今夜も召し上がれ 第1夜
ハムエッグ
俺がこの部屋を城として早1週間、部屋は散らかり放題だが、最低限ゴミ捨てはできているし、食事もなんとかなっている。
入学祝を食費に回すことになるとは思っていなかったが、バイトが定まるまでは食いつなげそうである。
俺はこの春ピカピカの1年生になった、上京組の大学生だ。叩いてしまったビッグマウスの回収のために、実力をつけなければならなくなってこの大学に来たが、4年間みっちり楽しむ覚悟はできている。
「飯、なんにするかな」
今日は、朝奨学金案内があったばかりで大学生としての活動はない。帰りに卵やら肉やらを買い、長ネギがリュックから飛び出した格好で帰ってきたので食べるものは存在する。
存在するが、安いものやら食べたいなあと思ったものやらを適当に買ってきただけで食事を作るには、それなりに高いレベルをもつものでなければ収拾がつかないものである。
冷蔵庫の前に蹲踞して、まだ新しくさい庫内とにらめっこする。
セールの卵、長ネギ、トマト。広告に載っていた豚コマ、麦茶、見切り品のハム。
「決めた。うまし糧……じゃねえけど」
一口のガスコンロに火をつける。ハムのパッケージを開け、スーパーマーケットで買ったフライパンにぺっぺっ、と並べる。ハムはあの食欲をそそる音ではぜた。
「そんで、卵」
安売りの卵、それもラス1を見つけたので買ってきたのだ。今時期卵は高いのだろうが、放っておくと炭水化物しか摂らないことになるこの食卓の頼もしい味方だ。
こいつを、贅沢に三枚のハムのど真ん中に落としてハムエッグをおかずにしてやろう。自炊している俺はえらい。
「あれ」
ニヒニヒしながら卵を取り出したはいいものの、すぐにぽんこつな声を出すことになってしまった。
シンクやガス台では、角でも卵が割れない。
ゴワン、ゴワンとなにかを訴えるばかりで、卵にはちっともヒビが入らなかった。
そんなことってあるのか。
「困ったな」
こうしている間にも、ハムはカリカリになっていく。カリカリはいいが、焦げる。
フライパンのふちは当たったら嫌だし、台所周りのタイル……はきれいである保証がない。包丁でカツンとやるひともいるが、この城にはまだ包丁がない。
「え゙ー……っと」
そうだ、あったきれいな固いもの。
盛り付けるために出しておいた、交換したての白いお皿でカンカンとやって殻を割る。
「よしよし、割れたぜ」
この城にある食器は猫のマグカップと十年選手のどんぶりと、あとこいつだけなので万が一にも卵に負けたらどうしようかと思っていたが、そんなことはなくて安心した。
じゅわぁ、と白身が焼ける音がする。
「いい匂いがしてき……たか?うん?」
洗ってから使っているはずなのだが、なんとなく新品くささが漂っている気がする。
「なんだかなあ」
水を入れて蒸し焼きに、と思ったのだが、このフライパンには蓋がない。
「蒸し焼けねえー……」
黄身はまだ火が通っていないが、まあよかろう。今日買ってきた卵だし。
どうせひとりで食べる飯だ。美味しければどんなに格好がつかなかったとしても構いやしない。
昨日炊いておいて、おにぎりにして冷蔵庫に入れておいたご飯をチンする。電子レンジでご飯が炊けるタッパーなるものをこの城は備えているのだ。
便利なのだが、若干芯が残る場所もある。一晩寝かせてから再度温めて食べるとそれが解消されて美味しいことにこの間気づいた。
「さて……と」
置き場の定まっていないものをとりあえず載せたテーブルにスペースを作り、お皿と茶碗であるどんぶり、麦茶を注いだマグカップを並べる。
向かいには大きな猫のぬいぐるみ、食事しながらテレビを見たってスマホをいじったって怒られることもないひとりご飯だ。
畳んだ敷布団を座蒲団がわりにあぐらをかいて、手を合わせる。
「いただきます」
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