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「タンゴ・葉山・遊散歩」(6)

海鳴りの音が大きく響いて、激しい雨と風の音が絶え間なく続く、おどろおどろしい夜が明けて、美しい朝日が昇っているのを見ると、それだけでとても幸せな気分になれる。「どんな夜であろうと、明けない夜はない」どころか、こんなに美しい夜明けが待っているのなら、嵐の夜も悪くはないとさえ思ってしまう。

逆に一日好天気に恵まれて、夕刻日の入りの頃に、遠く江ノ島の上空が朱色に染まっていくのを見るのも至極の幸せである。本当に葉山に住んで良かったとしみじみ思う。

先日、大阪に住む旧友夫妻(夫の方とは何と半世紀以上の付き合いだ)が訪ねてきてくれて、夕方の遊散歩を一緒にしたが、葉山芝崎漁港から見える夕焼けの風景には、本当に息をのんでいた。仄かな朱色に染まった空を見つめて、一瞬言葉が出ないほど感動していた。

でも、タンゴはどんな風景が目の前に広がっていようと常にマイペース、ひたすら匂いを嗅ぎながら、時に歩き、時に走り、時に排泄をする。「いま、ここ」に生きて在ることを、全身全霊で世界に向かって証明しようとし続ける。

タンゴにとっては初対面の大阪の悦ちゃんにすぐに懐(なつ)いて、家の中にいる時は何時間でも悦ちゃんの膝の上でくつろいでいたが、遊散歩に出てしまえば、遠来の来客のことなぞ忘れてしまったかのようにいつものマイペースぶりを発揮していた。おかげで悦ちゃんもゆっくり葉山の夕日を楽しんでいた。

夕日に染まった芝崎ナチュラルリザーブに腹サイズの波が立っていたが、我々が夕日見物していたちょうどその時、波乗りをしている人がいた。その人はおそらく還暦は超えていると見える男性だった。

緩やかに迫ってくる波のリズムに合わせて小さくパドリングを始め、波がボードを押し上げ始める直前、腕の回転速度を一気に速めて見事にボードを波と一体にした。波と一体になって流れ下るボードの上にゆったりを立ち上がった男性の全身も朱色に染まって見えた。

その男性の姿は、もちろん身長の極端に低いタンゴからは見えるはずがないのだが、その時、つまり男性が立ち上がった時、タンゴが高い声で「ウワン」と一声鳴いた。まるで、初老のその男性のサーフィンスタイルを褒めたたえるとでもいうように。

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