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【#005】その国の未来を作る

 今回は東南アジアの大規模インフラ工事に携わっていた経験から、感じたこと3点についてまとめたいと思います。

 国の中心部から車でも5時間以上離れた場所、水道水やトイレも清潔ではなく、停電も頻繁に起きる場所に約1年半常駐していました。

 日本とは全く違う環境でしたが、そのおかげで以前とは考え方が180度変わりました。

1) 最初から英語はペラペラじゃなくていい

 東南アジアのインフラ工事という括りでみれば、必ずしも英語がペラペラでなくとも、コミュニケーションは十分とれると思います。当時の中学生レベルの英語でも、なんだかんだで物事をうまく前に進めることができました。

 エンジニアのケースに当てはまると思いますが、英語が話せるというよりかは専門性、スキルや経験の方を求められていると感じました。

 ただ、ここで伝えたいことは2点あります。

① 多くの東南アジア人にとっても英語は外国語ということ。みんなが得意、ペラペラという訳ではない。

② 発音のことを気にしているのは日本人だけ。みんな独特の英語でも自信満々に話しています。

 なので、自分自身の心の中のハードルを下げて、どんどん挑戦すればいいと思うんです。

 英語が話せるようになってから海外に行こう。ではなく、カタコトで全然話せなくても構わないので、その環境にまずは身を置いて、並行して英語を磨いていくくらいのスピード感でいかないと、今の世界のスピード感についていけないと思います。

 英語はあくまでもコミュニケーションのための一つの道具にすぎないので、英語だけを一生懸命頑張っても外国では通用しません。日本から出ると当然文化や考え方も違いますし、グローバルに働くためにはそれらも並行して学んでいく必要があります。

2) 一つ上の役職になったつもりで

 海外に出た後はマネージメントをすることを求められる機会が多くなりました。

日本でやってきた業務以外の新しいことも"当然"のようにやっていかなければなりませんし、自分の頭で考えて、どんどん仕事を作っていかないといけません。

 例えば、入社2、3年目の若手であったとしても外国人スタッフの進捗管理や海外の別会社との窓口、会議でのファシリテーターや同じチームメンバーの士気を高めたりなど。

 また、裁量権が与えられることも多く、効率悪いなあと感じたら、自分なりに方針を考えて実行にも移しやすい。やる気さえあれば、どんどん新しい経験ができるし、成長しやすい環境でした。

 一方、海外赴任した直後は以下のような感情があったのも事実、戸惑う部分も多かったです。

・全然教えてくれない

・ルールが整っていない

・やったことのない仕事だからできるわけがない

 今思いかえせば、誰かが引いたレールの上でしかやってきていないくせに、レールがなければ全て他人任せ。当時、とても反省したことを覚えています。

 海外に行くと最終判断したのはまぎれもなく自分で、誰のせいでもありません。

3) その国の未来をつくる


 大規模インフラ工事は規模が大きく、地図に残る仕事です。そして、自分の携わった構造物が出来上がっていくのはとても感慨深く、完成した建物の上を歩いた時はやりがいを感じられます。

 ただ、赴任終了が近づいたある日、あることに気づきました。

 それは、住んでいる街の風景が赴任した時からガラッと変わったこと。

 具体的には、レストラン、家電屋、バイク屋、などがどんどん出来て雇用がうまれ、人口がどんどん増えていったのです。自分は建物を作っているとばかり思っていましたが、街自体も育てていたです。

 大規模なインフラ工事では、下請けも含めると数十社関わっており、数えきれないほど多くの人が携わっています。東南アジアの労働者数は、日本のプロジェクトとは非にならないくらい多いんです。

 その人たちのために、新しいお店や施設がどんどん増えていったのです。

 この変化には日々の仕事をしているだけでは気づきませんでした。街の風景、雰囲気はゆーっくりと変わっていくからです。

 帰国間際になって、あらためて影響力の大きな仕事をしていたんだと実感できました。

 インフラ工事はその国の未来を作る仕事です。

ありがとうございました。

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