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憧れだった彼女とBUMPの「サザンクロス」

どんな今を生きていますか 好きだった唄はまだ聴こえますか
くしゃみひとつで笑った泣き顔 離れても側にいる 気でいるよ

「サザンクロス」 作詞・作曲:Motoo Fujiwara

高校2年生のとき、当時付き合っていた彼女の影響でBUMP OF CHICKENというバンドを知った。いや正確にはBUMPを好きになった。BUMPは知っていたが、太鼓の達人で夏祭りと同じ位の難易度である天体観測を歌っているバンドという認識でしかなかった。

彼女は一つ上の先輩だった。県内有数の進学校に通っており、友達は多く、話は面白く、僕の何倍も教養がある。付き合えたのは奇跡だった。こんな人になりたいと憧れた。

付き合う前のデートのとき好きなアーティストを聞いた。彼女が教えてくれたのがBUMP OF CHICKENだった。BUMPの良さを目をキラキラさせて語った可愛らしい顔を今でも思い出せる。あの憧れの先輩がそんなにも好きなアーティストなら自分も聞いてみたいと思い先輩からCDを貸して貰った。

彼女のお気に入りの音楽。彼女から貸して貰ったCD。その日からBUMPを全曲シャッフルで浴びるように聞いた。彼女のことをもっと知りたいと思った、彼女と一つでも多く共通の話題を持ちたいと思った。

1ヶ月程で僕はBUMP OF CHICKENにどっぷりとハマった。
彼らのメロディーと歌詞からわかる世界観、隠しトラックで見せる無邪気な少年性、どれもが美しかった。聴く内に彼女という人が何で構成されているかその一部が分かった気がした。

彼女と付き合う前、僕は自己肯定感の低い人間だった。そんな僕からの交際の提案を何故か彼女は了承した。彼女と付き合って僕は変わったと思う。自分を許せるようになった。彼女が感じる僕の良さをきちんと目を見ていってくれた。人を大事にできることは君の才能だから大切にしなさいと行ってくれた。褒められることに慣れていなかったから表情がわからなくなってしまったら、彼女がなにそれと言って笑った。そんなのこっちのセリフで、彼女から僕はたくさんのものを貰いすぎてるくらいだった。

ある日彼女からBUMPのライブの劇場版をやるから見に行こうというお誘いを受けた。彼女は一度そのライブを観に行っていて、このライブに行けたことで自分の運はすべて使ったといっていた。とても素晴らしい公演だったらしい。とてもワクワクしながら彼女と映画館に行った。
上映中、ボーカルである藤くんの「一生分の勇気の絶対量があったら、俺たちはもう使い果たしている」という言葉が印象深かった。東京ドームを満杯にしてその劇場版まで映画館でやるバンドが持つ、一人の人間の心を感じた。

その帰り道、歩きながら今日の感想を言い合った、寒い冬の日。僕はある曲の音ゲーみたいな演出(white note)が実際にライブに行ってやってみたかった、みたいなことを言った気がする。そのとき彼女が好きな曲として挙げたのが「サザンクロス」だった。彼女はカラオケが嫌いだった、自分は音痴と公言しており僕がカラオケに誘っても頑なに行こうとはしなかった。そんな彼女がどんな曲か思い出せない僕に1フレーズ歌ってくれた。彼女が僕の前で歌ったのはこの1回だけ。僕の中でのサザンクロスは彼女が一回歌ってくれた曲、それだけだった。



一年程経って、彼女から別れを告げられた。彼女は賢い人で、きっと僕の全てを見て分かってしまったのだろう。きちんと自分の進むべき道が見えていた。その提案を受けることしかできないと分かっていてもしばらく呆然としてしまった。
現実感のないままの帰宅。あんなに好きだったBUMPも聴く気持ちがわかない。ぼんやりと頭にモヤがかかったまま眠りについた。次の日、僕はBUMPを聴いていた。イヤホンから聴こえる彼らの音楽は昨日と変わることは無かった。藤くんがそのときの勇気を精一杯使って書いてくれた詞に僕の勇気が少し回復した。

ねぇ 優しさってなんだと思う さっきより解ってきたよ
きっとさ 君の知らないうちに 君から貰ったよ 覚えはないでしょう

「ひとりごと」 作詞・作曲:藤原基央

そこから僕がBUMPの曲に対しての捉え方が変わった。
BUMPの曲にはよく「君」が出てくる。それは直接であったり、暗喩であったり、藤くんはその「誰か」に向けて詞を書くことがある。その相手はきっと僕の隣にいてくれる大切な人なのだと、彼女と付き合っていた僕は思っていた。例えば上の「ひとりごと」では2メートル先にいて、振り返って笑顔で呼びかけてくれる大切な人を見て書いている。そう思っていた。
でも、その「君」は隣にいるわけでは無いと思うことが増えた。今の僕の横、僕の中の思い出、歩いて来た道の後ろ側、どこか遠くに、でも確かにいる君を思っているのだと。曲の捉え方なんて人それぞれで100人が100通りの解釈がある中で、BUMPの曲はその100通りの解釈の根幹に、大切な人をしっかりと想う気持ちを持たせてくれるように感じる。

そして僕はもう一度あの曲を聴いた。

どんな今を生きていますか 好きだった唄はまだ聴こえますか
くしゃみひとつで笑った泣き顔 離れても側にいる 気でいるよ

「サザンクロス」 作詞・作曲:Motoo Fujiwara

聴いた瞬間、彼女が歌ってくれたあの寒い日を思い出した
泣いていた

さよならを言った場所には 君の声がずっと輝くんだ
君が君を見失っても 僕が見つけ出せるよ 君の声で

「サザンクロス」 作詞・作曲:Motoo Fujiwara

ここでの「君」の解釈など色々ある。若い頃にお互い高め合った良き友かもしれない、自分の人生を教えてくれた先生と呼べる人かもしれない。でも、僕はこの曲を聴くと、一回だけ聴いた彼女の歌声を思い出す。彼女は僕に色々なことを教えてくれた。君は周りを幸せにする力がある。そう言ってくれた人がいたことを、僕はきっと忘れないだろう。

サザンクロスとはみなみじゅうじ座のことだ。まだ羅針盤が開発されていなかった15世紀大航海時代、北半球の北極星と同じく南半球で方位を知るのに用いられていた星座のことだ。航海士はそのときの時間、サザンクロスの位置と向きで、広い海の中での現在位置と進路を決定していた。
ちなみに星座には国土と国境のような、空におけるその星座が持つ領域のようなものが存在する。北半球で北極星を見つけるときに使われる北斗七星があるおおぐま座の領域は全88星座の中で3位の大きさを持つ。
一方サザンクロスである、みなみじゅうじ座は全天88位、つまり最下位なのだ。

星を読んで位置を知る様に 君の声で僕は進めるんだ
さよならを言った場所から
離れても聞こえるよ 約束が

「サザンクロス」 作詞・作曲:Motoo Fujiwara

今でもサザンクロスを聴くと、彼女のことを思いだす。「君」と夜中に電話したり、初めての六本木のレストランであたふたしたり、ふたりとも好きなプラネタリウムを見に行ったり。BUMPの音楽が目印となって、彼女のことを思い出せる。付き合っているときにした、とりとめのない約束なんて彼女は覚えているだろうか。その最も小さい星座の道標がどれだけ僕の歩きを支えていることだろう。僕は正しい道を歩いているのだろうか。

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