見出し画像

ソートフル・ライフスタイル時代の幕開け〜2020年度グッドデザイン賞 審査ユニット02(ヘルスケア)審査の視点レポート

グッドデザイン賞では、毎年その年の審査について各審査ユニットごとに担当審査委員からお話する「審査の視点レポート」を公開しています。グッドデザイン賞では今年、カテゴリーごとに20の審査ユニットに分かれて審査を行いました。審査の視点レポートでは、そのカテゴリーにおける受賞デザインの背景やストーリーを読み解きながら、各ユニットの「評価のポイント」や「今年の潮流」について担当審査委員にお話しいただきます。
本記事では、審査ユニット2(ヘルスケア)の審査の視点のダイジェスト版をレポートします。
ダイジェストではない全部入りは、YouTubeで映像を公開していますので、よろしければこちらもどうぞご覧ください。

2020年度グッドデザイン賞審査の視点[Unit2 - ヘルスケア]
担当審査委員(敬称略):
石川 俊祐(ユニット2リーダー | デザインイノベーション|KESIKI INC. 共同創設者)
石川 善樹(予防医学研究者|Campus for H 共同創業者)
ナカジマ ミカ(デザイナー|Design*Magica 代表)
濱田 芳治(プロダクトデザイナー|多摩美術大学 生産デザイン学科 教授)

歯磨き粉 [O'right Toothpaste No. Zero]

画像1

石川俊祐 今年はGマークが目指すサイクルである「発見」「共有」「創造」の中でも、特に「創造」されたものが世の中をより刺激して、新しい方向へ導く、ということが顕著になった年だったと思います。
これは、歯磨き粉としての応募だったのですが、会社全体の取り組みも含めた評価になりました。この会社、実は30年の歴史があって、30年前時点では「エコ」を唱導している企業はまだ少数派だったわけですが、その時代から社長さんご自身がアレルギー持ちであるということから、自分が口に入れているものや身の回りに置いてあるもの、触れるもの、さらには人間の体だけじゃなくて、それを廃棄したときに自然にやさしいかどうかまで考えられているんです。強い思いがないと、30年間もそれを続けていくのも難しいよなあ、と。そのベンチャースピリットと、ゼロからものを作りあげて、しかもそれを継続しているというところがすごいと思いました。
歯磨き粉って、おそらく長い間ずっと同じような成分で作られてきて、さまざまな人工物が使われてきたわけですが、これは本当に中身を見直して口に入れるものは自然由来のものであるべきという信念のもとに「食べても大丈夫な歯磨き粉」になっています。私自身も試し、他の人にデモンストレーションをするのに何度か食べてみました(笑)
パッケージングも基本的には100%カーボンフリー、ゼロ・ウェイストが徹底されていますし、働いている社員にまで、自分たちは環境にとってよいことをしているという行動指針が徹底しているんですよね。
このブランドの製品は最近ようやく日本でも販売されようになりました。今後の日本において、ヘルスケアという分野のプロダクトを、いかに地球にとって、自分たちの子どもたちにとってよいものにしていくか、を強く示唆してくれるものだと思いました。

石川善樹 この会社は名刺交換しないんだそうですよね。環境にも悪いし、今だったらウイルスも心配ということで、とにかく徹底して健康と環境にやさしいっていうことを働き方から製造過程、循環する仕組みまで、すべてが一貫してますね。

石川俊祐 ちょっと今年のグッドデザイン賞のテーマである「交感」について触れますが、例えばこの歯磨き粉は結構高価なわけです。日本円で3,000円くらいする。なぜかというと普通の7倍くらいのコストをかけて作っているからなんですね。でも、例えばこの同じブランドのシャンプー等は、元々は美容室限定販売のようなB to Bのビジネスとしてやっていて、無理やり原価を下げて量産するようなことをせずに地道に続けていたら、使っている人や買っている人たちの「口コミ」が広がった。そこでユーザー同士、社員とユーザーの「交感」が生まれていったんだと思います。

石川善樹 今年「ニューノーマル」という言葉が聞かれましたが、歯磨き粉も「ちゃんと」作るとこのくらいの値段になるっていうことなんですよね。未だに「ニューラグジュアリー」のように受け取られがちですが、はやくこれが「ニューノーマル」になっていくとように僕ら自身の意識も変えていかなければと思います。

