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地域の未来を創る、切実な第一歩〜2021年度グッドデザイン賞 審査ユニット17(地域の取り組み・活動)審査の視点レポート

グッドデザイン賞では、毎年その年の審査について各審査ユニットごとに担当審査委員からお話する「審査の視点レポート」を公開しています。グッドデザイン賞では今年、カテゴリーごとに18の審査ユニットに分かれて審査を行いました。審査の視点レポートでは、そのカテゴリーにおける受賞デザインの背景やストーリーを読み解きながら、各ユニットの「評価のポイント」や「今年の潮流」について担当審査委員にお話しいただきます。
本記事では、審査ユニット17(地域の取り組み・活動)の審査の視点のダイジェスト版をレポートします。
ダイジェストではない全部入りは、YouTubeで映像を公開していますので、よろしければこちらもどうぞご覧ください。

2021年度グッドデザイン賞審査の視点[Unit17 - 地域の取り組み・活動]
担当審査委員(敬称略):
山出 淳也(ユニット17リーダー|アーティスト)
飯石 藍(都市デザイナー)
岩佐 十良(クリエイティブディレクター)
山阪 佳彦(クリエイティブディレクター)
山崎 亮(コミュニティデザイナー)

司会 本日はグッドデザイン賞の受賞者より2組のゲストをお招きしてお話を伺います。1人目はグッドデザイン金賞を受賞した有限会社きたもっくの日月悠太さん、そしてお2人目はグッドデザイン・ベスト100に選出された株式会社イツノマの中川敬文さん、このお2人には後ほどご登場いただき、デザインのポイントについてお話を伺っていきたいと思います。

審査で大切にした5つの視点

山出 まず今回、我々審査委員が、本ユニットの応募作を審査する上で、大切にしていた5つの視点を紹介します。

1つ目は「本質的な社会課題に着目できているか」ということです。その地域や社会、そして全世界的な大きな課題に着目できているということは当然として、さらにその中で、何を本質的な課題として捉え、どうやって解決しようとするのかを重視しています。

2つ目に、どこかで見たようなものではなく、「内容や仕組みにオリジナリティがあるか」です。

3つ目には、表現や成果物、たとえばパッケージや、もしかしたらその仕組み自体なのかもしれませんが、その「成果物が美しいかどうか」ということも重要だと考えます。単に見え方としてきれいだということだけではなく、いかに多くの人たちに伝わるか、コミュニケーションを広げていくものになっていくか、そういう観点でも審査をしていきました。

4つ目は「継続性があり、実績があるか」という点です。もちろん始めたばかりの活動もあると思いますが、今後この事業が継続する可能性があるか、そして、実績を積み重ねていける可能性がどのぐらいあるか、ということを見ています。

5つ目は「社会全体が良いデザインだと思える共感力があるか」。その地域固有の課題解決となっているだけではなく、他の多くの人たちの参考になるか、モデル化されうるか、地域を超えて広がりを持つ可能性があるか。そのようなことも大切に考えました。

今年度の受賞作に見られる3つの傾向

山出 続いて、今年の受賞作の中で特に目立った傾向を3つご紹介します。

1つ目は、拠点の形成や遊休地の利活用など場所に関係する活動
2つ目は、アイデンティティを探究し、地域の中でのルーツを見つけ、地域文化を醸成する活動
3つ目は、なんらかの仕組みによって人々をつなげていく活動

全体を俯瞰して見ると、以上3つの大きな特徴があったと感じています。
そこで、今日はこの3つの方向性をもとに、受賞作をピックアップして紹介していこうと思います。

受賞作紹介1:場所に関する活動

古民家再生(リノベーション) [がもよんモデル]

古民家再生(リノベーション) [がもよんモデル](一般社団法人がもよんにぎわいプロジェクト)

