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うつつを抜かすのも自由さ

"どこへ行こうが、ぼくは、かまわないよ。ぼくには、どこもみんな、いいところなんだ"

これは我らがスナフキンの父親であるヨクサルの名言なのですが、ポジティブシンキングに見えて、実はもっと達観しているようです。

いい意味で諦めの境地であり、それを通り越した末にある自分自身の姿を、自分の置かれた状況を受け入れることによって初めて得ることのできる覚悟であり、品格であり、器の大きさだともいえます。

ありのままでいいじゃないか、とあの青く温かい眼差して呼びかけられているみたいです。

自分を受け入れる

ヨクサルの伝えたいこと。

背伸びしたって、いいのは一瞬だけ。つま先立ちした分だけ足がしびれてしまうもの。「武士は食わねど高楊枝」という言葉が示すように、確かにやせ我慢かもしれないけれど、それは洒落っ気のある気高い精神の為せる技。

心に余白をつくること

虚勢を張るようなオーバーなものではなく、アンダー方向にハートのメモリを動かしてみること。まるで整理整頓するみたいに心に余白をつくること。余計な考えを追い出してしまおうよ、すると身も心も軽くなるよね、ヨクサルみたいに、といいたいわけです。

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