『移動することの意味』を改めて見出す〜2020年度グッドデザイン賞 審査ユニット13(モビリティ)審査の視点レポート
グッドデザイン賞では、毎年その年の審査について各審査ユニットごとに担当審査委員からお話する「審査の視点レポート」を公開しています。グッドデザイン賞では今年、カテゴリーごとに20の審査ユニットに分かれて審査を行いました。審査の視点レポートでは、そのカテゴリーにおける受賞デザインの背景やストーリーを読み解きながら、各ユニットの「評価のポイント」や「今年の潮流」について担当審査委員にお話しいただきます。
本記事では、審査ユニット13(モビリティ)の審査の視点のダイジェスト版をレポートします。
ダイジェストではない全部入りは、YouTubeで映像を公開していますので、よろしければこちらもどうぞご覧ください。
2020年度グッドデザイン賞審査の視点[Unit13 - モビリティ]
担当審査委員(敬称略):
根津 孝太(ユニット13リーダー|クリエイティブコミュニケーター|有限会社znug design 取締役)
内田 まほろ(キュレーター|日本科学未来館 展示スーパーバイザー)
川西 康之(建築家/デザイナー/ファシリテーター|株式会社イチバンセン 一級建築士事務所 代表取締役)
森川 高行(モビリティデザイナー|名古屋大学 モビリティ社会研究所 教授)
100年に一度の変革期にあるモビリティ
根津 まずは全体的なお話から入りたいと思うのですが、2020年は言うまでもなく新型コロナウイルスの影響、移動するということを改めて意識した年でした。コロナ禍によって「移動しない」という選択肢が出てきたことで、逆に「移動するって何なんだろう」ということを、改めて考え直すことになりました。そういう中でのグッドデザイン賞の審査だったわけですが、改めて受賞対象を見渡してみると、いくつか傾向があります。
一つは、縁の下の力持ち的な存在である物流や自動搬送機などの車両や部品といったものが、社会を下支えしてくれていて、頑張ってくれているということでした。
二つめは、社会的課題を解決しようというものが目立ったように感じていて、後で詳しく取り上げたいと思うのですが、たとえばグッドデザイン金賞の「ハイウェイトランスフォーマー」は、高速道路上での作業時の安全や効率化という課題に取り組んでいたり、「遠洋まぐろ漁船」は、働き手不足の課題をデザインの力で解決しようとしていました。
こんな状況だからこそ、ということで、乗り物の楽しさをハイライトしているようなもの、例えば乗用車ですが、「今、クルマにできることってなんだろう」ということを、もう1回見つめ直して、楽しい提案をしてくれているものもありました。
モビリティは100年に一度の変革期にあると言われて久しいのですが、今年の受賞対象を見ていくと、変革にむけて着実に歩みつつあるなという手応えを感じられたように思います。審査委員の皆さんの想いも聞きながら、今日はお話ししていければと思っています。
乗用車 [タフト]
それではまず今回の審査で評価が高かったものを中心に順番に振り返っていきたいと思います。ダイハツ工業の軽自動車「タフト」(20G130788)です。
内田 私はモビリティ分野の審査が今回初めてだったので、最初に軽自動車の制約がいかなるものかということを非常に勉強させていただきました。その制約があるからこそ、様々な部分へのミリ単位での気配りが積み重なり、それがユーザーの楽しや心の解放とかユーティリティにつながっている。そうした点に非常に感銘を受けました。
非常に印象的だったのが、楽しい車にするということで、デザイナーの皆さんが、生活の中で車を使ったレジャーやレクリエーションのシーンがあるのか一生懸命考えなら詰めていったという話で、さらには女性の視点も多く入っていたことです。
車というものがただ移動するためだけではなく、皮膚感覚でいろんな人に寄り添うような、お洋服っていうと言い過ぎかもしれないですけど、そういう可能性を感じさせる製品だと思いました。何か乗りこんだ瞬間、「おっ」という感じがあるのが印象的で、指で触るところ全部がいい感じにフィットするというような作り込みの精緻さがありますよね。
川西 軽自動車は我が国の道路環境に対応した乗り物である一方、大型車のジュニア版という印象を私も持っていました。しかしながらこの「タフト」は、まず車としてとても完成度が高く、正直、私も個人的に「欲しい」と思いました。コンパクトで完成度も極めて高い。いろいろな可能性を想像できる、これがあったら生活が楽しいだろうなと思わせてくれる車でした。
根津 そういうものでこの状況を乗り越えていくというか、希望や夢を見出しながらグッドデザイン賞の審査をさせていただいたという感じですね。
乗用車 [TOYOTA LQ]