Smart Wearable Product [DnaBand]

画像2

Genetic Analysis Equipment [NudgeBox]

画像3

石川俊祐 日本では肥満の問題はさほどではありませんが、欧米ではかなり深刻です。これは家でDNAテストができるデバイスと、その結果をリストバンドとして持ち歩けるようになっているデバイスとがセットになっています。スーパーマーケットなどでバーコードをスキャンすると、それが自分の体にとって「よりよい」かどうかを示すことによって、健康に良い買い物をアシストする、というものです。「ナッジ」というのは「ちょっと促す」という意味で、その名が示す通り、「絶対これじゃなければダメ」という強制的なものではなく「ちょっとしたアドバイス」くらいのほどよい距離感も今の空気に合っていると思います。実際にロンドンにショップもオープンしていて市販もされていますね。リストバンドの方は特に、留め具のところなどユニークな形状で、プロダクトとしての完成度も高いと思いました。

石川善樹 肥満の問題は、実は常日頃の食生活の積み重ねによって起こるものなので、「ナッジ」されることによって、自発的にちょっといつもとは違う健康に良い買い物の選択をするだけでも、かなり高い効果が得られると思います。

石川俊祐 この会社もベンチャー企業ですが、初期開発からビジネスデザイン・エンジニアリング・プロダクトデザイン・ブランディングまで「ナッジ」というユーザーインサイトから得られた価値観を一貫して大事にしたものづくりをしていて、社内のチームの作りかたも含めて評価しました。

オーダーメイドインソール [HOCOH(ホコウ)]

画像4

石川俊祐 「歩くこと」に着目した製品やサービスも今年はこのユニットで多く見られました。
これは、地面との接点である足の裏が、人生ずっと歩き続けるために重要であることに着目したサービスです。3Dプリンターを活用して、自分の足の写真を撮って送るだけで骨格を理解して最適なオーダーメイドのソールをつくってくれるんですね。この会社のファウンダーは、まだ日本では数少ない足の専門のお医者さんです。専門医の視点から、自分の体の一部を細かく見つめ直すことを促している優れたサービスだと思いました。

石川善樹 この分野は「靴医学」と呼ばれていて、本場はドイツなんですが、人の足や歩き方は千差万別なので、職人技の世界で、ややテクノロジーが入りにくい分野でした。それを、写真を撮って送るだけという手軽さで、ビジネスのスケールを大きくすることが可能になったので、業界に与えるインパクトも大きいのではないかと思います。

ウォーキングポール [アユリ スタイリングポール]

画像5

石川善樹 これも「歩く」ことにまつわる優れた製品です。簡単に言うと「4足歩行」ができるウォーキングポールですが、従来のものとは全く違っています。もちろん、膝に負担がかからないような構造になっているのですが、歩く姿をより美しく、そしてより健康にということを目指しています。背中がピンと伸びて、後ろ姿もきれいなんですよね。健康な人が使っても「歩くことが楽しくなる」くらいの使い心地です。美しく、健康で、しかも負荷を少なくするというものは初めてでした。

事務局 ここからは、ヘルスケアの中でも、直接身体に触れる道具に見られた進化についてお話を伺っていきます。

毛抜き [ズレずにつかむ毛抜き]

画像6

濱田 こうした道具は一見とても目立たず、パッケージに入って店頭にあってもその差がわからないものが多いのですが、審査では実際に触って、使い心地も試しています。その中でとてもよく考えられているなと思ったのが、この毛抜きです。
毛抜きは、そのままだと力を入れすぎると、てこの原理で先が開いてしまうのですが、真ん中に軸を作ってそれを解消し、さらに横ずれも防いでいます。形状の作り込みも優れていますが、今後さらに高齢社会が進んでいく中で、「やってもらう」のではなく「自分でできる」ように促していく、誰でも失敗なくセルフケアができる道具を提供していく企業姿勢も重要だと思いました。

爪切り [SUWADA爪切り]

画像7

爪切り [フットケア コーナーニッパー]

