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味噌漉し奥さん

毎朝、日陰の路だけを注意深く選んで歩く。

帰りの電車を乗り間違える。反対方向の大江戸線に乗り、それがまるで自然だった。過ちに気が付いたのは、3駅も通り過ぎた後だった。途中下車した馴染みのない駅から乗り替えた大江戸線は、ふだんの混雑が嘘のように乗客が疎らで、悠然とした気持ちで席に座り、読書を続けた。いつもより電車に乗る時間が長かったおかげで、『プルーストと過ごす夏』をちょうど読み終えた。

 「不幸なのは、大病をするか足でも折らない限り、ふつうの人は『失われた時を求めて』を読む時間が持てないことだ」。マルセル・プルーストの弟、ロベール・プルーストはそう言いました。なるほど、その通りでしょう。しかし、彼は第三の可能性を忘れていました。夏休みです。あの暑い日差しの下で、海辺で、あるいはプルーストにならって静かな自室に閉じこもって、本を読むことはこの上なく甘美です。時の流れが急に緩やかになり、広がり、搔き消えてしまう。そして、時間の流れも、まわりの世界も、もう何もかも存在しなくなる。あるのはただ、その手に持った『失われた時を求めて』だけ。

 百年前、この驚くべき小説は、文学の風景を一変させました。そして、この本とともに、私たちもまた一世紀前の時代に運ばれるのです。ベル・エポックのパリのサロンに、ノルマンディーの海岸に、あるいはヴェネツィアのラグーンに。この小説は私たちに、存在について、記憶の突然の噴出について、人間関係の繊細さについて、恋愛感情のとらえがたさについて、想像力のすぐれた働きについて、さらには芸術の美しさについて語ってくれます。

アントワーヌ・コンパニョン; ジュリア・クリステヴァ; 他 著, 國分 俊宏 訳 (2017) 『プルーストと過ごす夏』[Kndle 版] 光文社 位置No.29

『失われた時を求めて』はまだ読んでいないが、読めばきっと、特別な体験になるんでしょうね。『収容所のプルースト』から続けて読んで、その想いを強くする。それでも、その長さゆえに、読み始める覚悟が決まらなかった。最後に背中を押して欲しくてこの本をを手に取った。まあ、期待通りだった。

フランスの労働者は、夏は4週間程度の休暇を取るという。私は、明後日に有給を取得し、1泊2日のささやかな旅に出る。フランス人の夏休みにはほど遠い短さだが、夏休みには違いない。覚悟を決めて、『失われた時を求めて』を読んでみようと思う。いつか読み終えることができたら、その長旅の果てに、きっとこの本を読み直すような気がする。

帰宅後は、奥さんと一緒に夕食の肉豆腐を食べ、そのあと近所をふらふら散歩する。二人ともさしたる用事はなかったが、程よい距離にあるという理由だけでコンビニまで歩き、店内を物色して戻ってきた。

その後、一人ジムに向かう。クロストレーナーのペダルを両脚で忙しなく漕ぎながら、自由な両手で本を読む。読みかけの「驚きの介護民族学」も読み終わる。

久恵さんの両親は、この結婚に大反対だった。母親は「『味噌漉し奥さん』になってもいのか、そういう生活でもいいのか?」と言って泣いて反対したという。

 「味噌漉し奥さん」とは、月給取りの奥さんのことを言ったそうだ。「味噌漉し」とは、味噌を漉して溶かしたり、米を研いだりするために使っていた小さな竹笊(ざる)のことである。したがって「味噌漉し奥さん」とは、サラリーマンの家は蓄えがないために、そこに嫁げば味噌漉し笊を持って毎日お米を買いに行くような生活になる、つまり毎日の食べ物に困る生活を送るようになるという、農家の人たちがサラリーマン家庭を見下した言葉として使われたそうである。

六車 由実 『驚きの介護民俗学』医学書院 p.30

「味噌漉し奥さん」という言い回しを耳にしたがなかった。こういう、少し悪意のある昔の流行語は、時代を経てから知ると新鮮で面白い。きっと、もう誰も憶えていない流行語がいくつもあったのだろう。

都市から農村へのまなざしについてはしばしば研究対象にされることもあるが、「味噌漉し奥さん」という言葉には、都市のサラリーマンに対する農村の人たちのまなざしがありありと感じられて興味深い。

 貨幣経済が浸透しつつあった社会であっても、まだ食糧事情の決して良くない時代には、いくら月収があり収入が安定していようと、食べ物を作ることができないサラリーマン家庭の生活は、農家と比べて実際に不安定だったのだろう。久恵さんの語りには、都市サラリーマン家庭の生活の現実もかいまみれるのである。

同上

ベッドの上でAmazon Musicのアプリで音楽を聴いていたら、オススメにBlurの「girls & boys」が表示される。懐かしい。再生する。

アプリが最近アップデートされたためか、再生中に曲の歌詞が画面に表示されるようになっている。久しぶりに歌詞を目で追うと、関係代名詞が連続するコーラスあたりでくらくらする。この捻くれ具合が当時好きだったんだよな、などと思い出す。

[Chorus]
Girls who are boys
Who like boys to be girls
Who do boys like they're girls
Who do girls like they're boys
Always should be someone you really love

(Blur / Girls &Boys)

今日の夕方に、Smart Newsのアプリのトップ画面を見る。

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