根津 では次は、トヨタ自動車の「LQ」(20G130795)です。これはなかなかに度肝を抜かれました。失礼な話、誰もがコンセプトカーで終わるだろうと思っていたのですが、実証試験とはいえ、未来の車が道路を走れるんだというところまでやりきっているという点に、トヨタの本気を見ました。今、トヨタは静岡県裾野市で実証実験のための未来都市を作ろうとしていますけれども、これも含めて本当にモビリティの世界を革新していくんだという決意の塊のようにも感じました。皆さんはどのようにこの車を捉えましたか。
森川 AIを駆使していて、車というよりまさにパートナーですよね。パートナーがわれわれ人間を積んで運んでくれるというイメージです。アメリカでトヨタが作ったトヨタ・リサーチ・インスティテュート、通称TRIは、世界中の人工知能の専門家を集め、膨大な資金を投入して、特に自動運転の研究をしているのですが、私たちのところにはなかなか目に見えるかたちで成果は伝わってきていませんでした。トヨタはモビリティカンパニーになると言っていますが、やはりベースは個別の車を作りつつ、車でなくても移動できるという関係を作っていこうとしているのだと思います。その中の車としての未来型、パートナーとしてのモビリティの未来型というものを、TRIの成果として初めてプロダクトとして具現化して、こういう方向を目指しているんだということを見せてくれた気がします。
根津 造形も、ガラスエリアの使い方などが特徴的で、AIが中心にあって、そのAIが中と外を自由に行き来するということを形として具現化してこうなっているという説明を受けたのですが、そういう説明にも迫力があって非常に面白いと思いました。
乗用車 [ハリアー]
根津 次に同じくトヨタの「ハリアー」(20G130802)です。これはクルマとしての完成度が素晴らしい。また、取り組み的な面でも素晴らしいものがありました。
川西 美しいシンプルな車なのですが、さまざまな箇所に中小企業でしか作れない日本の工芸レベルといえる技術が使われています。そういう技術を積極的に取り入れていて、ともすればピラミッド構造といわれる車産業の構造を変えたいんだというトヨタの強い意志が感じられました。
根津 トヨタのような企業が積極的に新しい自動車の作り方を実践して、素晴らしいクオリティで、製品としてまとめるということを先導していっていただけると本当に心強いなと思います。
森川 これぞSUVという車です。トヨタにとってもSUVの本丸という感じで、車体も大きめで高級車というイメージです。われわれのような普通のサラリーマンにはちょっと手が届かない。でも欲しいなあと思わせるような車だったのですが、今回のモデルチェンジで車としてのクオリティがさらに良くなりながら、価格が意外なほど抑えられています。これだったら普通のサラリーマンでも新車で手に入れられる、質の高い大きなSUVを買えるという少し小さな夢ですけれど、それを叶えてくれる車なのかなと思いますね。
根津 加飾に頼らない作り方をしていたり、感性的にも価格的にも若い人にしっかりと訴えるものになっていて、20代30代の購入者が、こういう車にしては珍しく多いのも特徴です。そういうところもすごいと思います。ハリアーはこのカテゴリーの創始者で、リーダーとして今後も頑張っていってほしいなと思います。
大型移動式防護車両 [ハイウェイ・トランスフォーマー]
内田 こちらは中日本ハイウェイメンテナンス名古屋の「ハイウェイトランスフォーマー」(20G130811)という車両です。
これはまず、愛だと思うんです。開発のきっかけは一人の作業員の方が高速道路での作業中に亡くなられたというところから問題解決が始まりました。効率よく道路のメンテナンスをしていくとか、今までのやり方をつづければいいという考え方ではなくて、車が走っている道路で、作業員の安全を「車」が助けるというコンセプトです。
トランスフォーマーというアニメーション作品、映画作品もイメージとしてモチーフとして入ってるかと思いましたが、車に命が宿るという、エンジニアの方たちが車に与えうる愛がある。そこを強く感じてしまって、当然デザインの話や、よくこのサイズで実現したなということはあるのですが、背景にあることが深すぎて言いたいことがたくさんあるというような、驚きに満ちたプロジェクトだと感じました。
根津 アニミズム的な、日本ならではの思いを込めて作っている面もたしかにあるかもしれません。文字通りヒーローなんですよね。高速道路で働く作業員を守るという擬人化の視点。そういう想いも込めてトランスフォーマーかもしれないですね。
内田 私の仕事柄、「日本的かどうか」ということを日々よく考えるのですが、これはすごく日本的ですよね。作業員の安全が最高のプライオリティということや、それを機械あるいはクルマにやらせるということも日本的です。今はこれ1台だけですが、今後は台数を増やしていって、いろいろなところで活躍してもらいたいです。