山出 1つ目は、拠点形成や遊休地の利活用など、場所に関係する活動です。ここでは2点の事例をピックアップします。

1例目は、古民家再生[がもよんモデル]です。こちらは飯石さんから説明をお願いします。

飯石 このプロジェクトは、大阪の築100年の古民家が残る町のエリア再生の取り組みです。10年あまりで30件もの物件がリノベーションされて、小さなエリアの中にたくさんのお店が集約され、歩いても楽しいエリアとして価値を上げていく取り組みを進めています。
ポイントとしては、開業の相談が来たときに、リノベーションのコストをなるべく抑えるための施工方法や、耐震化についてのアドバイスをしているということ、それに加えてエリアの飲食店同士が定期的に集まり、地域をどう盛り上げていくかを一緒に考えるコミュニティがあるという点が挙げられます。
競争相手ではなく、どう一緒に盛り上げるか、どう集客するかという課題に対して、それぞれ知恵を出し、サポートし合いながら育てていくという活動がすばらしいと思います。

山崎 こういったプロジェクトでは、リノベーションをしたり、あるいは新築で建物を建てたりすると、そのときの施工費や土地を取得するコストは、後々、サービス料に上乗せされます。それをなるべく安く抑えるための相談相手として、エリアの事業全体をデザインできる存在がいるということは大きいと思います。
建築やデザインを手がける人は、ただ形だけをきれいに見せるだけではない職能を本来持っているべきだと、このモデルを見て感じました。

山阪 エリアの中でこれだけの店舗数が集約しているのは、バランスや間隔なども綿密に計算されているからなのかと思います。
不動産を契約したら、「あとはご自由にどうぞ」となるのが普通ですが、ここではそこからがスタートで、長く続けていけるようにアドバイスしてもらえるということです。自分のお店だけがよければいいということではなく、地域全体として活性化していく仕組みをうまく作っていると感じます。

岩佐 特筆すべきなのは、すでに実績が数多くある点です。これだけの数のお店が実際に営業していて、しかも継続してどんどん広がっているというのは、何よりすごいと感じました。
また、リノベーションは、やりすぎないということも重要です。古民家を再生するときには、お金をかけすぎてしまい、採算が合わなくなりがちですが、このプロジェクトは、その点のバランス感覚に優れています。ぜひ、全国に展開できるモデルとして、皆さんにも参考にしていただきたい事例です。

山出 地図を見ると、ここは路地が多い区画です。新築にすると、法令の関係などで区画が変わってしまう可能性があるかもしれないのですが、リノベーションによって建物が残っていくことで、そういった路地の多い構造を残すことにも寄与しているのかと思います。また、建物自体をリノベーションするときに、耐震化も含めて、安全性をしっかりと担保しているというところも印象的でした。

浅間北麓の地域資源の価値化とキャンプ場等の場づくりを軸にした循環型地域未来創造事業

浅間北麓の地域資源の価値化とキャンプ場等の場づくりを軸にした循環型地域未来創造事業(有限会社きたもっく)

山出 続いて、拠点形成、遊休地の利活用など、場所に関係する活動の2例目で、グッドデザイン金賞を受賞した「浅間北麓の地域資源の価値化とキャンプ場等の場づくりを軸にした循環型地域未来創造事業」です。
今日は、ゲストとして受賞者である有限会社きたもっくの日月さんにお越しいただきましたので、活動のご紹介をお願いします。

日月 はい。私たち、きたもっくは浅間山の麓にある北軽井沢で、地域資源の多面的な価値化と自然と人がつながる場づくりで地域の未来を持続可能な形で創造していく事業展開を行っています。
広葉樹を中心に自伐型林業を展開し、遊休山林や耕作放棄地で植生循環を促す養蜂にも取り組んでいます。木材は薪や建築素材に、はちみつは食材や加工品として販売したり、年間10万人が訪れるキャンプ場、北軽井沢スウィートグラスや宿泊型ミーティング施設TAKIVIVAで主に活用しています。

