見出し画像

【選択的夫婦別姓賛成28.9%?】内閣府の「家族の法制に関する世論調査」における設問の問題点(1)

はじめに

2022年3月25日に、内閣府は「家族の法制に関する世論調査(2021年12月実施)」の結果を公開しました。しかし、前回行われた世論調査とは設問内容が大きく変更されて、不適切な設問になってしまいました。本記事では不適切だと考えられる、選択的夫婦別姓制度に関する問12の問題点を指摘します。

問12は、前回の世論調査とは異なり、新たに追加された表形式の【資料1】によって、選択肢の解釈を説明しています。回答者は【資料1】読んでから、選択肢を読んで回答する方式になりました。しかし、【資料1】は問12のそれぞれの選択肢を、設問作成者の都合の良い解釈に限定するものであり、選択肢だけを読んだだけではできないような解釈をさせて回答を誘導しています。

この記事が指摘する問題点の、概略図を描きました。記事の理解の助けになれば幸いです。

この記事が指摘する問題点の概略図
「家族の法制に関する世論調査」の概要のpdfファイルより図を取得・加工
https://survey.gov-online.go.jp/r03/r03-kazoku/gairyaku.pdf

「家族の法制に関する世論調査」の結果が公開

2022年3月25日に、内閣府が「家族の法制に関する世論調査(2021年12月実施)」の結果を公開しました。

この世論調査の結果の中でも、選択的夫婦別姓に関する設問の結果が、主にメディアで取り上げられています。

前回2017年調査から設問を大きく変更した結果、選択的夫婦別姓の割合は42・5%から大幅に減った

選択的夫婦別姓、支持は28% 内閣府調査、通称使用42%
https://www.tokyo-np.co.jp/article/167809

ここで注意しなければならないのは、今回の世論調査は5年前に行われた調査とは、設問の内容が異なっているということです。世論調査では、設問の順番や質問文の内容によって調査結果に影響が出るため、設問が変わった場合には、単純に数値の変化を比較することができません。また、調査方法も調査員による個別面接聴取から、郵送法へ変更されています。

長期的な変化を見るという観点では、同じ設問で調査を実施するのが望ましいです。例えば、NHK放送文化研究所が5年毎に行っている「日本人の意識」調査については、次のような説明がされています。

「日本人の意識」調査は、日本人の基本的なものの見方や考え方を長期的に追跡するため、1973年から5年ごとに行っている時系列調査です。調査内容は社会や経済、政治、生活など多岐にわたっており、長期的な変化をとらえるという目的から、原則として同じ質問・同じ手法を用いています

NHK放送文化研究所
https://www.nhk.or.jp/bunken/research/yoron/index.html?p=%E6%97%A5%E6%9C%AC%E4%BA%BA%E3%81%AE%E6%84%8F%E8%AD%98%E8%AA%BF%E6%9F%BB

設問の変更内容と問題点

タイトルに書いた通り、私は今回の2021年12月実施の世論調査の設問には問題があると考えています。同様に、設問が変更される前の2017年12月実施の世論調査の設問にも問題があると考えています。

それでは、前回と今回の世論調査の調査票において、選択的夫婦別姓に関する設問を比較して、どこが問題なのかを考えていきます。

2017年12月実施の世論調査の設問

まずは、変更前の2017年12月実施の世論調査の設問です。

Q10〔回答票16〕 現在は、夫婦は必ず同じ名字(姓)を名乗らなければならないことになっていますが、「現行制度と同じように夫婦が同じ名字(姓)を名乗ることのほか、夫婦が希望する場合には、同じ名字(姓)ではなく、それぞれの婚姻前の名字(姓)を名乗ることができるように法律を改めた方がよい。」という意見があります。このような意見について、あなたはどのように思いますか。次の中から1つだけお答えください。

