月に抱かれた夜

中学3年生になり、少女は一人暮らしを始めた。

会社の意向で父のシンガポールへの転勤が決まり、母も着いて行く形になったのだ。これまでも千葉と仙台で3年ずつ単身赴任をしていた父。母はその度に、                                                    「やっぱり住み慣れたとこが一番よね。ここを離れる気になんてなれない。ヨーロッパなら少しは考えるけど」                                                        と冗談を飛ばしていた。ヨーロッパではないにせよ、シンガポールと聞いて即座に了承したのだろう。1年待ってこちらに来ればいい、と父はまだ中学生の少女に気を遣ってくれたが、母はもうすっかり海外のセレブ妻気分のようだった。少女は意見を出す場すら設けられず、日本に残るのは決定事項だった。(兄の上京後、母は少女との二人暮らしに息詰まりを感じていたのかもしれない)

元々、壊れた祖母の見舞いを娘に任せるとあって、責任感という言葉とは無縁の母だ。だが子供とは20歳か、せめて18歳までは親の責任下で育つものではないのだろうか。この明らかな裏切り行為を少女は静かに受け入れるしかなかった。少女にとってこれが、大好きな阪神の選手が国内のFAで巨人に行くくらい衝撃的なことであったとしても。いや、それ以上か。リーグ優勝の時はあれだけ皆で胴上げして、今年はこのまま日本一だと言っていたのに、いざ日本シリーズになってみたら全然別のチームで球をほっている。そんな感じ。

こうして少女は本当の一人になった。けれども何一つ不自由ではなかった。
西九条駅から徒歩約15分。コンクリート打ちっぱなしのお洒落なマンション。6畳1K。IHはないが、風呂もあればトイレもある。
鼻の状態が改善されず満足な人間関係が築けない今、少女は一人になれたことを喜んで然るべきだった。孤独が際立つのは、決まって誰かといる時だから。
暗闇に只プカプカ浮かびながら、ゆっくりと孤独を溶かし薄めてゆく。
レースのカーテンの隙間から眺め見る午前2時の空。
真下から捉えた月はやたらと凛々しくて、ドライアイか花粉症か、少女の目尻はうっすら湿り気を帯びていた。

ハマショーの『MONEY』がすきです。