見出し画像

SBの自由と責任について

はじめに

いきなりですが想像してみてください、あなたは急遽サッカーチームの監督に選ばれました。11人の選手たちも「なんかその辺で暇してた人」とかも含まれていて、当然年齢や身長体重、サッカー経験年数にはバラつきがあります。そんな状況で一番下手で足手まといの選手を置くとしたらどのポジションでしょう?色んな意見があるのは承知の上で、おそらくサイドバック(以下SB)と答える人が多数派なんじゃないでしょうか。勿論プロサッカークラブでそんな状況起きるわけないのでこれは無意味な思考実験ですが、アマチュアの世界では「SB=一番下手くそ」であることも事実です。実際部活動で10年ほどサッカーやっていた自分自身がそうでした笑
と自虐はこのくらいにして、最近Twitterを見てるとSBに対する見当違いな批判を目にすることがありました。名前は伏せますがエ〇トゥピニャンとかクク〇ジャのことです。そうした頓珍漢な批判に対抗してSBに対する理解、リテラシーを深めるためにも本稿を読んでいただけると幸いです。

SB概論

ざっくり定義

SBとは文字通り「サイドを守る人」のことです。またSBという呼称は4バックのときにしか存在しないポジション名であり、3バック(5バック)のときサイドのエリアを守る人はウイングバック(以下WB)と呼ばれます。ですがサイドを守る人という意味ではSBもWBも変わらないので、本稿ではどちらも取り上げます。

求められる能力

SBは他のポジションに比べて専門性・重要度が低いという特徴があります。GKのようにセービング、コラプシングといった特殊な技術は必要なく、CFやCBのように得失点に直結するプレーに関わる機会も少ない。360度あらゆる方向からプレッシャーを受ける中盤センターの選手ほど優れたボールキープ力と判断力が、ワイドの選手ほど卓越したドリブルで相手をブチ抜いたりシュート、スルーパスで得点に絡めるだけのテクニックが求められるわけでもない。「元々本職のポジションは◯◯だったけどSBにコンバートされた」という選手が多いのは、そうした(あくまで相対的な)専門性・重要度の低さが要因です。「レベルの低いリーグ、チームではCBやボランチをやっていた選手がより高いレベルのリーグ、チームに行くとSBをやらされる」というのもサッカーあるあるの現象ではないでしょうか。アーセナルの両SBのレギュラーであるベン・ホワイトジンチェンコは元々それぞれCBとMFの選手でした。
しかし、だからと言ってプロ選手なら誰でもSBができるほど甘い世界ではなく、SBをやる上で絶対必要な能力があります。それは90分間インテンシティ(プレーの強度)を落とすことなくプレーするスタミナスピードです。

例えばバルセロナのブスケツがSBをやるのは技術、戦術理解度の観点から見れば大丈夫でしょうが、スタミナとスピードに関しては(たとえ全盛期でも)お世辞にもラ・リーガでSBをこなせるレベルにあると思えません。そのため仮にバルサのSBが全員怪我で出れなくなっても、ブスケツをコンバートするのは非現実的でしょう。一方、同じアンカーの選手でも元シティのフェルナンジーニョはペップ政権1年目の2016-17シーズンは左右のSBを務めることもありました。これはブスケツと違ってフェルナンジーニョにはSBをやる上で必要最低限のフィジカルがあるということでしょう。
一般的に現代のサッカー選手は、技術・戦術以上にフィジカル面の進化がめざましいと言われています。そのためSB以外のポジションにも、先のフェルナンジーニョのようにSBをこなす上で求められる水準のスタミナ、スピードを備えた選手は増えていると思います。直線的なドリブラーだったにもかかわらずSBとしてプレーしているヘスス・ナバスもその1人でしょう。似たような事例だとファンハールによってSB(WB)コンバートされたバレンシアヤングが挙げられます。ローマではWBをやっているエル・シャーラウィもデビュー当初はイケイケのアタッカーでした。

またSBは他のポジションに比べるとしんどいかつ地味で、やりたがる人は正直少ないです。そのためフランス代表のパヴァールのようにプロでも「(SBではなく)他のポジションをやりたい」と公言する選手はいます。アフリカサッカー史上屈指の右SBであるオーリエもコンバート当初は「やりたくなくて泣いた」そうです笑

とはいえ、そのパヴァールやオーリエなんかよりも良いパフォーマンスを残せず消えていったSBなんて世の中ザラにいるわけです。どのポジションだろうが求められた場所でプレーするのがプロ、ということでしょうか。

