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今夜も召し上がれ 第18夜

第18夜 チョコレートブラウニーもどき

 俺は甘いものが好きだ。
 小学校低学年の頃だったと思う。
 家の前の庭で、俺が友達と遊んでいた時に、祖父がいきなり、ふたりで食べな、と板チョコをくれたことがあった。
 銀紙と、赤い包装紙だったと思う。
 俺が初めて食べた板チョコだった。
 けれど、そのとき遊んでいた友達は、甘いものが好きではなかったから、はじめは半分に折って分けて食べ始めて、しばらくしてその更に半分が俺に返ってきて、と言うことを何回か繰り返したように思う。
 小学校低学年の俺たちには、板チョコはとても大きかった。
 子供体温でチョコレートが溶けて汚れた手を拭きに来た母が、パチンコの景品でしょ、と嫌に憎々し気に言っていたのを思い出す。

 そのチョコレートを、上司がくれた。
 パチンコの景品の板チョコだ。
 俺の今のバイト先はパチンコ屋である。交換した景品がよく忘れ物として届いていて、よく廃棄の名目の元、若いアルバイトに持って帰らせる。
 運よく煙草が入っていたりすると、喫煙者たちが銘柄とにらめっこしながら相談したりしているのもおもしれ―仕事、と思いながらそそくさと帰る。

 さて、このチョコレート、そのままかじってもいいが、せっかくなら何かオシャンティーなおやつに仕立ててやるのもいいかもしれない。
 明日は仕事がない深夜だ。

 というわけで、無事俺の城に帰り、心臓に悪い温度の水で金臭い手を洗い清めた。
 お菓子作りと料理作りというものは似ているようで、全く似ていない。
 そりゃレストランなら話は変わってくるが、家庭の料理はありもので出たとこ勝負と言っても過言ではない。セオリーさえ押さえれば、勘や目分量で整える部分も大きい料理に対して、お菓子作りは正確に測って手順通りに段階を踏む、理科の実験みたいな顔をしているくせに楚々として佇んでいるのだ。
 で、俺は細かい話は専門外でやらせてもらっているので、お菓子作りもパワーで片付けさせていただく。
 まずは、チョコレートだ。
 これは俺が小学生だったころに、テンプレの失敗をやらかしている。
 中に水が入って、ダマのような舌触りの悪い固まりと言うにもどろりとした状態になるのだ。
 チョコレートを溶かすときには、水分が混ざり込まないように細心の注意を払う。
 ゆきひらに湯を沸かし、よく乾かしたタッパーに、素手で砕いたチョコレーを入れる。
 本当は、鍋よりも大きなボウルで溶かしたいところだが、あいにくとそこまでの装備はない。
 そこに、大さじ2のバターだ。
 チョコレートの量を超えなければ、お好きなだけ入れていただけばいいと思っている。
 チョコレートと一緒に溶かしている間に、粉の方の用意だ。
 牛乳150ml、卵1個を解きほぐして、200gのホットケーキミックスを入れる。つまり、一般的なホットケーキの生地である。粉けがなくなるまでさくさく混ぜたら、大体、目分量で4分の1を、溶かしたチョコレートのなかにドーンだ。ちなみに、この生地の温度ぐらいでチョコレートは固まらないので、湯煎からは引き揚げておく。火は止めているとはいえ、熱いからね。
 ここに小さじ1の砂糖を足して、ひたすら混ぜる。
 ホットケーキは混ぜすぎると膨らまなくなるが、ここはペッソペソにするつもりで混ぜる。チョコレートの濃度が高い場所ができると、焼いたあとにそこだけがゴリゴリになったりするのでご注意である。
 完全に混ざったら、これをいい感じの耐熱容器に入れ、軽く落として空気を抜く。カップケーキのカップでもこの時期どこの店にも置かれているおしゃれな焼き型でも何でもいいのだが、俺は気の利いたものを持っていないので電子レンジ対応のタッパーである。
 約半分がチョコレートなので、大して膨らまないと考えていい。
 500wの電子レンジで3分だ。
 箸でも竹串でも、任意の細い棒を刺して、生地が付いてこなければ完成だ。
 粗熱を取ってから、ふちを箸で剥がして、お皿に置く。
 お手軽☆口の中の水分全部持ってくタイプのチョコレートの焼き菓子である。名前はまだない。
 たぶん、チョコレートブラウニーの親類になるのだと思う。
 温かいままもいいのだが、冷めて、少々のサクサクが更に口の中の水分を奪いつくすようになるまでの間に、残ったホットケーキ生地をホットケーキにしておく。
 これは1枚ずつラップでくるんでから冷凍して、朝食にするのだ。

「さてと」
 ごく少ないお湯で溶かしたインスタントコーヒーに牛乳を注いで、カフェオレを作ったら、パワー系チョコレートブラウニーのいい相棒になる。
 俺だってもっとこう、丁寧な暮らしみたいなお菓子が作りたいんだけどな、本当は。レシピを改良して行ったら、いつかはなんとかなるのかもしれない。ならないだろうけれども。
 簡単に片づけを済ませて、食卓兼作業台の前に腰をおろす。
「いただきます」


《大して参考にならないレシピ》
〇ミルクチョコレート    50g(板チョコ1枚)
〇バター          大さじ2~50g(お好み)
〇ホットケーキの生地    4分の1
  ※ホットケーキミックス  1袋(200g)
   卵           1個
   牛乳          150ml
    (袋の表示に従うこと)
〇砂糖           小さじ1~お好きな甘さ

☆ちなみに、チョコレートとホットケーキ生地の比率が1:1だとこの、チョコレートブラウニーの妖怪みたいなものができ、1:1.5(できた生地の3分の1を入れる)だと途端に、フワフワのチョコレートカップケーキに変身である。
 お暇なときにでもお試しあれ。

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