根津 この車を活用して工夫して、これまでの作業とやり方を変えていくというようなことも聞きましたので、今後広がっていくといいですね。
川西 三重県で実車を拝見してきました。名前を見ると往年のテレビアニメを思い出される方もいらっしゃると思うのですが、実は全部自動でガチャンガチャンと変形するわけではないんです。実際にはアナログで、在来の技術の組み合わせ、手堅い技術の集積なんですね。
けれども従来に比べ、職場環境を大幅に改善している。ただ当初は、社内でだいぶ議論があったそうです。本来、高速道路メンテナンスでは危ないと思ったら逃げるのが当たり前で、高価な機械に頼ることに抵抗もあった。
ところが今では社内外でたいへん高い評価を受けていて、2台目3台目の改良版の生産が計画されているそうです。
NEXCO中日本管内で、高速道路の工事やメンテナンスは1日に400箇所以上あり、人材不足という課題がある。それをこのハイウェイトランスフォーマーで全部カバーすることは現時点では難しいのですが、少しでも増えてこれに貢献できればという話でした。
森川 私は専門が土木工学ですので、道路のメンテナンスの重要さと大変さは理解していると思っています。内田さんがおっしゃったように、これは人を守りたいという愛から生まれ、そして川西さんがおっしゃったように意外とローテクでガシャンガシャンしていくということ。ある意味、誰かの夢物語的にこんなことができたらいいんじゃないかという声に、でも車両屋さんからしたら、こんなのできるわけないじゃないかと。常識的に考えたら、こんなこと考えないし、そもそも作ろうとしない。しかし安全のために考え、実現してしまった。これはいったい土木構造物なのか車両なのか。あえていえばその中間くらいのものを作ってしまったという、すごいものだと思いました。
根津 確かに車両なのか設備なのかという感じはあります。いろいろな常識をひっくり返して実現してくれたということに、これからのさらなる活躍を期待したいと思います。
車輪 [フジ ニンジャホイール]
根津 では次は富士製作所のニンジャホイール(20G130817)です。自動搬送機などのタイヤとして使われるものです。
車輪の円周上に、斜めにローラーが取り付けられていて、タイヤ1個につき1個ずつモーターがついています。その回転を制御することによって前後左右、斜めにも動けて、その場で旋回もできたり、どんな動きもできる。だからニンジャホイールという名前なんです。
こういうホイールをメカナムホイールといって、この機構自体は昔からあるアイデアですが、直径は小さくかつ耐荷重はあげたいというクライアントからの要望に応えるために開発されました。
樽状のローラーが斜めに並んでるのですが、それを中央で分割することで耐加重をあげ、さらに軸をずらすことで滑らかな動きができるようになった。小径化と耐加重の向上を、本当に地道な努力の積み重ねで実現しています。タイヤの直径を小さくすると自動搬送ロボットの高さを低くすることができて、そうするとすり抜けて行ける場所が増えて自由度が増す。この分野でずっと地道に努力を重ねられてきた成果ですね。
ウルトラワイドベース スタッドレスタイヤ [903W(キューマルサン・ダブリュー)]
川西 次は横浜ゴムの「ウルトラワイドベース スタッドレスタイヤ」(20G130829)です。タイヤというのは当たり前のような存在ですが、高度な物理学と化学、さまざまな技術が投入されている分野で、非常に審査が難しい分野の一つです。
通常ですとトラックやバスの後輪は、タイヤが二つ並列配置になっている。つまりひとつの軸にタイヤが4つついていることが多いわけですが、それは荷物を積んだときの重量が重いから、接地面積を増やして荷重を分散させているわけです。ところがタイヤが増えると、当然コストもメンテナンスの手間も増える。それを解決しようというのがこのタイヤで、2本一組で利用していたのを1本で済ますというものです。極めて地味と言われるかもしれませんけれど、我が国の物流のほとんどはトラック輸送です。それを支えているタイヤは根幹の部分ですから、さまざまな課題を解決する素晴らしい大きなデザインだと思って評価をさせていただきました。
根津 大幅に軽量化できるので積載量を増やすことにも貢献していますよね。
パーソナル自転車 [HONGJI Stone]
根津 次は「ホンジ・ストーン」(20G130835)という大変かっこいい自転車です。一番目を引くのは、前後輪とも片側からしかタイヤが支えてられてないこと、また、チェーンがなく、後輪を支えるアームの中に駆動するためのシャフトが入っていることでしょうか。自転車として必要なパーツがちょっと足りてないように見えるくらい、ものすごくすっきりしています。それを実現するためにフレームの素材ですとか作り方にまでメスを入れてているという、とても提案性の高い自転車です。
