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『がんばれカミナリ竜』

 自然人類学者の間では有名な人物にスティーブン・ジェイ・グールドがいます。わたしは会ったことがないので、歴史上の人物ということです。ここでは「スティーブン」や「グールドさん」ではなく、「グールド」と呼ぶことにします。

 グールドは新しい進化の仮説「断続平衡説」を提供しました。グールドは古生物学者であり、進化学者でもあります。でも、ここではそのことよりも、グールドの書いたエッセイ「メジアンはメッセージではない」の話がしたかったのです。

 「メジアンはメッセージではない」『がんばれカミナリ竜』という本の32章にあります。短いエッセイですし、英語ですが The AMA Journal of Ethics という雑誌には "The Median Isn’t the Message" の題で無料で公開されています。『がんばれカミナリ竜』は古い本で、今では古書でしか手に入らないと思いますが、各地の図書館には今でもありそうです。

『がんばれカミナリ竜』上巻
『がんばれカミナリ竜』下巻

 さて、「メジアンはメッセージではない」の話です。なぜこのエッセイが今でも公開されているのかというと、それは世の中のがん患者に希望を与え続けているからです。グールドは悪性の腹膜中皮腫と診断され、診断を受けてからの余命が8か月であることを知ります。しかし、余命8か月というのは多くの患者の中央値、つまりメジアンです。それはある意味で抽象化された値です。すべての人が8か月目に死亡することを意味していません。腹膜中皮腫であれば数か月で死亡する人もいるでしょうが、人によってはもっと長く、何年、何十年と生きる例もあるはずです。

『がんばれカミナリ竜』下巻の327ページに載っている右歪性の分布図

 事実、”8か月” という中央値を導き出した変異分布の形は、統計学者が「右歪性」と呼んでいる形をしているというのです。余命の中央値が”8か月” であることは事実でしょう。しかし、個人個人がどれだけ生きるかは、また別の話です。「右歪性」であれば半数の人は右に偏ったどこかにいるはずです。右のどこにいるのかは、腹膜中皮腫の進行度と受けた医療のレベル、それとどれだけ楽天的にものごとを見ているか、対処しているかによるのでしょう。若さも考慮に入れるべきでしょう。これらのことを総合的に考えれば、きっと私(グールド)は、治療によって右端、つまり「寛解(かんかい)」と呼べる場所にいるの違いない。グールドはそう考えました。

 腹膜中皮腫の治療に2年間がかかったそうです。最初は手術を受け、放射線療法を受け、化学療法を受けました。そしてついにグールドは腹膜中皮腫を克服したのです。克服した後も精力的に科学的な論争を続け、エッセイを書き続けました。その姿が多くのがん患者を勇気づけたのです。

 がんばれ、カミナリ竜!


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