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#15_子どもたちが学習指導要領を読む

「ナスビの学校」では、子どもたち自身が、自分たちの学びについて学びます。この学びは、とてつもなく重要な意味をもつことになります。

学校での子どもたちの学びの枠組みをつくっているのは「学習指導要領」です。子どもたちの手元にある教科書やワークは「学習指導要領」に基づいてつくられています。また「学習指導要領」に先立つものとして「答申」もあります。「答申」とは「これからの教育をこんなふうにつくっていくとよいと思います」という提言です。「学習指導要領」は「答申」と強い関連をもっています。

「学習指導要領」や「答申」は、「これからの社会はこうなっていく。その社会で生きていくためには、子どもたちにこんな力を身につけさせなければならない。だから、こんな内容を、こんな方法で学習するべきだ」という論理によって構成されています。

教師は「学習指導要領」や「答申」を読みます。(……読んでいなかったら、けっこう、マズいです。免許講習を受けずに車を運転するようなものです……。)

しかし、子どもたちが「学習指導要領」や「答申」を読むことは、まずもって、ありません。そもそも、それらの存在すら、知らないかもしれません。

これは、ちょっと冷静に考えてみると、なかなかおそろしい事態です。

子どもたちは、「なぜ、私たちは、こんな内容を、こんな方法で学んでいるのか」という理由を知らないまま、日々の授業を受けていることになるのです。

「ナスビの学校」では、子どもたちが先生とともに「学習指導要領」や「答申」を読みます。そして、子どもたち自身が「なぜ、私たちは、こんな内容を、こんな方法で学んでいるのか」という理由を知った上で、学びに向かっていきます。そうすることではじめて、子どもたちは「なぜ私は学ぶのか?」という問いに答えることができるようになるのです。

こどもたちが「学習指導要領」や「答申」の存在を知ると、学校や先生たちに対して異議申し立てができるようにもなります。

たとえば「個別最適な学び」が推奨されていることを知った子どもたちは、全員一律で課される課題や家庭学習に対して異議を申し立てるようになるかもしれません。

たとえば「ICTの積極的な活用」が推奨されていることを知った子どもたちは、やたらとフィルターにかけられるネット環境に対して異議を申し立てるようになるかもしれません。

子どもたちが「自分たちに期待されている学び」について知るということは、教師に「ごまかしの効かない理由」を求めることになります。これまでは、子どもたちからの異議申し立てに対して、「いいから、とにかく、やりなさい。やることに意味があるのです」という返答が受け入れられなくなります。教師自身が「ごまかしの効かない理由」を求めるようになるし、きちんと説明できない活動については、その棄却や修正を余儀なくされるかもしれません。教師にとってはめんどくさい状況ですが(笑)それが本来の学びの姿なのだろうと思います。

「ナスビの学校」では、子どもたち自身が、自分たちの学びについて学びます。この学びは、とてつもなく重要な意味をもつことになります。


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