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タンゴ・葉山・遊散歩(15)

12月20日(月)タンゴの独白

 朝からとてもいい天気
 飼い主夫婦と散歩に出た
 飼い主夫婦は自分たちをパパとママと呼び合っている
 ぼくに呼びかける時もそうさ
 ほらほらタンゴ、パパがおいしいものくれるよ、とかね
 その呼び方に関しちゃあ色々思うところもあるけど
 まあ、ぼくもそれにあわせてる
 そのほうがいろいろ役得も多いから

 今朝はとても寒そうだ
 でも、ママが買ってくれた毛糸の上着のおかげで寒くない
 海鳴りがして風が潮の香りを運んでくる
 潮の香りの向こうからかすかにだれかのおしっこの匂いがする
 きっとあの植木の向こうだ
 路上の匂いを嗅ぎながら進んでいく
 うんうん、匂いが強まってきた

 何だって他人のおしっこの匂いなんかに反応するのかって?
 そりゃあ、気になるからさ
 生きてるってことは、食べて排泄することだよ
 体の中にエネルギーを満たして、不要なものを捨てるのさ
 その命の営みに感動しないかい?
 嗅いでいるのはこの世界を精一杯に生きている命の匂いなんだ
 自分じゃない命のことを想像するのって楽しいだろ
 この世界に自分とは別の命が生きてて
 世界は命と命が交わり合って動いている
 そう思うと心がワクワクしてくるんだ

 白雪のレースをまとった富士がくっきり見える
 パパが言うとママは立ち止まり黙ってスマホ写真をとりだした
 リードをしっかりパパが握っているので、ぼくは動けない
 離してよ、行かせてよ
 大声でそうさけび、思い切り前のめりになるけどパパには通じない
 ああ、匂う、匂う
 ぼくの命の探求もこれまでか
 でも、あきらめるもんか
 じっとしてパパを油断させ
 次の瞬間
 思い切り走り出したぼくのリードをパパは手放した

 走りながら思った
 どこまでも
 ずっとずっと果てしなく
 この儚い匂いを追って
 遠くまで行くんだ

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