日月 山からキャンプ場まで一気通貫する循環の仕組みは、1994年にキャンプ場という三次産業から始まり、地域資源の価値化を行ってきた上にあります。地域特有の自然条件に従い、自然と人の間に適切な関係を育む「きたもっく」の取り組みは、中山間地域の新たな産業モデルにつながると私たちは考えています。

岩佐 私たち審査委員が非常にすばらしいと思ったのは、林業に対する取り組みです。キャンプ場から始まり、そこで使う薪が必要になり、その周辺の荒れた山を伐採をして植林もしながら、薪を作っています。
今、林業というのは日本中どこも厳しい状況にあるのですが、薪を生産することによって、新しい林業の在り方の可能性が見えてきたというところがポイントだと思っています。

山阪 山の恵みをうまく循環させていく中で、様々な事業が立ち上がっていく様子が非常に興味深いです。例えば、はちみつを作る事業など、一つ一つのプロジェクトの中でもきちんと回るようにして、その個々が回ることが原動力になって全体が回るといった、うまい仕組みができていると思います。林業での6次産業化は珍しいケースで、様々な可能性や課題を見つけて、それをビジネスにしていくという視点もすばらしいですね。

飯石 元々林業全体の課題を見据えてキャンプ場を始められたのか、それとも、まずは心地いい空間を作りたいと思ってキャンプ場を始められたのか、立ち上がった背景をお伺いしたいのですが、いかがでしょうか。

日月 私たちはその場その場で必要とされていた課題に対して、自分たちの視点を持ちながらアプローチをしてきました。それが積み重なって今の形になっています。
キャンプ場というと夏が主役というイメージがあると思いますし、たしかに冬は人が来ません。そうすると雇用が年間で安定しないという課題があって、人も育たないし、こちらに住み着いてくれる人もいない。そこで、冬にも人に来てもらうために、寒いものの雪は少ないという北軽井沢の自然の特徴を生かすために、薪ストーブを導入しようと思いつきました。そして、薪ストーブには薪が必要だから手に入れなければいけないということになり、林業へとつながっていきました。

飯石 目の前に見えた課題を一歩ずつクリアすることで、結果として、後ろを振り返ったらすごく長い道ができていたり、大きな課題解決につながっているところが面白いです。いろいろな人の共感を集めながら一歩一歩チャンレンジしていかれる姿勢がすごくすてきだなと思いました。

山崎 まず「きたもっく」という名前がゆるくていいですよね。肩ひじ張っていない感じに好感が持てます。
結果として、壮大なことに取り組まれているわけですが、最初から計画していたわけではないというのも勇気づけられる点です。まず小さくやってみて、その反応を見てから次へ、というように、有機的に全体を構築していくやり方は、今の流れとしてもすごく合っているだろうなと思います。

山出 きたもっくさんの活動は今回、グッドデザイン金賞を受賞されていて既に大変評価が高いのですが、今後は何を目指しているのでしょうか。

日月 北軽井沢にも限界集落といわれる地域があるのですが、そこで林業と農業を組み合わせて、人と人がつながっていけるような新しい産業を生み出そうとしているのが、次のチャンレンジです。

山出 いいですね。こうやって一つ一ついろいろなものがつながっていって、気が付いたら関係性が広がっていく。もちろん、きたもっくさんと同じようなことを実現するのは、難しいとは思うのですが、誰でも最初は、まず一歩踏み出してみることから始まるわけで、可能性はあるはずです。
日月さん、今日はありがとうございました。

日月 ありがとうございました。

受賞作紹介2:地域文化の醸成を目指す活動

地域の活動 [Taitung Slow Food Festival]

地域の活動 [Taitung Slow Food Festival](Co-create Planning & Design Consultancy (台湾))