(ア)
婚姻をする以上、夫婦は必ず同じ名字(姓)を名乗るべきであり、現在の法律を改める必要はない
(イ)夫婦が婚姻前の名字(姓)を名乗ることを希望している場合には、夫婦がそれぞれ婚姻前の名字(姓)を名乗ることができるように法律を改めてもかまわない
(ウ)夫婦が婚姻前の名字(姓)を名乗ることを希望していても、夫婦は必ず同じ名字(姓)を名乗るべきだが、婚姻によって名字(姓)を改めた人が婚姻前の名字(姓)を通称としてどこでも使えるように法律を改めることについては、かまわない
わからない

平成29年度 家族の法制に関する世論調査 調査票
https://survey.gov-online.go.jp/h29/h29-kazoku/3_chosahyo.html

例えば、選択肢(ウ)はかなり長いため、何を意味してるのか分かりづらいように思えます。さらに、旧姓を通称としてどこでも使用している人が夫婦で同じ名字を名乗っていると言えるのかという疑問も生まれてきます。古川法務大臣は、設問の内容が分かりにくいなどの指摘があったため、今回の世論調査では設問を変更したと述べています。

御指摘の夫婦の氏の在り方について問う設問に関しては、前回までの調査においては、設問等の内容が分かりにくいなどの指摘がありました。
 そこで、今回の調査の実施に当たり、より分かりやすいものとするために、調査の実施主体である政府広報室等とも十分な調整を行った上で、これらを見直すこととしたものです。

法務大臣閣議後記者会見の概要
令和4年3月29日(火)
https://www.moj.go.jp/hisho/kouhou/hisho08_00295.html

2021年12月実施の世論調査の設問

では、より分かりやすいものとなったと言われている、今回の世論調査の設問を見てみましょう(問12)。

問12. 資料1に記載のある現在の制度である夫婦同姓制度を維持すること、選択的夫婦別姓制度を導入すること及び旧姓の通称使用についての法制度を設けることについて、あなたはどのように思いますか。(○は1つ)

.現在の制度である夫婦同姓制度を維持した方がよい
.現在の制度である夫婦同姓制度を維持した上で、旧姓の通称使用についての法制度を設けた方がよい
.選択的夫婦別姓制度を導入した方がよい

令和3年度 家族の法制に関する世論調査 調査票
https://survey.gov-online.go.jp/r03/r03-kazoku/3_chosahyo.html

設問が短くなって分かりやすくなったように見えますが、次に示すような【資料1】を読むことが求められているため前回の調査よりも説明の量は多くなっています

令和3年度 「家族の法制に関する世論調査」の概要(p.35)
https://survey.gov-online.go.jp/h29/h29-kazoku/gairyaku.pdf

設問変更に対する批判の声

この世論調査の選択肢に対して、野田女性活躍担当大臣は、選択肢が分かりづらいと述べています。

『旧姓の通称使用の法制度』と言われても、どんな法律かが誰にも想像がつかず、非常に国民にとっては分かりづらい

選択的夫婦別姓の世論調査 “選択肢 分かりづらい”女性活躍相
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20220329/k10013557481000.html

内閣府男女共同参画局の矢野総務課調査室長も、選択肢2の旧姓の通称使用についての法制度を設けても、新たに何ができるかわからないため不適切だと指摘しています。

内閣府男女共同参画局の矢野総務課調査室長は、「現時点でも、各種国家資格や免許等の98%で旧姓を併記でき、住民票やパスポートでも併記が可能。それでも不便を感じる女性が多くいる。旧姓の通称使用の「法制度」ができても新たに何ができるかわからないため、その選択肢は適切ではないと指摘していた」と説明しました。

「選択的夫婦別姓をめぐる内閣府の世論調査」疑問 ジェンダー平等推進本部がヒアリング
https://cdp-japan.jp/news/20220401_3406

問題点:【資料1】が設問の選択肢の解釈を限定していること

確かに通称使用についての法制度については、その法制度によって何ができるか明確ではないため不適切だと思います。

しかし、私が特に問題だと考えているのは【資料1】です。問12の選択肢のみを見せた場合は、その文章だけから回答者は質問の内容を解釈します。しかし、事前に【資料1】を見せることで選択肢の解釈を限定できてしまいます。これによって、回答者を選択肢の解釈を、設問作成者の都合の良い解釈に誘導することができてしまいます。