また専門性が低く特殊な技術も必要ないと書きましたが、特にSBに求められる技術としてクロスが挙げられます。SBが攻撃時に上がってやることなんてもうほぼクロスしかありません。逆に言うと精度の高いクロスを上げることのできるSBはそれだけで重宝されます。リバプールのTAAことアレクサンダー=アーノルドロバートソンのSBコンビは高精度のピンポイントクロスを上げることで有名ですよね。とは言えクロスを上げるのはSBだけの仕事ではなく、シティのデ・ブライネなんかも怪物ハーランドに向けて質の高いクロスを放り込みまくってるので、やはりSBならではの専門技術とまではいかないでしょう。

下にプレミアリーグで優秀なクロサーたちの動画と、個人的に好きなインテルのディマルコのクロス(ナポリ戦)の動画も載せておきます。

※余談 〜SBはどこから来てどこへ向かうのか〜
専門性・重要度の低さ故に他のポジションからSBにコンバートされることは先述の通りですが、その逆パターンでSBから他のポジションにコンバートされることもあります。
その代表例が現プロゴルファーのベイルで、彼はデビュー当初は左SBとしてプレーしていました。あのキレのあるドリブルと強烈なシュートを活かすには2列目より前でプレーさせないと勿体無いのでコンバートの成功例と言えるでしょう。
マルディーニラモスアラバなど名だたるCBたちも元々SBでした(アラバは今でもたまにSBやってますが…)。ハイライン・ハイプレスが当たり前になった結果、CBにも裏のスペースをカバーできるだけのスピードが求められるようになったということでしょうか。
世界トップレベルの右SBに上り詰めた後、キャリア晩年にボランチ、右ワイド、右HBなどをこなしたラームダニ・アウベスは魑魅魍魎が跳梁跋扈する欧州サッカー界の中でも完全に例外的存在です。人間ではありません。
ジュニアユース、ユース時代まで含めるとキリがないですが「このSBは元々ポジションどこだったんだろう」「この選手は◯◯にコンバートしてもいけそうやな」とあれこれ妄想してみるのも面白いかもしれません。

与えられるタスク

これに関しては、もうこの記事を読んでもらうのが手っ取り早いです↓

勿論細かいプレー原則はチームごとに変わってきますが、攻守におけるデュエル(1対1)での勝利チーム全体のバランスを取ったポジショニングはチーム戦術関係なくSBがこなすべきタスクであると言えます。

まずは攻守のデュエルに関して。ゾーンで守るチームの場合、SBの守備時の行動は基本的に他のDF陣と一緒に連動しているものです。他のDFが上がれば上がるし、他のDFが左に行けば左に行きます。しかし、サイドでの1対1となると話は別です。他のDFたちはペナ内に残ってクロスを待ち構える準備をするため、SBはDFラインから1人飛び出して相手と対峙する必要があります。そしてこのときボールとは逆サイドのSBも余裕ぶっこいてる暇はありません。ボールサイドのSBがかわされたらクロスが飛んでくる可能性があるので、そこで対面するFWと空中戦に勝たなければいけません。中にはユベントスにおけるマンジュキッチのようにタッパのあるFWを(低身長率の高い)SBにぶつけて質的優位を作ろうとするチームもいるので、SBにも「絶対勝つ」とまではいかなくても「自由にはさせない」くらいの空中戦の強さは必要になってきます。打って変わって攻撃の話になると、今度は逆に相手をかわしてクロスを上げる必要があります。もしくは相手DFの死角から走り込んで逆サイドからのクロスに合わせてシュートを打つことだってあるわけです。

こういったSBの守備面でのタスクを完遂していたモデルケースとなる試合と選手が、今季のプレミアリーグ第10節リバプール戦における冨安ですね。アルテタはサラー対策として冨安を左SBで起用しましたが、冨安はなんとサラーを完封。エジプトの王を途中交代させることに成功しました。

そして次にポジショニング。SBというのは、フィールドプレーヤーの中では比較的動きながら全体を見渡しやすいポジションです。何故ならCBやボランチなど真ん中の選手たちはどうしても死角が生まれてしまいますが、サイドにいたら180度しか見なくていいからです。SBはオーバー・アンダーラップや偽SB、大外裏抜けなど「定位置から大きく離れる動き」が戦術に組み込まれがちですが、そうした動きを求められるのはチームの攻守のバランスを調整する役割がSBにあるからでしょう。これがCBやアンカーのように「そこにいること」が一番大事なポジションだとなかなかそうはいきません。勿論闘莉王のような例外もいますが、やはりポジショニングの自由度はSBの方が上です。

