『りんご後輩』

「林檎は世界を救います。」
クーラーのない蒸し暑く狭い部室で二人、真面目な顔をして彼女は言った。
彼女は明石さんと言う。
部員2名の弱小サークルであるこの生物部で植物、特に林檎をこよなく愛す彼女はこの通り、いつもの調子である。
「はいはい、林檎ね。」
最初こそ真面目に聞いていたが、不思議な感性を理解できる訳もなく。明石さんの言葉に適当に相槌を打つ。
…でも。目が離せない。
自分はこれといって人に自慢できるものや夢中になれるものがないからこそ、一つの果実について長く探究できるこの明石という後輩がとても眩しく、輝いて見えていた。

「先輩、聞いてます?リンゴを齧ってないで、僕の話聞いてください」
「ん〜んんっんー!」
口の周りをリンゴの汁で濡らしている俺は、急いで明石が育てたリンゴを飲み込んだ。
「聞いてるよ、あれだろ。お前がリンゴが好きってことはわかったからさ。早く部誌かけよな。」
明石はフンとそっぽを向くと、部誌をひょいとつまみ、さっき俺がこぼしたリンゴの染みを丁寧に撫でながら呟いた。
「先輩はひどい人です。」
ひどいって言われてもな。
「こぼしたのはごめん」
「それもですけど……そのことだけじゃないんです。」
言葉を発しながらも撫で続ける彼女の手元を見た。リンゴの染みはほのかにきいろい。
「…そのことだけじゃないって、何だよ」
「先輩、昨日、早退してどこ行ってたんですか?私には言えないところですか?どうして私を連れてってくれなかったんですか?いつもすぐJAと八百屋に行くからですか?」

迫り来る後輩、慌てる俺。
俺は後輩を思いっきり押してしまった。後輩はバランスを崩した。
後ろには真っ赤なリンゴがあった。

ごんっ

後輩は倒れた。
後輩からはリンゴの様な液体が流れていた。



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作者 ばちんこ/少年/人外/ぱりぱり
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