山出 続いて、受賞作の傾向の2つ目の、アイデンティティの探究や地域文化の醸成を目指す活動の事例紹介に移ります。

1例目は、台湾の台東県での地域の活動「Slow Food Festival」です。こちらも大変評価の高かったプロジェクトで、金賞を受賞されています。これはまず山崎さんにご紹介をお願いします。

山崎 そもそもの文化的な背景として、台東県は、先住民族がたくさん住んでいる地域で、その食生活は伝統的に、土地の食材を生かした料理でした。しかし、そんな台東にもチェーン店がたくさん入ってきたため、自治体と地域の事業者を中心に、スローフードフェスティバルを始めることになりました。
回を重ねるごとに、参加した地域のレストランの方々が、スローフードを理解し、地元の食材を使うことの意味が分かってきました。そうしてイベントを続けていくうちに、むしろ先住民族の食文化自体がスローフードそのもので、理にかなっていたことに多くの人たちが気づいたんです。

当初はフェスティバルへ参加するレストランの数も少なかったそうですが、賛同してくれるレストランが増えてきて、今では台湾中で有名なフェスティバルになっているそうです。また、参加者は、イベントを通して学びを深め、食べ物だけではなくスローライフ全体についての意識を高めるのに貢献していると聞いています。

飯石 こういうお祭り自体は、地域活性化の取り組みでよく見られるものですが、このフェスティバルは、集まった飲食店の皆さんがそれぞれの学びを持ち帰って、自分のお店で実践するという点がポイントです。学び合いと実践というプロセスの中核にフェスティバルがあるという構図が、すごくすてきだなと思いました。

岩佐 一番評価したポイントは、イベントそのものというよりも、その背景です。
単純にスローフードのイベントを成功させたというだけではなくて、文化人類学の研究者であるプロデューサーが、その学問的な観点から、本当は何を大切にするべきなのかということを地域の人たちに伝える取り組みが、フェスティバルとして結実している点がすばらしいと感じました。

山阪 まず食べ物があり、そして食べ物を入れるための器があり、食べるための環境があってというように、現代を生きる私たちが、興味を持つ軸を自然につなげることで、結果として、昔ながらの生き方や暮らし方に興味を持つきっかけにもなっているのが、うまい設計だと思います。

子どものための建築教育 [「はじめての建築」の出版とオープンハウスの取り組み]

子どものための建築教育 [「はじめての建築」の出版とオープンハウスの取り組み](生きた建築ミュージアム大阪実行委員会)

山出 続いて2例目として、大阪で行われている取り組みの「はじめての建築」です。岩佐さんからご紹介をお願いします。

岩佐 応募対象名は、「『はじめての建築』の出版とオープンハウスの取り組み」です。『はじめての建築』というのは書籍の名前で、この本は、小学生でも分かるように大阪市の中央公会堂の建築を紹介していて、とても面白くできています。
そして、「オープンハウスの取り組み」とは、「生きた建築ミュージアムフェスティバル」という、2014年から毎年開催しているイベントのことです。このフェスティバルでは、通常は入れない建築物に、この時だけ入って中を見ることができて、子ども限定のツアーなども行っています。つまり、長くこのイベントを続けている流れの中で、『はじめての建築』という本が生まれたということなのです。

山崎 建築の話はどうしても難しい用語が出てくることが多いのですが、このイベントでは、実際に見ること、触ることができて、小学生でも理解できるぐらい分かりやすく説明してくれます。これによって建築物を理解し、自分たちのふるさとである大阪についての愛着が生まれるという意味では、単に古い建築を紹介するということの枠を大きく超えた、意義深い取り組みだと思います。

山阪 建築というのは本当は生活にすごく近いところにあるのに、遠いところにあるように捉えられがちです。あまり意識の中に入ってこなかったものを、こういう形でうまく紹介されると、子どもたちも興味が湧くのではないでしょうか。あわせてシビックプライドも醸成されるという意味でも、非常によくできているのではないかと思います。

