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ブタゴリラはかく語りき。

母親というものは、どこもかしこも古今東西津々浦々、キテレツな行動をとるものである。

母親になるとキテレツになるのか、そもそも初めからキテレツなのか。綾小路きみまろを参照すると歳を重ねることで変化していくようだが、きみまろ一人では証言の信憑性に若干の疑問が残るところである。

ひょっとするとだが、母親がキテレツであるためには観察者である自分自身が既にキテレツであり、お互いのキテレツさがお互いのキテレツさを高めていくという相互作用が発揮されているのではないか。つまり「深淵を覗いている時、深淵もまた覗いているのだ」的なアレである。
僕が母たちを見つめる時、母たちもまた僕を覗いているーーキテレツというレンズを通して。


妻と付き合い始めた頃、妻の母が働いているイオンに二人で出向き「焼肉するから金をよこせ」とこれ以上ないシンプルな金の無心をおこなった。ちなみに、この時が妻の母との初対面であるから、アタマがどうかしていたと言う他ない。

妻の母は「わかったよ、ちょっと待って」と財布から千円札を一枚くれた。


どんな焼肉を食べると思っているのだろうか。

現在のアラフォー極貧夫婦の我々であれば「これで豚バラ3パック買えるね」と所帯じみた発言のひとつも飛び出ようものだが、当時は血気盛んな二十代である。
娘から「これじゃあ足りぬ」とまさかの『追い無心』を受けた妻の母は、若干引きつった笑顔を見せてくれた。
よくもこんな男と娘を結婚させてくれたものだと感謝しかない。


我が家の母に至ってはさらにキテレツで、僕は恨みを抱いているエピソードがある。

数年前、中古のハイエースを購入した際に車中泊をしながら遠くまでドライブした時のことだ。
目的地まで向かう道中に実家があるため、夕方に出発してから実家に立ち寄り夕食をご馳走になってから行こうという話になった。

母に連絡すると「まぁ何にもないけど、なんかしらあるからとりあえずおいで」とのことだったので、家族で実家に向かった。

到着すると、その日の夕食の残りがあったのでそれをいただいたあと、冷蔵庫を確認すると鮭フレークがあったため「これ食べていい?」と聞いたところ「いいよ」とのこと。


ご飯にかけて一膳たいらげたのだったが、ビンをよく見るとふかふかのカビが生えていたのだ。

「ちょっとこれ、カビ生えてるじゃん」と言うも「大丈夫だ、それくらい」と根拠なき医師団に根拠なき診断を下された。
僕も「まぁたしかにこれくらいな大丈夫だろう」と考え、目的地に向かって出発した。これは「大丈夫だろう」ではなく「大丈夫であって欲しい」なのだと気がつくのが少し遅かったと思う。


案の定、道中で腹を下すことになる。

猛烈な便意が襲い、脂汗が流れる。アクセルとブレーキを踏む足はガクガクと震え、カーブを曲がるたびに車が横転しかねないほどに勢いよくハンドルを切る。

広大な北海道は、街と街の間の距離がかなり長い。

便意が顔を出したのは峠のど真ん中、人間に出会うよりキツネと鹿と熊に出くわす可能性のほうが高い場所である。もちろんトイレなどない。最寄りの街までも車で20分は優にかかるだろう。

僕は、大地と一緒になることを決めた。
食物連鎖のTPPに加入して、土中のバクテリアに恩返しだ。鶴も猫もさぞかしビックリしていることだろう。決して覗かないでください案件である。

峠の夜とはいえ、街と街を結ぶ大きな道路。決して少なくない数の車が数分おきにやってくる。
僕は道の途中にある待避所にハイエースを停め、その陰に隠れてミッションを開始した。

張り切ってしゃがみ込んだところ、車高の高いハイエースであったことが災いした。ほとんど隠れられないのである。身をもって知る「頭隠して尻隠さず」の滑稽さよ。しかも、比喩ではない。ルックルックこんにちは!などで顔だけ隠して話す相談者がいたが、尻を隠さない者はいなかったであろう。なぜなら、尻はいの一番に隠したい部分No.1だからである。

車が通るたびヘッドライトが僕の尻を照らす。道路から少し離れているため、凝視でもされない限り運転席から尻を捉えることは難しいだろうが、生きた心地がしないとはこのことだ。尻とともに肝も冷やした出来事だった。


旅の恥はかき捨て、というが、これ以上ない恥を草むらに捨ててきてしまった僕は「せめてこの近辺の植物が元気に育ちますように」との願いを込めてその場を立ち去った。



今回、母親たちのキテレツさを糾弾しようと思い立ち、したため始めたこのnote、誰がどう見てもキテレツなのは僕であった。綾小路きみまろが「あれから40年」と言ったのちに語られるであろう行動を既に済ませてしまっている僕はきみまろ泣かせであるかもしれない。

「深淵を覗く時、深淵もまた覗いている」ーー。

なんだかかなり一方的に深淵に覗かれている気がしないでもないが、こんな軽犯罪を気軽にnoteに書く僕は、「灰の上で食べ始めている」軽薄な人間である。


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