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「デカ」はギリシャ語で「10」、「メロン」は「日」

夕方、クライアントとの打ち合わせが予定より早く終わり、直帰。コンビニのパリパリサラダを夕食にして、食後、ジムに向かう。雨がぽつぽつと降り始める。

トレーニングしながら『ミメーシス』。第九章で、ボッカチオの『デカメロン』が取り上げられる。中世イタリア、ルネサンス期の代表作にして近代文学の原型。「デカ」はギリシャ語で「10」、「メロン」は「日」、別名『十日物語』。ここまでは、高校世界史で習う知識。物語の詳しい内容は知らず、中身をきちんと読むのは今回が初めて。

ペストが猖獗を極めた十四世紀フィレンツェ。恐怖が蔓延する市中から郊外に逃れた若い男女十人が、面白おかしい話で迫りくる死の影を追い払おうと、十日のあいだ代わるがわる語りあう百の物語。

ボッカチオ『デカメロン』「BOOK」データベースより

世界史の教科書に載るくらいのビッグタイトルだからと構えたが、本書で引用されている第四日第二話を読んでみると、ただのすけべ坊主の話で、あまりのくだらなさにびっくりする。

デカメロンは、笑える話を百個集めた小話集で、男女の艶笑話や、腐敗したキリスト教教会を揶揄する風刺話などが多いらしい。ボッカチオが、当時の上流階級の御婦人方を喜ばすため、あらゆる知恵と技法を駆使して創作した一級の「エンタメ小説」である。ボッカチオは、ダンテ『神曲』から多大な影響を受けているようだが、『神曲』の中で地上の出来事を神の救済史に関連付けて描こうとしたダンテとは異なり、彼はただ地上の出来事だけを描こうとした。当時のイタリア社会の人びとの姿を、赤裸々に、かつ生き生きと。

で、引用された話の内容は酷くくだらないのだが、文章の技巧はかなり洗練されている。例えば、文における動詞の位置と、動詞以下の文章の長さをコントロールすることによって物語の展開に緩急をつけたり、敢えてヴェネチア方言や俗語を混ぜて使用することで滑稽味を強調したり。現代の作家からすれば、その程度は当たり前の技巧なのかもしれないが、本書の中で、ホメロスのオデュッセイアと旧約聖書の時代からずっとヨーロッパ文学の文体変遷の歴史を追ってきた一読者の身としては、なかなか感動ものである。本書を閉じたあと、Amazonで『デカメロン』を買い物カートに入れる。読みかけのダンテ『神曲』が全て読み終わったら、きっと読み始めるだろう。

ジムから部屋に戻り、前日分の日記を書き、書き終えたところで奥さんが帰宅する。奥さんは夕食に、スーパで買ってきたローストビーフ丼とカクテキを食べる。美味しそうなので奥さんに一口貰うと、一口だけでは我慢できなくなる。昨晩、奥さんがAmazon Primeでドラえもんの映画が観たいと言っていたので、今日観る?と尋ねると、今夜はもう夜遅いからまた今度、と言われる。

奥さんは早々に寝てしまったが、まだ眠る気もないので、居間で読書を続けることにする。さきほど読んだ『ミメーシス』に触発され、須賀敦子・藤谷道夫訳の『神曲 地獄篇: 第1歌~第17歌』読了以来止まっていた神曲を再開。原基昌訳の講談社学術文庫版の『神曲 地獄篇』にて、第18歌から読む。第19歌、聖職売買の罪を犯した人びとの地獄の情景が、なかなか苦しそう。。

私は見た、斜面から底にまで広がる
穴だらけにされた青黒い岩盤を。
どの穴も同じ大きさで丸かった。<中略>

それぞれの穴の口から外に
一人ずつ罪人の両脚の
腰より下が突き出て、残りは中にあった。

全員の両足裏に火が燃え盛っていて、
そのために膝関節が激しく震えていた、
たとえ紐や縄で縛られていたとしても断ち切ったであろうほどに。

ちょうど油を塗ったものから上がる炎が
決まって表皮の上だけを滑っていくように、
そこでは踵から爪の先まで炎が広がっていた。

ダンテ・アリギエリ(著),原基昌(訳)『神曲 地獄篇』講談社,p.277-278

訳者注によれば、「油は塗油式による聖職任命、炎は聖人が頭に戴いた神への愛の炎でできた冠を暗示させる」とのこと。「中世には殺し屋や暗殺者は逆さ吊りで穴に徐々に生き埋めにされ、聖職者が地面に耳をつけて最期の告白を聞」いたそうなので、それがこの地獄では、聖職売買した聖職者がいわば教会またはキリストの暗殺者として罰せられ、ダンテが彼らの告白を聴くという皮肉が効いている。で、最後に次を読んで、うへえっ、となる。

今、余は突然の問いかけをなしてしまったが、
余がおまえと取り違えたその者がここに来る時に
余も同じく下に堕ちていく。

けれどもすでに余の足が焼けつつ
このように上下逆さでいた時間のほうが、
その者が足を赤くして打ち込まれているより長くなった。

ダンテ・アリギエリ(著),原基昌(訳)『神曲 地獄篇』講談社,p.283

当時、聖職売買の罪を犯す聖職者は後を絶たなかった。穴からは一人の聖職者の両脚がはみ出しているが、その穴の奥には先行する他の聖職者、さらに奥にはまた他の聖職者が埋まっているという。まるでロケット鉛筆の替え芯のよう。。

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