画像8

濱田 次に爪切りを2点。SUWADAの方はタフに使えるように改良したもの。メタルインジェクションモールドという新しい技術で、従来の鍛造ではなく型に入れて成形する方式にしたことによって、パーツが減り、精度が高く、壊れにくい製品に仕上げています。老舗ものづくり企業の挑戦を感じました。
「フットケア コーナーニッパー」の方は足の爪用で、セルフケア用ではないですが、先程の「歩く」ことにもつながっていますが、歩かなくなってくると、足の爪がどんどん巻き爪になってきてしまうんですよね。そこからいろいろな病気になってしまう。このコーナーニッパーは、ちょっとした道具の進化によって、ケアをする人にとって丁寧な作業をいかにしやすくしてあげるか、を企業がよく考え抜いていることが伝わってきます。

理美容ハサミ [G-mas STANDARD シリーズ]

画像9

濱田 これは金属加工の技術もすごいのですが、一番のポイントは研ぎ直しをしなくても歯の切れ味が保たれるように、ダイヤルによって理美容師さんが自分で調整をすることができる、というところ。刃物の研ぎ直し等のメンテナンスには職人技が必要なのに、職人の高齢化が進んでいて、ゆくゆくはメンテナンスをすること自体が難しくなっていってしまう、という事態に備えた、メーカーさんの業界全体への挑戦も評価しました。

事務局 企業による地道な研究や検証の積み重ねによって生み出された製品にも評価が集まりました。

Dr. Noah Bamboo Toothbrush [MARU: Bamboo Toothbrush]

画像10

ナカジマ 審査の間に実際に使ってみて、使い心地もとてもよかったのですが、使い捨て歯ブラシが原因の一端となっているマイクロプラスチック問題の解決を目指して、材料に竹を使いたいという強い思いで竹の歯ブラシを作り続けていることもすごいと思いました。地道に試作を重ねてこの持ち手の形状になっています。また、竹を圧縮することで竹の抗菌成分を利用することができるという独自の技術開発と企業努力も評価しました。

石川俊祐 この企業のファウンダーは歯医者さんなんですが、地元で安価に手に入る竹を使って、地元の雇用創出に貢献しているというところもすばらしいですね。「サステナビリティ」は必ずしも環境問題だけでなく、こうした雇用を守る、というところにも目を向けるべきかなと思います。

携帯型除菌水生成器 [ボリーナ オースリー ミスト]

画像11

ナカジマ 一見してそう見えないのですが、実はすごい高機能がつまっている製品です。本体部分の底にスイッチがついていて、フタの部分に水を汲んで本体に入れると数秒で除菌水ができるという製品ですが、まずプロダクトとして、無駄のない構成である点がすばらしいと思いました。また、この製品の完成までに医科大学との共同開発による長い道のりがあり、一度は頓挫しかけたものの、なんとか製品化にこぎつけたという企業の努力も評価しました。奇しくもコロナ禍の中では重要な製品となりました。持ち歩く需要も増えている中で、コンパクトサイズを実現しており、プラスチックパッケージ入りの使い捨て除菌水をいくつも買ったりしないで済むという点もよいと思いました。

事務局 また、ヘルスケアの分野で新しく見えてきた兆しもありました。

活動量計 [カード型活動量計 AM-250]

画像12

石川俊祐 タニタさんは近年「体重計の会社から体重の会社になる」というビジョンを立ててから、やることがどんどん変わってきている、という印象ですね。人の生活に寄り添いながら、健康や幸せを促進することを考えていて、体重計だけでなく食(レストラン)に取り組んだりもされています。
これは、日々取り続けるということの進化形だと思いますが、恐らく本当に世界初レベルなのではと思うくらい活動量計の小型化に成功しています。カードサイズの本体にセンサーがついていて、社員証をはじめ保険証、クレジットカード、マイナンバーなど様々なデータを入れて随時運動量を測り続けることができるんですよね。小型化することによってインフラのように浸透させていく可能性も含めて画期的だと思いました。
あと、タニタさんでは、まず必ず社員でやってみる、それから市場へというのが徹底されている稀有な会社さんで、そういうところも好感が持てました。

事務局 今年はコロナ禍の中での「おうち時間」に関連した製品も優れたものがありました。

家庭用エクササイズブランド [ジムテリア]