飯石 自分が子どものころにこの本を手にしていたら、人生が変わっていたなと感じました。この本や取り組み自体が、建築の目線で、柔らかく街を見ることができるメガネをもらうような感覚です。最初の一歩として、やさしい形で身近な建築から知っていくと、他の街に行っても気付きがあるという意味で、とてもいいプログラムだと思います。

受賞作紹介3:仕組みによって人をつなげていく活動

Garment-to-Garment Recycle System (G2G) [A Mini Mill within The Mills]

Garment-to-Garment Recycle System (G2G) [A Mini Mill within The Mills](The Hong Kong Research Institute of Textiles and Apparel Limited)(香港)

山出 三つ目は、仕組みによって人々をつなげていく活動です。一例目は香港の取り組みで、Garment-to-Garment Recycle System です。山阪さんからご紹介をお願いします。

山阪 これは、服から服をリサイクルするシステムです。使わなくなった洋服を持ってきてコンテナの中に入れると、それが洗浄され、細かく刻まれ、繊維になり、それを元に布を織って別の服ができます。
コンテナの中身は、いろいろな機械が組み合わさってできているのですが、ガラス張りで全工程が見られる構造になっています。
ショッピングセンターなどに回収ボックスを置いておくのとは違い、過程を可視化して知ってもらうことで、多くの人にリサイクルの大事さに気付いてもらう入り口として機能する点を、高く評価しました。

山崎 このシステムが身近にあって、目の前で自分たちの廃棄した衣類が、どれぐらいの手間をかけながら次の製品になっていくのか見えることのインパクトは大きいです。
日本国内でも年間100万トン以上の服が廃棄されているともいわれていて、そしてその半分以上が焼却処分されます。この異常な状況に対して、地域に一つでもこういう設備があるという時代がくれば、問題意識が変わるのではないかと思い、評価しました。

岩佐 このような体験をすることで、ものに対する愛着が増して、もっと大切にしようという考え方に変わるし、何よりも消費のしかたが変わる可能性を持っているというのが、一番のポイントなのかと思います。

デジタル推進 [都農町デジタル・フレンドリー]

デジタル推進 [都農町デジタル・フレンドリー](都農町+一般財団法人つの未来まちづくり推進機構+株式会社イツノマ)

山出 次にご紹介する「都農町デジタル・フレンドリー」デジタル推進の取り組みは、実際に受賞者の方にお話を伺いたいと思います。株式会社イツノマの中川さん、よろしくお願いします。

中川 よろしくお願いします。
これは、2020年に創設100周年を迎えた、人口約1万人の宮崎県都農町におけるデジタル化の取り組みです。
具体的なプロジェクトの内容としては、65歳以上だけの世帯と、15歳以下のこどもがいる世帯の合計約2,000世帯にタブレットを配布し、全世帯に光回線を敷設しました。また、町役場のウェブサイトを双方向型のポータルサイトにリニューアルし、孫世代が高齢者に直接サポートする体制を整えました。さらに、町内に44ある自治会を年4回訪問する仕組みとITCTのヘルプデスクも新たに開設をしました。
運営体制としては民間企業である我々が企画制作立案をして、役場が議会対応や予算確保を担当し、ふるさと納税を原資にして設立された財団法人を実施主体として、官民連携で実施しています。

ちなみに、私が移住して起業して町づくりをしようとしたときに、ちょうどコロナ禍になってしまったのですが、デジタル化政策を提案してから2カ月で議会でも承認されというのが、実現までの経緯です。

山出 まず何よりも、コロナ禍になってから、急激に動いて今に至るという、そのスピード感が本当にすごいです。

山阪 なぜこのようなスピード感で実現できたのかをお伺いしたいです。コロナ禍というのは一つの大きいポイントだったのかもしれませんが、普通に考えたら、とくに高齢者が使いにくいデジタル化には、反対する人がたくさんいると思います。そういったいろいろな課題に対応する担当の方はいたのでしょうか?