「ポジショニングが良いSBは?」と聞かれてパッと思いつくのはドイツ代表、バイエルンのレジェンドであるラームですね。ラームはとにかく判断のミスが少ない選手で、攻撃参加も毎回毎回上がるわけではなく「ここぞ」というタイミングで上がり、そしてドリブル、クロス、シュートなどでチャンスメイクをしてくれます。筆者が部活でサッカーをやっていた頃はラームのポジショニングをお手本にしていました。
バイエルン時代の動画は色々上がってるので手当たり次第見てもらえれば良いのですが、一応例として2011-12と2015-16のDFBポカール決勝を載せておきます。

2011-12の方はバイエルンが5失点もしており、3点目に関しては明らかにラームの裏のスペースを使われております笑まあ良い例・悪い例両方学べる良い試合なのではないでしょうか。2015-16の方はバイエルンの監督がハインケスからペップに代わっているので偽SBとしての動きも多々見られ、参考になると思います。

最後に攻守におけるSBの動きをざっくりまとめておきました。

攻守におけるSBのタスク・役割

SBから見える景色

当然ですが、テレビやスタジアムで俯瞰して見える景色とピッチに立って見える景色は全く違います。ですが「はじめに」で述べた通り、SNSやABEMAの民度がクソ低いコメント欄を見てると、そういう「SBから見える景色」を一切想像できていない的外れな批判を見ます。一言で言うと「SBがSH(WG)の選手にパス出さない問題」ですね。なのでこの章では経験者の自分なりにSBのパスコースの優先順位について解説していこうと思います。プロの指導者の方からしたらツッコミどころもあるかとは思いますが温かい目でご覧ください。
SBに限らずボールを持ったときにまず優先すべきなのはゴールに直結するプレーです。そのため、FWへのパスコースが空いていたら裏へのスルーパスか足元に楔をつけるのが一番良いでしょう。次にどちらかを優先するのかは、正直SBの技量とチーム戦術によって変わってくるのでケースバイケースですが、大外に張っているWGへのサイドチェンジが有効であるのは間違いないです。とはいえDF側は基本サイドチェンジをさせないためにスペースを圧縮してくるのでこれはFWへのパスと同じくらい厳しい。そのためSBが出すパスのほとんどは横のボランチや後ろのCBではないでしょうか。それも無理なとき初めて、同一サイドのWGに縦パス(もしくは裏)に"仕方なく"出します。

何故ここまで縦パスの優先順位が低いかと言うと、基本的にどの場所においても垂直方向のパスというのは一番相手からカットされやすいからです。DF側も一番狙っているところと言えます。ピッチ中央でFWに縦パスを入れるならまだゴールチャンスも生まれやすいので積極的にチャレンジしてもいいとは思いますが、サイドで縦に出したところで読まれてカットされるか詰まってまた戻されるかの二択なのでほとんど意味がないです。逆に言うとここのパス(SB→WGへの縦)が多いチームはボールを上手く回せていない証拠なのでちょっとヤバいと思ってください笑
ではWGに出すにはどうしたらいいかと言うと、横・斜め方向の動きで角度を作るとものすごくパスが出しやすくなります。これに関してはアーセナルの試合を見てもらえたら一発で分かります。SBからWGにパスをつけているときは最初からSBが絞った位置(偽SB)にいるときか、WGが横移動したときのどちらかです。これをややこしく説明すると5レーン理論の話になってくるのですが、ぶっちゃけそんな解説なくても「横か斜めに動いて角度を作るのが大事だよ」で済む話です。一応画像でもまとめておきましたのでそちらもどうぞ↓

パスコースの優先順位
こうしたらWGにも出せるよ

最後に

このように、一定のタスク(責任)がありつつもボール保持時のポジショニングの面である程度自由もあるのがSBというポジションの魅力です。その一方で、SBをやったことがない人からはピッチ上でもピッチ外でも色々文句言われがちなしんどいポジションでもあります。
SBは自分で色々考えて工夫することができるポジションでもあるので、考えてサッカーやる人には向いてると思います。筆者も高校時代みんなマンツーでべったり相手にマークしてる中1人だけ勝手にゾーン気味にポジション取ったり、攻撃時にオーバーラップだけじゃなく中に絞って受けたりと(顧問の指示を無視して)色々試しながらやってました。まあ怒られることがほとんどでしたが個人的には楽しかったです。

これを読んだ方も是非SBやってみてね!と簡単には言えませんが、試合を見るときにちょっと上で書いていたようなことを意識して見てもらえるといいかなぁと思います。

参考文献

個人的にSBについて日本で一番掘り下げている雑誌はこれだと思います。
Kindle版は1000円以下なので良かったらどうぞ。

新旧日本代表DFのうっちーと冨安が語るSB論議。結構面白いです。


この記事が参加している募集

サッカーを語ろう

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?