでした。この形では、あまり利用が進まず、精神的な問題を抱えた学生の退学は増える一方でした。

 担任が年に2回クラスの全員の学生と面談していましたが、そこで問題を抱えた学生を発見すると、問題を抱えた学生とは定期的に面談する一方、担任から学生に相談室の利用を勧める仕組みにしました。担任が学生の総合(教育・精神・生活)的なケアをする責任者になり、学生相談室を含めて学内の資源を総合的に活用して学生を支援するようにしたのです。そして、担任には全教職員がカウンセリングの基本を学ぶ研修とは別に、相談室のカウンセラーによる年数回のカウンセリングの実践的な研修を受けてもらうようにしました。

②コマシラバスの導入

 学生の学習力(自分から自発的に学ぼうとする心)を強化し、そのことによって学生の自己肯定感を高めるために、学生が自力で学べる自習用の教材として、授業1コマ毎の学習ポイントをわかりやすく解説したコマシラバスを各担当講師に作ってもらい、学期の初めに講師が説明をして学生に配りました。

 コマシラバスの最後には、数問の自習用テスト問題をつけてもらいました。そのコマのポイントを問う問題で、それがわからない学生は担当講師に質問することを奨励しました。

 科目ごとのシラバスはそれまでもありましたが、授業の1コマごとのシラバス(コマシラバス)はそれまで作っていませんでした。講師の先生方からは色々な批判や苦情もありましたが、続けるうちに意図を理解してくださる講師も増え、コマシラバスの内容も学生にとって使いやすいものになっていきました。

 コマシラバスを予習用教材として活用して、授業開始早々に講師に質問する学生も出てきましたし、復習用教材として使って、自分なりの理解を深めようとする学生もいました。

3)組織の再編

組織の再編とは次のようなことでした。

 戦略実行の役割分担と一人一人のなすべきことを明確にしました。全員の役割と個別業務を書き上げた組織表を作成し全員に配って、皆の役割を誰もが知ることができるようにしました。

 いろいろ委員会を立ち上げました。メンバーは部署と委員会に二重所属して、他部署のメンバーとも協働するようにしました。皆が他部署の動きに興味と関心を持ち、組織の進む方向をいつも意識しているようになることを目指しました。

 組織的な活動で、別々のことをしているようでも、お互いが何のために何をしているかを知っており、最終的な目標である中途退学者をなくすために支え合うには、何よりも情報の共有が必要です。会議、研修、インターネットや回覧板などの情報伝達手段を積極的に活用したコミュニケーション・システムを作りあげました。

 哲学の確立、戦略の採用、組織の再編、のどの原則を徹底するにも、コミュニケーション・システムが鍵となりますが、重要なことはシステムをどう活用するかという効率の問題ではなく、コミュニケーションのありかたでした。

自問自答と対話を極める

コミュニケーションのありかたを考えた時に、原理的には自問自答と対話を極めるしかないと考えました。

自問自答

自問自答とは、自分と対話することです。口語的な自分との対話では、声に出さずに心の中で行うこともあれば、独り言を呟くこともあるでしょう。文語的な自分との対話では、思うことを書き出してみたり、自分の書いた文章を熟読したりします。

 自問自答で大切なことは、問いを深めることです。すぐには解けない問いを発して、その問いを深掘りします(そもそも何が問題なのか、なぜその問いが浮かんだのか、いつからそうなのか、どうしてそうなったのか、問題の根本原因は何なのか、どこを目指すのか、などなど、どんどんとさらなる問いを繰り返します)。すぐに答を探そうとしません。問うているのは自分なのですから、すぐに答えなくても構わないのです。大切なのは答を探すことではなく、問いを繰り返して、問いを深めることです。

 問いの答えを手っ取り早く見つけようとすると、問題を生んだ元々の原因にたどり着く前に、表面的な対策を立ててよしとしてしまいがちです。根本原因は放置したままとなり、一時的な改善があっても、すぐに元の不都合な状態に戻ってしまいます。

 また、問いを深めるよりも答えを見つけようと先走ると、取り組みやすい問題のことばかり考えて、同時に存在するもう少し入り組んで取り組みづらい問題をスルーしてしまいかねません。

 メンバー一人一人が自問自答の力をつけるための研修を数多く取り入れました。複数の部署に関係する仕事での様々なトラブル事例をあげて、そのトラブルの根本原因は何かを考える研修では、始めは誰もが自分の部署の視点でばかり考えて問いを探すので、相互に関連して増幅していく問題を見つけることができませんでした。しかし、何度も研修するうちに、誰もが部署と部署の間こそ問いを深めるポイントだと気づいていきました。そして、部署と部署の間にある問題が学校全体の問題を引き起こすのだと理解しました。部署と部署の間を問う視点、「誰が・・・」ではなく、「何が・・・」を問う視点が広まりました。

対話 

 誰かが自問自答によって根本的だと思える問題を見つけたら、その問いに関係する全ての人が集まって対話します。対話によって、さらに問いは広い視点でチェックを受け、深く鋭角的な問いになります。そこで初めて、その問いに対する対策を対話します。対話には問題を広い視点で深く捉え直すための対話と、その問題への対策を練るための対話があるのです。私たちの組織における対話は、この両方の対話を必ず行います。どちらか一方だけということはあり得ません。

 対話は、問題を特定し、対策を決めるために行います。なんのために決めるのか?勿論、決めたことを組織的に行動するためにです。言ってみれば、対話は組織行動の母なのです。

 だから、対話というコミュニケーションにおいて、情報だけでなく感情を通い合わせることがとても重要になります。人を行動に駆り立てる動機には必ず感情が絡まっているからです。人は論理(ロジック)だけでは動きません。大概の人は、正しいか正しくないかの判断基準より、好きか嫌いかの判断基準の優先順位が高いものです。対話で決めた対策を実行するには、問題を特定し対策案を決める心の動き(感情)が通い合い、わかりあうことが決定的に重要なのです。

 感情が交差して生まれる共感が、成果達成に向けてチームの結束力を育てます。

「コミュニケーションは情報と感情の交通である」

 組織経営の思想家として、20世紀以降のビジネス界に大きな影響を与え続けているP.F.ドラッカーの言葉です。ドラッカーはとても論理的な人でありつつ、同時に人間をよく知っていた人、感情の大切さを理解していた人だと思います。

 情報だけが伝わっても、感情に伝えたい真実が隠れている場合は、しっかり感情が伝わらないと、真実は伝わりません。情報だけでなく、感情を伝え合うことがコミュニケーションを円滑にし、人を行動に促すことをドラッカーはよくわかっていたのだと思います。

 平成の専門学校で中途退学を無くそうと、自問自答と対話を軸にしたコミュニケーション・システムで、組織変革(哲学の確立・戦略の採用・組織の再編)に取り組みました。私が経営した学校は複数あり、同じ試みをそれぞれの学校独自のやり方で行いました。どの学校でも残念ながら中途退学がなくなることはありませんでしたが、すべての学校で大きく中途退学を減らすことができました。

 私が経験したことは、教育関係者のみならず、企業組織の変革を考える人の参考になるのではと考えて、小説仕立てにして2012年に『中退0の奇跡へー組織変革3つの原則20のセオリー 』(カナリア書房)という本に書き下ろしました。





















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