中川 町では住民の4割が高齢者で、むしろデジタル化をしていかないと、お世話をする人の負担が増えるばかりという状況でした。ですので、私が提案したとき、町側にもタイミングとしては満を持してという感があったと思います。また、財団の方が非常にスピーディーに取り組んでいただけたのも大きかったです。
ただ、おっしゃる通り、高齢者にデジタルツールを配っても使わないのではないか、という声が多かったのも事実で、最後は町長が議会で力説してくれたおかげで可決されました。やはり町長のリーダーシップが大きかったです。

山阪 孫世代がおじいちゃん、おばあちゃん世代をサポートする仕組みというお話がありましたが、元々、都農町にはそういった若い人と高齢者がコミュニケーションできるような下地があったのでしょうか。

中川 いや、あまりなかったと思います。どこの町でも同じですが、世代間交流は課題になっています。こだわったのは、「デジタルフレンドリー」というネーミングの由来でもあるのですが、デジタルを通して孫とおじいちゃん、おばあちゃんが友達になればいいんじゃないかということです。
僕自身も、高齢者世帯を説明に回っているときに、デジタル化の話は1時間のうち10分ぐらいで、あと50分ぐらいは、こんな若い人と話したのは久しぶりよということで喜ばれていました。

実際には、高齢者の方の日常に、デジタルはそんなに必要ないと思うんです。それよりもデジタルツールを使って、アナログのコミュニケーションを増やすというのが一番理想なんじゃないかと考えています。みんなでタブレットを持って公民館に集まって、どうやって使うのかなとおしゃべりすることこそが楽しいのではないでしょうか。

岩佐 デジタルの取り組みは日本中で取り組まなければいけない、といわれているのですが、行政だけでできるのかというと、なかなか難しいですよね。その中で今、官民連携、さらには官民学連携という話になるわけですが、ある程度民間に任せないと、スピード感のあるダイナミックな取り組みはできないのではないかと思います。かといって、地方自治体が、東京の会社に丸ごと発注してしまうというのも話が違う。
この取り組みのすばらしいところは、都農町という機動力溢れる町役場と一般財団法人つの未来まちづくり推進機構、そして中川さんの会社が、いい形で連携ができたことにあると思います。
そこでトップである町長が最終的に責任を持って推進するという構造を作れば、他の自治体でも実現できるのではないでしょうか。単純にデジタル化の施策だと捉えないで、仕組みと実行のしかたが重要だということです。

飯石 町の人たちが快適に暮らせるようにするために、いろいろなトライ&エラーをスピーディーに繰り返しているのだと思います。その早いスピードに行政もがんばってついていって、いろんな企画を一緒に考えていくといった、その連携のしかたと互いの役割分担がうまくできていることで、今回のプロジェクトがすごくいいものになったのではないでしょうか。
デジタル・フレンドリーの取り組みが、世代間のコミュニケーションを生み出すことにもつながっているというのは、地域自体を育てていく仕組みとして、参考になるのではないかと感じました。

山崎 町長が説得してくれたからとか、地元の人ががんばってくれたからという説明をされていますが、実際このプロジェクトがうまくいっているのは、中川さんの人徳・人柄による部分がかなりあるのではないでしょうか。
よく移住者の方が、突然地域を変えますと言い出して、地域の反感を買うことはありますよね。ですが、今回、デジタル化を進めるという大きな旗を立てたのに、ちゃんとみんなが協力してくれているし、進められているというのは、すごいことです。この事例を知りたい人は中川さんとじっくり話をしたらいいのではないかと思います。
官民連携において、民間のコミュニケーション力と、行政のきっちり説明して説得していく丁寧さ、そしてトップのリーダーシップ、このすべてが揃わないと、この短期間にこれだけのことを実現させるのは難しいです。

山出 外から仕事だけをしにきているのではなく、中川さんも移住されて、その本気度も皆さんに伝わっていると思うので、これからもデジタルを使ってどんなことが起こるのかますます楽しみにしております。今日はありがとうございました。

