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白洲正子が愛した近江の文化を繋ぐ 大人の隠れ家「武相草」

日本の美を追求した人気随筆家・白洲正子の代表作「かくれ里」。その紀行随筆は、彼女が愛した近江(滋賀県)の魅力を綴ったものです。

「かくれ里」とは、どのような場所なのでしょうか。秘境と呼ぶほど人里離れた山奥ではなく、街道筋から少し離れた場所、そんな場所が白洲正子の「かくれ里」なのです。

(写真提供:武相草)

彦根城の南東に位置する重要伝統的建築物群保存地区。ここに築100年の土蔵を改装した、お寿司と天ぷらが美味しい日本料理のお店「武相草」があります。

お店の経営に携わっているのは、社寺建築や文化財などの修理・復元を手掛けている株式会社鈴木古建築の代表取締役・鈴木大祐さん。鈴木さんは棟梁でもあり、職人としてのこだわりを持って、地域の古い建物の活性化に取り組まれています。

(写真提供:武相草)

「武相草」という名前を聞いて、ピンと来られた方も多いのではないでしょうか。そうなのです。「武相草」の名前は、白洲正子が暮らした住まい「武相荘」にちなんで付けられた名前です。

「不愛想」という言葉にひねりを効かせて命名された「武相荘」には、白洲正子夫妻を慕って、多くの文化人、政治家などの著名人が集ったといわれています。

古くても本物の良いものを後世に残したい。そう願い活動されている鈴木さんは、本物の建築と本物の食に出会う場所、そして人と人が出会う場所として、「武相草」に「武相荘」と「かくれ里」を重ねておられるのかもしれません。「武相草」は、まさに大人の隠れ家と言えるお店です。

(写真提供:武相草)

人と人の出会いの場、一期一会の繋がりの場として、お店のカウンターに使用する木材や、丸太梁を活かした吹き抜けなど、細部に至るまで鈴木さんの棟梁としてのこだわりとセンスが光ります。

寿司下駄はもちろん鈴木さんのお手製で、季節やその時々に合わせて笹などを使って、お料理を最高の形で演出されています。

(写真提供:武相草)

人と人が繋がる場所には食が不可欠と考える鈴木さんに、快く協力してくれたのが「武相草」の横田料理長でした。

草花をこよなく愛する横田さんは、白洲正子の大ファン。横田さんが彦根近隣の山に咲く季節の草花でしつらえた、しっとりした空間は、日常の喧騒や時間を忘れさせてくれます。

(写真提供:武相草)

白洲正子がもし今の時代に生きていたなら、きっと「武相草」に足繫く通ったことでしょう。

(写真提供:武相草)

東海道・北陸道・中山道の三つの街道が交わる交通の要衝である近江(滋賀県)は、京都の隣に位置し、文化と情報の通り道として栄えました。いろんな人が出会い、文化が出会い、新しい文化を作ってきました。

徳川家康が要衝として選び、井伊家に託した彦根の地。ここ彦根で、白洲正子のご縁がトントン拍子で「武相草」に繋がっていくのです。

なんと、「武相草」が入ることになった土蔵のオーナーは、白洲正子の孫でアクセサリー作家の白洲千代子さんと親交がある方でした。不思議なご縁で、今の時代に白洲正子と「武相草」が繋がったのです!

まるで赤い糸で繋がった運命的とも言えるご縁。「武相草」の入り口には千代子さんの作品がさりげなく飾られています。

彦根に根ざしたご縁は井伊家にも繋がります。

「武相草」では、玄宮園(彦根城の北東にある旧大名庭園)の中にあった料理旅館・八景亭(2017年11月に営業終了)の器を使っています。

また、彦根藩第13代藩主・井伊直弼公の時代に藩窯として栄えた湖東焼を再興させた一志郎窯の土鍋を使っています。

彦根の歴史を伝える器と地元の食材を使ったお料理、そして一志郎窯の土鍋で炊いたご飯。「武相草」では、本物の食を味わうことができるのです。

(写真提供:武相草)

更にご縁は海を越えてハリウッドにも繋がります。

2019年、映画の撮影で彦根に滞在していたハリウッドスターのニコラス・ケイジが、ハリウッドの関係者やスタッフと4回、「武相草」に食事に来てくれたそうです。

江戸幕府で大老を務めた直弼公が日本の開国・近代化を断行して新しい風を入れたように、和の魂を大切にしつつ、新しいものを積極的に取り入れる直弼公の和魂洋才の精神は、今も彦根に受け継がれています。

かつて、文化と情報の通り道として栄えた彦根。直弼公が青年時代を過ごした「埋木舎」に植えられ、直弼公が愛した柳のように、彦根には、あらゆるものを受け入れる柔軟性と、新しいものを生み出す革新性のエネルギーがあふれています。

映画の撮影所の誘致と共に海外の文化を取り入れた彦根は、新しい時代の文化の通り道として、白洲正子が愛した「かくれ里」の役割を担っていくのでしょうか。

(写真提供:武相草)

白洲正子が暮らした住まい「武相荘」にちなんだ大人の隠れ家「武相草」。

彦根は彦根城を中心に伝統的建築物が多く現存しています。まさに、白洲正子が何度も通った魅力あふれる「かくれ里」にふさわしい。

日本だけでなく、海外の様々な文化の通り道として、一期一会の繋がりの場所である彦根。多くの文化人が集った「武相荘」のように、彦根の魅力を味わうことができる本物のお店が増えて欲しいと願います。

武相草
彦根市河原1-3-1
TEL 0749-27-5666
URL https://www.buaiso.jp/

(写真・文 若林三都子)