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「自分本位」で他者とつながる

自分の好きなことをとことん追求すると、一見自分本位のようでも結果として他者とのつながりが生まれ、さらには他者に貢献することにもなる。
佐倉準 著 「湯神くんには友達がいない」(2012年~2019年連載,少年サンデーコミックス全16巻)を昨年末に友人から薦められて読んだ後に、このような気づきを得ました。

湯神くん(湯神裕二)は、野球部のエースで勉強もできる一方、クラスで浮いている存在。友達を必要とせず、自分の目標や好きなことに全力投球。何か問題が生じた時にはノートに書き出して言語化し、常にPDCAサイクルを回しているような高校生。湯神くんとは対照的に、自分の意見を主張せずに他人に同調しがちな転校生ちひろちゃん(綿貫ちひろ)との掛け合いがとても面白くかつ示唆に富んでいます。

好きなことに思う存分取り組むためには、心の中の中のわだかまりを取り除かなければなりません。湯神くんは、問題が発生すれば後回しにすることなく迅速かつ冷静に対処し解決することで、心置きなく自分の好きなことに打ち込みます。そこで、
①湯神くんの「問題解決」に対する理念
②湯神くんの趣味論
まずはこの2つの観点で湯神くんの持論を理解したうえで、なぜ自分の好きなことを追求すると他者とのつながりを生み、さらには他者に貢献することになるのか、考えをまとめます。

【①湯神くんの「問題解決」に対する理念】

ストーリー全体を通して、随所に湯神くんの問題解決における名言が散りばめられています。

「問題なんてのはシンプル化して考えるのが一番だ」(1巻)
「不透明な問題点を洗い出すために言語化してるんだ」(6巻)
「後回しにした問題ってのはな・・・追いかけてくるんだ。見えないフリをしていても形を変えて目の前に立ち塞がるんだよ。何度でも!!」(6巻)
「後回しにしたところで・・・問題は追いかけてくるっていうのにな・・・」(10巻)
「肝心なことは面倒くさいんだ」(11巻)
「自分の気持ちがわからない時は繰り返し紙に書いて言語化するんだ」
(15巻)

湯神くんに何か問題が発生して、貴重な「注意資源」※1を消費するような事態に陥った際には、すぐさま紙に書きだして言語化するという作業を行います。人間の思考は言葉が中心ですから、言語化しない限りは延々と心の中にわだかまりが残り続けることとなります。
人が一日のうちで使うことのできるエネルギーは限られているのですから、解決すべき課題は可能な限りすぐに片づけ、自分の目的に見合った行動に注力するというのは理にかなっていますね。

※1  13巻より
注意資源:注意に使える資源
「一日のうちで集中したり判断したり、頭を使う気力は無限にはない。限りがある、という心理学的名称だよ。」

【②湯神くんの趣味論】

湯神くんには、好きなことがたくさんあります。落語、野球、ボーリング、城めぐり、DIY・・・
湯神くんは、ただ楽しいから取り組んでいるだけではありません。そこには確固たる「趣味論」があるのです。

「ぼくはね、見ての通り自分の望みが何か分かってる。」(4巻)
「分かってないな。意味がないからこそいいんだよ。趣味はね!無意味さが英気を養うんだよ!全てはつながってるんだ!!」(9巻)
家にたまたまあった複数の紙やすりから始まった裕二の趣味は・・・たまたま手に入った木材によって、その造形を深め、発展していった・・・めぐり合わせによって、種は育ち咲いたのだ。(9巻)
「趣味は人生に潤いを与えるんだよ」(9巻)
「好きだからこそ思い通りにならなくてストレスが溜まるんだよ。無意味な事に金と時間と気力を使って消耗する・・・それが趣味の醍醐味だ!!」
(9巻)
欠点が長所に・・・落語と同じだな。そう、むしろこの理想通りにいかないところがいいんだ!」(14巻)

