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──AIと作家性:デジタル時代の知的財産権の問題──白石晃一

 一般財団法人たんぽぽの家では調査や研究、事業などの成果をより多くの人と共有できるように、書籍シリーズ「障害とアートの相談室」を発行しています。ここでは、2020年に発行した書籍『表現をめぐる知的財産権について考える本』をより多くの方々に知っていただくために、本書にご寄稿いただいた法律家の水野祐さんのコラムを、クリエイティブ・コモンズ< 表示 - 非営利 - 改変禁止 4.0 国際 (CC BY-NC-ND 4.0) >の下に、公開いたします。

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──AIと作家性:デジタル時代の知的財産権の問題──

白石晃一 ファブラボ北加賀屋 共同設立者/美術家/京都芸術大学情報デザイン学科クロステックデザインコース 専任講師

 デジタル化の進化によって私たちの周りにあるに関係する環境は大きく変化しました。スマートフォンを使えば、目の前にある風景は一瞬で写真(デジタルデータ)になり、SNSを利用して世界中に拡散することができます。また、3Dプリンタのようなデジタルファブリケーションツールを利用すれば、3Dモデル(デジタルデータ)からの「もの」の複製が簡単に行える環境が整いつつあります。これらの変化が、この数十年の間にすごいスピードで起こってきていることはみなさんも感じていると思います。

 さて、デジタル化はこの先、知的財産権(以下、知財)に関する部分でどのような影響を与えるのでしょうか? 近年、いたるところで耳にする「AI(人工知能)」は日進月歩でその技術が進化してきています。AIの基礎となる機械学習という技術は、一定のフォーマットで 記録された大なデータ群(ビッグデータ) から正誤をコンピュータに学習させることで、文章を自動分類したり、有名人と 分の顔の類似度を測ったり、未来の株価や競馬の予想をしたりと、さまざまな活用が行われています。

 その機械学習という技術のなかに、「敵対的生成ネットワーク(以下、GAN)」というものがあり、これは実際にはないデータも「生成」することができます。人ではないものが創造性を発揮した場合、それは誰の著作物となるのでしょうか?

 17世紀のオランダ、バロック期に活躍した画家である「レンブラント・ファン・レイン」。《夜警》という代表作を描いた彼は、現在の研究では500点以上の多くの絵画を残したとされています。このことに注目した、マイクロソフト、ING、レンブラント博物館、デルフト工科大からなるチームは「The Next Rembrandt」というプロジェクトを立ち上げ、レンブラントの描いた364枚の絵画のデジタル化を行いました。そして、このデータをもとにGANを利用した画像生成を行い、その成果を2016年に発表しています。このプロジェクトの新規性は、模写ではなく「新作」にあたるものを生み出したという点にあります。また、「生成された絵画」は油絵の具の塗りの重ねまで再現され、出力も2次元ではなく3次元のプリントで行われているという点も非常に興味深いところです。

 また、AIが描いた絵画がクリスティーズのオークションに出品され、43万2500ドルで落札され話題になりました。この作品はフランスのグループ「Obvious」が出品したもので、絵画のサインには制作の に使用されたアルゴリズムの数式が書かれています。この絵画の制作には、オープンソースの機械学習結果が利用されており、これは当時19歳のロビー・バラット氏が公開していました。そしてもとをたどるとGAN自体はイアン・グッドフェロー氏が開発したものです。

 これらの出来事はAIという新しい作家の誕生というインパクトと同時に、知財の側面にも大きな問いを投げかけています。著作権は基本的人権を規範に成り立つ権利のため、AIそのものに適用されることはありません。しかし、制作のために書かれたコンピュータプログラムには知財が発生する可能性があります。オークションでの事例においては「作者は誰なのか」という議論も巻き起こり、継続的に話されることになるでしょう。そして、これらの事例にはまだはっきりとした答えがなく茫洋とした灰色の空間があるだけです。

 テクノロジーの進化は、私たちに恩恵と同時に複雑さをもたらし、この複雑さと知財は切り離すことが難しい場合が多いでしょう。しかしテクノロジー自体には善悪はないため、その複雑さを乗り超えるためには私たち全員がそれぞれの事例の判断を行わなければなりません。 近い未来がディストピア的SFにならないように用心をしながらこの議論に参加することが重要になってきます。


白石晃一(しらいし・こういち)  2006年修士(造形) 、2015年長岡造形大学・ファブアカデミー修了。 属造形やデジタルファブリケーションの技術を使い機械やコンピュータを組み込んだ彫刻を制作、自身でパフォーマンスを行ったり、 観客参加型のイベントを仕掛け、公共空間を中心に発表を行う。あらゆる人たちとともにプロジェクトを実 する場を求め、デジタルファブリケーションを使い誰もが共創できる市民工房、ファブラボ北加賀屋(2013年〜)を共同設立。 近年はインターネットを使った知識・技術伝承システムの開発、共創活動の持続的組織構造の構築と実践、公共空間において芸術表現を実現する方法論とその影響について研究を行っている。


白石晃一さんのコラムが掲載されている書籍『表現をめぐる知的財産権について考える本』はたんぽぽの家オンラインサイト「たんぽぽブックストア」からもご購入いただけます!







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