画像15

石川善樹 外出制限などで、家で過ごす時間が圧倒的に長くなると、運動不足が避けられなくなります。これは大人が乗っても楽しめるトランポリンになっているスツールで、その名の通り、インテリアに違和感を与えないジム機能があります。これまで家庭用のジムというと、無機質で大型のマシンが多かったので、これは「ありそうで、なかった!」と思いました。

事務局 今回、このユニットには「瞑想」という新しいジャンルのエントリーが見られました。

瞑想関連商品 [お家でメディテーションスタジオ]

画像14

石川善樹 日本だと「瞑想」というと、座禅のようにじっと動かずに座って、膝も痛くなって、、、というイメージですが、欧米では音声や音楽によるガイドがあって、それに従いながら瞑想を行うようになっているので、誰でも気軽に楽しめるものになっています。これは、日本語による瞑想のための音声や音楽がいくつかプログラムされていて、そのアプリと瞑想用の座椅子がセットになっている、というものです。こうした製品・サービスによって、日本でも日常的に瞑想を取り入れる生活が今後定着していくかもしれないと期待しています。あと、この座椅子は純粋に、ものすごく座り心地が良かったです!!

メディテーションスタジオ [Medicha (メディ―チャ)]

画像15

石川俊祐 今回は、審査を通じて「ヘルスケア」とはそもそも何なのか?という議論がありました。これは、青山にあるメディテーションスタジオで、心を整えるプログラムの後、音楽や音声ガイド、アロマとともに瞑想を行い、最後にお茶を飲んで締める、という一連の体験プログラムを提供しています。ヘルスケアというと、身体のことだけのように思いがちですが、気持ち・マインドをケアするということも重要で、この分野を新たな方向に広げていく場のデザインだと思いました。
また、これは三菱地所さんの社内ベンチャーから生まれているのですが、都市・ビルを開発する企業が人の営みをどう支えるか、に価値を見出そうとしているという点でも意義があると思います。

石川善樹 ヘルスケアというと、「マイナスをゼロにする」もしくは「ゼロをプラスにする」という方向になるのですが、「プラスすぎ」でも疲れる。現代社会では手に入りにくくなってきている、なにもしない時間、言い換えれば「間」のようなものを持つことが、実はとても重要になってきたのではないかと思います。そんな潮流を象徴するような事例ですね。

まとめ

事務局 新しい領域の広がりが感じられた今年の審査でしたが、最後に一言ずつ、審査を通じて見えてきたこと、潮流などがあれば是非お願いします。

濱田 このカテゴリーに複数年関わっているが、連続して見ていると、やはり今年はコロナ禍への緊急対応といったものも見られたと同時に、この機会に一旦、もういちど人間のからだを考え直してみよう、とい動きも見られました。モノと人の関係性を変えるドライブがかかっているのを感じます。また、モノとしての作り込みの精度もものすごく上がっています。審査情報を読み込むのも大変ですが、読み込んでみると地道な企業努力が見えてきて、応援したくなるものも多いと思いました。

ナカジマ たしかに、読み込んでいかないとわからないものも多かったですが、そこから企業の姿勢などが見えてきましたね。ひとつ、このヘルスケアのトレンドとして今回見えたのは、先程のインソールのように、自宅にいながらオンラインでオーダーメイド、パーソナライズができるというタイプの商品・サービスが広がってきていることではないかと思いました。

石川善樹 あらためて、ヘルスケアとは?を考えさせられました。Healthとは、もともとHealの名詞形で、Healというのは「完全に調和された状態」を言います。O’rightのように、サステナビリティ、ウェルビーイング、ダイバーシティなど、今の時代に必要なものが調和されていて、それこそがヘルスケアに携わる企業のあり方なのではないかと思いました。

石川俊祐 審査をしている中で、誰の視点で見るべきなのか?ということも議論になりました。ユニット総評にも書きましたが、O’rightのような地球視点で見たバランスもあるし、自らと向き合い真の豊かさを見つめる「ソートフル・ライフスタイル」を究めていくような視点もある。「広がり」と「深堀り」の両方向が見られて、示唆深かったなあと思いました。
これまでの価値観が大きく揺さぶられるなか、何が「普通」なのか。それを問い直した審査だったと思います。新しい「普通」がここからはじまるのかもしれません。

↓ こちらもどうぞ
2020年度グッドデザイン賞 ユニット2 - ヘルスケア 審査講評