中川 どうもありがとうございました。

今年の審査を振り返って

飯石 審査の初期段階から、大事にすべき視点を審査委員全員で共有して、丁寧に見ていきました。多くの応募対象に触れて感じたのは、ハードでも仕組みでも、デザインが出来上がった時点が、スタート地点だということでした。
そこがゴールなのではなくて、その後、どういう営みが起きて、どんな文化が生まれて、どんな課題解決につながったか、活動がどれだけ育まれたかという点が、地域のプロジェクトの本質であり、価値なのではないかと感じました。

山崎 以前、取り組み分野の審査では、ただ形が美しいかどうかだけを判断するのではダメだという議論をしていました。そのため、少々形や見た目はよくなくても、いいシステムや美しい物語があれば、受賞している時代もありました。
ですが、今年の審査を通じて感じたのは、どれだけシステムやストーリーが優れていても、PRの仕方であったり、制作物であったりというアウトプットの美しさも付随していなければいけないということです。
なぜなら、美しいアウトプットは、見た人たちの気持ちを動かし、プロジェクトに参加しようと思わせることができるからで、プロジェクトにおいて重要な要素だからです。
とてもいいシステムを考えても、それをプレゼンテーションするためのボードがよい出来でなければ、人の気持ちを取り込む力が弱くなってしまいます。
ですので、来年以降このユニットに応募しようと考えている方は、システムやストーリーのよいところを訴求するのも大事なのですが、それに加えて、どういうアウトプットを出されているのか、さらには、二次審査で展示するパネルのデザインについても、重要な要素だと考えて応募していただければうれしいなと思います。

山阪 今の山崎さんのお話にはすごく共感できて、実際、ぱっと見ただけでは、内容が理解できないパネルも多かったんです。そういう意味で、提出物のデザインは確かに重要です。

また、今回我々のユニットで軸としていた5つの視点の中でいうと、「社会全体が良いデザインだと思える共感力があるか」というポイントが大事だと思いました。受賞したデザインからは、シンパシーを感じたり、課題解決にとってふさわしい取り組みだと感じさせてくれるだけでなく、逆にこちらに課題を問いかけてくるようなものも多く見られました。
それから、他でも使えるエッセンスがあるか、水平展開できるか、といったことも大事な要素です。目に見えている部分だけではなく、根底にある思想自体で新しい気付きを与えてくれるデザインが、上位賞に選ばれたと思います。

岩佐 さきほど台湾や香港の事例を紹介しましたが、今回審査をしていて、海外の応募作のレベルがとても高かったと感じました。グッドデザイン賞は日本だけの賞ではないのですが、国内からも社会の課題解決に正面から向き合う取り組みが、もっと見られたら良かったなと、少し残念に思います。

日本の地域課題を解決するプロジェクトでは、自分たちの中のコミュニティや社会の問題をちょっとだけよくするといったものが多かったように思います。もちろん自分たちの課題を少しでも改善するということ自体は、とてもいいことなのですが、もうちょっと広い視野もあっていいのかなと感じたんです。そういう視点で見てもらえれば、今日紹介した受賞作を、審査委員がどう捉えているのかご理解いただけるかもしれません。
来年は、国内からも、もっと視野を広げた取り組みの応募が増えるといいなと思います。

山出 今年もたくさんのご応募をいただいて、こんなふうに地域に関わって、社会の課題を考える人たちが日本中、そして世界中にたくさんいるということを目の当たりにして、世界もまだまだ大丈夫だという想いを抱いています。
コロナ禍により、社会や世界にはさまざまな課題が生まれて、それがどんどん新しく、またより複雑になってきています。このセミナーを見ている皆さんが、ぜひ自分たちの身の回りから一歩前に踏み出すことによって、よりすてきな未来を作っていっていただけるといいなと思っています。

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