【資料1】https://survey.gov-online.go.jp/r03/r03-kazoku/gairyaku.pdf

【資料1】の中の、上の表「夫婦の名字・姓に関する参考資料」についてはそれぞれの制度について説明をしています。「旧姓を通称として、幅広く使うことができる」という説明が曖昧であること以外は、内容は明確で誘導的なものではなく、選択肢の解釈への影響は少なそうです。

問題なのは、下の表「問12の選択肢について」です。これは、表の左右を「現在の制度である夫婦同姓制度を維持」と「選択的夫婦別姓制度の導入」で分けており、表の上下を旧姓の通称使用についての法制度を設ける必要があるかどうかで分けています

問題なのが表の上下の分け方です。この分け方によって選択肢3は「選択的夫婦別姓制度の導入に賛成かつ、旧姓の通称使用についての法制度を設ける必要はない」という意味になってしまいました。選択的夫婦別姓に賛成だが、旧姓の通称使用について法制度の導入にも賛成、という人は選択肢3を選べなくなっています。同様に旧姓の通称使用について、どちらともいえないと考えている人も回答に困ります。

この質問は2つの事柄について1つの問で聞く「ダブルバーレル質問」であり、不適切です。「ダブルバーレル質問」ついては次の記事でまとめました。

埼玉大学の松本正生名誉教授は、朝日新聞デジタルの記事で問12について以下のように述べています。

ただ、下の「問12の選択肢について」という表は感心しませんね。問12の三つの選択肢を、横軸では「夫婦同姓制度を維持」と「選択的夫婦別姓制度の導入」に分け、縦軸では「旧姓の通称使用についての法制度を設ける必要」について「ない」と「ある」に分ける内容になっています。

 こういう方式はあまり見たことがない。マトリックスを作って答え方を指南するような、回答例を示すようなものですから。

 選択肢の1と3を上段にして2だけ下段にして、いかにも「通称使用の法制度」への賛否に焦点があたっているような形にするのは、妥当ではないと思います。

選択的夫婦別姓の賛成「最低」は本当? 世論調査のプロが読み解くと
https://digital.asahi.com/articles/ASQ474G0CQ45ULEI010.html

【資料1】を見せたことに言及されていない

選択肢にも、この表の内容が反映されていれば、選択肢の解釈への影響は無かったでしょう。しかし、問12の選択肢3は「選択的夫婦別姓制度を導入した方がよい」としか書かれていません。メディアの報道では、選択肢3は選択的夫婦別姓に賛成などと書かれていますが、このような表現は不正確です。正確には、選択肢3の意味は「選択的夫婦別姓制度を導入した方がよいが、旧姓の通称使用についての法制度を設ける必要はない」です。また、事前に【資料1】を見せてから、問12に回答させたことについては、ほとんど報道されていません。選択肢3だけを読んで「選択的夫婦別姓に賛成だが、旧姓の通称使用についての法制度を設ける必要がないと考えている」と解釈することはできません。

内閣府の調査結果の概要ページでも、【資料1】を見せたことについて言及されていません。

(8) 選択的夫婦別姓制度
 現在の制度である夫婦同姓制度を維持すること、選択的夫婦別姓制度を導入すること及び旧姓の通称使用についての法制度を設けることについて、どのように思うか聞いたところ、「現在の制度である夫婦同姓制度を維持した方がよい」と答えた者の割合が27.0%、「現在の制度である夫婦同姓制度を維持した上で、旧姓の通称使用についての法制度を設けた方がよい」と答えた者の割合が42.2%、「選択的夫婦別姓制度を導入した方がよい」と答えた者の割合が28.9%となっている
 性別に見ると、「現在の制度である夫婦同姓制度を維持した方がよい」と答えた者の割合は男性で、「選択的夫婦別姓制度を導入した方がよい」と答えた者の割合は女性で、それぞれ高くなっている。

