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今夜も召し上がれ 第13夜

第13夜 ミッドナイトクッキー


 ああ、クッキーを焼こう。
 深夜2時、むくりと体を起こしたかと思うと、俺はそう呟いた。
 卵、ある。バター……はないが、一昨日に安売りだったマーガリンを買ってきた。あとは……粉、小麦粉はないがホットケーキミックスがある。ホットケーキミックスでビスケットを焼いたことがあるから、クッキーが焼けないわけもなかろう。
 台所の電気だけつけて、材料を並べる。
 牛乳たっぷりのコーヒーをひとくち飲んで、作業開始だ。
 まず、ボウル……がないので鍋にマーガリンを放り込む。
 俺のおばあちゃまは何を隠そう、家でパンを焼いたりお菓子を作ったりするのが趣味のひとだった。今だってお年を召して前のようには作れなくなったが、ホームメイド自体はしているようだ。
「バターは確か……60gだったような気がするな。おんなじでいいか」
 大さじ1杯が確か、液体と違って12gだったはずだから、大体5杯だ。大体。
 卵を割り入れて、泡立て器……のかわりにさいばしで混ぜる。
 そこへ、砂糖を、と思ったのだが、そういえばこの間、コラボグッズ欲しさに板チョコを買ってきたのである。
 ホットケーキミックス自体そこそこ甘い粉だ。砂糖を入れずに砕いた板チョコを入れても美味しいに違いない。
 お米を計るカップに2杯で200gのホットケーキミックスを、卵とマーガリンの混合物にもにょもにょ混ぜ合わせる。これだけで見た目クッキー生地の出来上がりである。
 本当は卵があとだったような気もするが、記憶を頼りに作っているので細かいことは気にすると進まない。
 ひと塊にまとめ、鍋に張り付くのもこすってまとめ、生地にひと塊の自覚が出るまでこねる。
「ちょっとゆるいかね……」
 指先が覚えている硬さまで粉をぺっぺ、と足してやるが、そもそも俺の部屋は今、20℃台にやっと帰還を果たした熱帯夜である。マーガリンがゆるいのは仕方あるまい。
 半分に分けてから、片方にはやわこいチョコレートを砕いて混ぜ込み、片方はそのままクッキングシートの上に置く。
 これで少し寝かせるのだ。10分とか20分とか。

 その間に、この城にオーブンなんていう装備があるわけがない。フライパンでクッキーを焼く準備である。
 と言ったって、ちょっとした紙工作だ。
 大体フライパンの直径の幅にクッキングシートを切り、正方形になるように長辺の長さを調整する。そうしたら、まず半分の三角形に折り、それをまた三角に折り、そいつをさらに三角に折る。8分の1の面積の三角形が折り跡として出てくる分割である。
 で、折ったときに尖らない方、バサバサしている方を、フライパンの半径に合わせ、ハサミでちょんと切る。
 開けばあら不思議でもないけれど、(ほぼ)デットスペースのない八角形のクッキングシートである。
 クッキングシートが浮くと、わかりやすく焼き目がつかないのだ。落としぶたに穴を開けるのやり方の応用として、おばあちゃまが時々やっていたのを覚えている。
 我が城の小さなフライパンに合わせて数枚を用意し、大体10分が経った。

 めん棒がないときは、ラップを巻いたラップの芯とかいうひともあるが、ここは深夜。そんな面倒なことはしない。 
 手の腹で少し広げてから、作業台に引いたものと同じ大きさに切ったクッキングシートを上からかぶせる。
 これで、手の外側というのかなんというのか、手の腹の小指の側で、中から外へ広げるように軽く擦ってやれば、あっという間に、しかも結構均等に広がるのである。道具を介さない分、クッキー生地くらいの柔らかさならば、天板に合わせた四角とかいう形も作りやすい。
 シャカシャカと広げ、上のクッキングシートを剥ぐ。
 こうなってしまえばもう、楽しい型抜きのお時間──とならないのが、俺の城である。
 抜き型なんて、そんなもんがあるわけもない。
 アルミホイルで作ってもいいのだが、アルミホイルだってないのだ。
「そうだなあ……」
 俺が食べるだけである。別におしゃれな形をしていなくたっていいのだ。
 この間買ってもらった炊飯器に、薄っぺらいしゃもじがついてきたのをありがたく使っている。そいつがこの城でいちばん、ヘラやスパチュラに近い形をしているに違いない。
「ほぼレンゲのスプーンより、しゃもじのが近いよな」
 うむ、俺は相対的天才だな。
 クッキー生地を、満足感のあるひとくちサイズに切り分け、先ほど作った、八角形のクッキングシートに並べる。
 コンロの限界に挑戦するとろ火にかけ、蓋を閉めて大体10分。
 蓋からフライパンに水が垂れて、じゅっと音がする頃が返し時である。
 さいばしでひょいひょいひょい、と返せば、きれいなきつね色だ。ここからさらに裏面を、5分も焼けば完成である。
 ホットケーキミックスにはふくらし粉が入っているせいで、ぷくぷくとした出来上がりになるのがまた可愛らしい。

「でけたでけた」
 残りも切って、クッキー焼いてやろう。
「クッキー?」
 ここに来てようやく、自分の行動に自分で首を傾げるわけである。
 忙しすぎるのは確かだ。
 そもそも、少し早めの今日でさえ日が変わるころに寝ているのだ。翌朝はまた定刻の6時頃起床という予定である。丑三つ時に起き出してお菓子なんて作っている場合ではない。
「いよいよ疲れが……」
 クッキーは、手作りだって1週間くらい持つものである。焼くだけ焼いてしまうか。
 大きめのひと口サイズに切っておいた分はクッキングシートに並べてさっさと焼いてしまい、まだ塊のままのものは保育園児の拳くらいの大きさに取り分ける。クッキー生地の延べ棒を作り、ラップを巻いて冷凍しておけば、スライスするだけでクッキーが焼ける。
 アイスボックスクッキーとかいうやつである。
「そういや、昔チョコチップメロンパンの皮っていうお菓子あったよな……あれほとんとチョコチップクッキーだよなあ」
 真夜中の変なテンションが抜けたのか、眠い。
 あくびをしながらクッキーを焼き終えて、後片付けも程々に、布団にダイブする。

 明日は朝からクッキー。

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