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行かないと見れない

野毛山動物園を歩いた。屋外ケージの天井を飛び交うアカエリマキキツネザルの群れを眺めていたら、額に雨粒が落ちてきた。

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こうして町なかに整然と設計された有用な庭園は、わたしには鳥籠のようで、そこには樹や花が色とりどりに自生しているが、なくてもよいだけの余裕しかなく、そこから出なくてもよいだけの余地しかなく、それに属する生命のない美しかないのだ。

フェルナンド・ペソア (著), 高橋 都彦 (訳)『不安の書 【増補版】』彩流社,p.103

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野毛山動物園の魅力はたくさんある。まず入園無料であること。桜木町駅から徒歩で行けること。そしてカグーがいること。

カグーは、美しい冠羽を持つ飛べない鳥だ。生息地ニューカレドニアに天敵がいなかったため、彼らは空を飛んで逃げる必要がなくなり、やがて空を飛ぶ能力を失った。

日本ではおそらくこの動物園でしか見ることができない。

この鳥は数歩歩くといつも、数秒立ち止まる。その間は石のように固まり、ただ一点を見つめている。瞳をのぞいても、彼らが何を見つめているのかわからない。

まったくわからない。そう思っていると、彼らは再び歩き出す。この歩行と停止の繰り返しは、奇妙に愛らしく、一見の価値がある。あまり人気はないが。

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Colette・Mareみなとみらいの無印良品のフロアのとある壁に、みなとみらい周辺の拡大地図がある。客たちがおすすめスポットをメモに手書きでつづり、その地図の上に自由に貼る。

手書きの文字には不思議な魅力がある。いくつか気に入ったものを。

バカうめえらしいです。左下に写っているバナナの看板が目印のクリニックも気になるところではある。

吹奏楽部がおすすめらしいです。良い学校であろうことは、このメモだけで伝わる。

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なんと書いてあるのか不鮮明なものや、紙の切れ端に書かれた伝言もしばしばある。戦時中、ドイツ軍の車両から投げ捨てられた走り書き、本に刻まれた伝言、ときには持ち物や衣服に書かれた名字と名前だけのこともある。それを頼りに、家族が身元を確認するということもある。どれもその人が生きた瞬間をとどめ、私たちに伝えるものである。

フランチェスカ・ビアゼットン(著),萱野有美(訳)『美しい痕跡 手書きへの讃歌』みすず書房,p.71

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2016年11月9日水曜日、ニューヨークのユニオンスクエア駅の構内の壁は、カラフルなポストイットで埋め尽くされた。

行き交う人がそれぞれの思いをポストイットにつづり、壁に貼っていく。アーティスト、マシュー・チャベスによるプロジェクト「Subway Therapy」。

2016年11月9日水曜日、それはアメリカ合衆国の第45代大統領が選ばれた大統領選挙の翌日である。

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