「趣味とは何か」を考えさせられます。意味がないけれども、むしろその無意味さが人生に潤いを与えるもの。過去に読んだ本の中で、それに通ずる記述があったのを思い出しました。

人は無心になると、精神的な満足度が高まり人にもそれがシェアされる。無心になれるものをいくつか見つけておくだけで、人生は楽しくラクになる。
堀江貴文「自分のことだけ考える」,2018, ポプラ社

趣味の意義とは、「没頭できること」にあるような気がします。心を無にして解放する時間が、クリエイティブな思考を生むのでしょう。

【なぜ自分の好きなことを追求すると、他者とのつながりを生み、他者に貢献することになるのか】

湯神くんは、馴れ合いの友人を必要としないものの、決して人と関わることが嫌いなわけではありません。自分の好きなことについては周囲の人にとても楽しそうに語って聞かせますし、困っている人がいれば助けます。湯神くんの全ての行動は「他者からどう思われるか」ではなく、「自分本位」が基準です。むしろそのようなスタンスだからこそ、本当の意味で他者とのつながりが生まれているのではないかと思います。

たとえば、転校当初のちひろちゃんのように、いつも他人の顔色をうかがって、自分の主張を控えがちな人。一見、思いやりがあって「良い人」です。でも、「他者から期待されているわたし」に基づいた行動を続けていると、本当に自分がどうしたいのかがわからなくなってきます。そうすると、他者から「いいように」利用されるようになります。

他者からどう思われるかを一切気にせず、自分の思いのままに行動する湯神くんは、やはり最初は周囲の反感を買います。それでも、ブレない軸で主張をつづけていれば、理解者や、さらには湯神くんに救われる人もでてきます。さらに、コツコツと大切に育んできた趣味の世界は稀有なものですから、その知識や技術を必要とする人は必ずいます。

ではなにをするために人は生まれてきたかというと、私は、それぞれが自分を極めるためだと思っています。人がその人を極めると、なぜか必ず他の人の役に立つようになっています。
よしもとばなな「おとなになるってどんなこと?」,2015,筑摩書房
命令する相手も服従する相手もなしに、それだけで何かでいられるような人間だけが、本当に仕合わせな偉大な人間なのだ。
岸見一郎「幸福の条件」,2017,角川ソフィア文庫

「自分ではない誰か」になる必要はないし、決して自分以外のものになることなんてできません。あるがままの自分らしさを出すからこそ、他者に影響を与えられます。ひいてはそれが、他者のためになるということです。

【湯神くんには「友達」はいないけど、「孤独」ではない】

13巻で、ちひろちゃんが湯神くんに言います。

「人の輪の中でもひとりになるのが好きなんだね・・・
落語が好きなのも全部ひとりでやってるからかと思ってたけど・・・
聴いてくれる人がいて初めて完成するものだもんね。だから好きなの?

「あぁ・・・なるほど・・・」(湯神くん)

湯神くんには友達はいないものの、孤独ではありません。その個性が、多くの他者に影響を与え、他者との関係性の構築につながっています。

多くの人との出会いによって、人間は‟他人”を発見する。‟他人”を発見するということは、結局‟自己”の発見なのだ。つまり‟自己”を発見するためには、おおぜいの協力者が必要になる。
岡本太郎「自分の中に毒をもて」,2017,青春出版社

湯神くんは、「自分」を貫いているからこそ、むしろ多くの他者と関わっているのです。

【まとめ】

湯神くんは、「注意資源」を浪費しないように、問題が起きたらすぐさま言語化して解決に取り掛かる。そして、自分の好きなことに思う存分没頭する。そうして育んだ個性が他者に影響を与えることとなる。

「自分」を徹底して貫くには、多くの他者の協力が必要である。よって、湯神くんには「友達」はいないけれども決して「孤独」ではない。

つまり、自分本位にあるがままでいることは、他者とのつながりを生み、さらには他者に貢献することとなる。

★goriY66の趣味であるミニチュア細工で、11巻にて湯神くんが心底おいしそうに食べていたトンカツ定食を再現してみました。

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