調査結果の概要
https://survey.gov-online.go.jp/r03/r03-kazoku/2-2.html

法務省の選択的夫婦別氏制度の解説ページでも、【資料1】を見せたことについて言及されていません。

令和3年に実施した「家族の法制に関する世論調査」の結果では、「現在の制度である夫婦同姓制度を維持した方がよい」と答えた方の割合が27.0%、「現在の制度である夫婦同姓制度を維持した上で、旧姓の通称使用についての法制度を設けた方がよい」と答えた方の割合が42.2%、「選択的夫婦別姓制度を導入した方がよい」と答えた方の割合が28.9%となっています。

選択的夫婦別氏制度(いわゆる選択的夫婦別姓制度)について
https://www.moj.go.jp/MINJI/minji36.html

【資料1】の表を変更するだけで選択肢の解釈を誘導できる

設問の外で、資料を見せて解釈を限定させることの問題点は、事前に見せる資料を変えるだけで、設問の内容を変更することなく、設問の解釈を変更させることができるということです。

資料1を変更するだけで、設問作成者は選択肢の解釈を誘導することができます。例えば、私が新たに世論調査を実施するとしましょう。設問は問12と同じものを利用します。そして、【資料1】の表「問12の選択肢について」を、次に示す画像のように変更すると、設問自体を変更することなく、選択的夫婦別姓に賛成する選択肢3に回答するように誘導できてしまいます(どのくらい誘導の効果があるかは不明)。メディアなど報道されるときには、「選択肢3の『選択的夫婦別姓を導入したほうが良い』とOO%が回答した」という報道がされて、この誘導的な表を見せたことについては触れられることは、ほとんど無いでしょう。

誘導的な表(2022年4月10日、画像修正)

この表では、左右を「別姓で婚姻したいカップルは法律婚してよいか」という観点で分けています。例えば、選択肢1または2で回答したい人は「別姓で婚姻したいカップルは法律婚してはならない」という主張に同意しなければならなくなり、回答しづらくなると考えられます。

このように、今回の世論調査の設問には問題があります。ただ、このような設問でこのような回答結果になったということは事実なので、どういう設問でこの結果になったのかを正しく伝えるべきだと思います。特に、今回の世論調査の問12の【資料1】について言及せずに調査結果を伝えると、結果の解釈について大きな誤解を生む可能性があります。そのため、問12の結果を伝えるときには、回答結果に大きく影響を及ぼす可能性がある要素である【資料1】を見せたことを明示すべきだと思います

おわりに

今回の世論調査では、新たに【資料1】を追加することで設問の選択肢の解釈を限定できることが問題だと考えました。資料を見せてから回答させるという形式については、回答者はどのように考えて回答しているか興味がわいてきました。この世論調査の調査票を誰かに見せてみて、どのような考えで回答するか検証してみると面白いかもしれません。

選択的夫婦別姓についての世論調査は、内閣府の調査以外でも多く行われているため、それらの調査とも比較して結果を解釈することが必要だと考えます。

朝日新聞デジタルでは問12以外の要素の影響についても検討されていて面白いので、ぜひ読んでみてください。

こちらのnoteでも解説されています。

次の記事では設問がダブルバーレル質問になっている問題について解説します

おまけ:通称使用の選択肢は選択的夫婦別姓に反対なのか

選択的夫婦別姓の世論調査については、選択肢の内容によって大きく結果が変わってしまうことが研究によって示されています。以下の論文では、選択的夫婦別姓に関して3つのバージョンの設問を回答者に割り当てることで、設問内容によって調査結果が大きく変わることを示しています。さらに、通称使用の選択肢で回答した人については、「どちらともいえない」という中間的回答と近い考え方ということが分かったため、賛成・反対のどちらでもない別カテゴリーとして論じる必要があると述べています。

斉藤慎一. "質問文のワーディングおよび選択肢の違いがもたらす回答効果の検討." 社会と調査 1 (2008): 73-78.
https://jasr.or.jp/wp/asr/asrpdf/asr1/asr01_040.pdf

斉藤慎一. "Refereed Paper 政治的争点に関する世論調査とそれにまつわる問題--選択的夫婦別姓を事例として." 社会と調査 6 (2011): 57-67.

https://jasr.or.jp/wp/asr/asrpdf/asr1/asr01_040.pdf

※2022年8月22日に内容を加筆修正しました。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?