川西 とても美しい自転車です。小さな液晶画面がボディに組み込まれているのですが、外から見るとほとんど分からない。ともすれば自転車というのはベルやライト、スピードメーターといったパーツがついていることが多い中で、全部スッキリとこのボディにビルトインされている完成度の高さだと思います。素晴らしいし自転車です。
根津 おっしゃる通りで自転車は足し算になっていきがちですけれど、引き算を見事にやり抜いたという感じですね。
車いす [RDS WF01]
内田 次は車椅子です。今年もいろいろと素敵な車椅子をご応募いただきました。以前は、車椅子というものは、バリエーションが本当になくて、利用者がそれに合わせる、それしか選択肢がないというものでした。
それが現在では、さまざまな用途に対応するようになってきて、屋内に特化したスリムなものだったり、屋外用にいろいろなアシストを付けたり、バリエーションが出てきたことが非常に良い状況だと思います。かっこよく見せたいとか、快適に家族と過ごしたいといった、使う人の嗜好や要望に合わせられるようになり、利用者に寄り添うデザインになってきています。
よりシャープにしたり、軽くしたり、動きを良くしたりという機能の部分はこれからもまだまだ進化していくのでしょうが、車椅子はほかの乗り物に比べて、一番身体にフィットするモビリティですよね。ですから、よりデザインの価値や重要性が求められるようになっていくのかなと思います。
根津 選択肢が増えてきたということで言えば、今年度受賞した車椅子WF01(20G130840)。これは本当にかっこいい。審査会の時、みなさん喜んで乗っていましたけど、この乗ってみたいと思わせることが大事なのかなと思います。例えばアメリカの車椅子バスケットでは、いろいろな人がプレイするんですね。日常生活に車椅子が必要でない人も混ざってプレイしています。それは単純に楽しいからです。かっこいいから車椅子に乗りたいんだよという事も含めて、今後よりそういう方向に進んでいくといいですね。
自動運転技術 [The Fifth-Generation Waymo Driver]
森川:次は自動運転のシステム「ウェイモ」(20G130845)です。くるものがきたなという感じがしました。根津さんが「100年に一度のモビリティ革命」という話をされましたが、まさにそれです。
いろいろな要素がある中で、現在一番注目されているのが自動運転システムです。世界中のカー・メーカー、ITカンパニーが技術を競っている中で、頭一つというより三つくらい抜け出しているのが、旧googleカーと呼ばれていた、ウェイモという人口知能と言いますかシステムです。これはもう何百万マイルも世界中を走って膨大な量のデータを蓄積して、よりAIを賢くしていっていて、今回応募いただいたのは第5世代にあたります。
今回は、車のルーフの上にポンと載せるシステムですので、SUVですとか大型トラックなど、どんな車にも取り付けられるという形で、いよいよ製品化の本気度が高まったきたという感じです。
外見的にはウェイモというLEDのロゴがついていて、近い将来、これはウェイモの技術で既存の車が自動運転で走ってるんだな、ということを見た人に訴求するという戦略を取っていくのでしょうね。
根津 自動運転は、受け入れ側の議論がまだ十分ではない面があります。けれどもこうやって、どんどん進化していくことによって、みんなの心理も変わり、社会や法律が変わっていくのでしょう。そういう期待を持たせてくれるぐらいのレベルになってきているのかなと思っています。
鉄道車両 近鉄80000系「ひのとり」
川西:次は近畿日本鉄道の特急車両「ひのとり」です。名古屋と大阪を結ぶ都市間特急電車です。特急車両として、乗客のニーズを丁寧にくみ取り、分析してデザインされ、完成度が非常に高い。昨今、見知らぬ乗客同士のコミュニケーションが貧弱で、新幹線や飛行機の座席をリクライニングするときにトラブルが生まれることが多くなっています。リクライニング座席がイライラ要素の一つになってしまっています。
「ひのとり」はすべての座席、普通席もプレミアム席も含めて全座席にバックシェルというものをつけて、リクライニングさせても後ろの座席に圧迫感を与えないようにしています。ただ、その採用によって、定員は大幅に減ってしまう。しかし、次の50年のスタンダートを考えたときにそれしかない、ということで会社として覚悟ある決断をされた。その点も含めて高く評価されるべきではないかと思います。
根津 内装はもちろんすばらしいのですが、私は外装も大好きです。ストイックな面質でパリッとつくってある外形デザインは、男の子目線でとてもいいなあと思ったりしています。これもぜひ乗りに行きたいですね。
遠洋まぐろ延縄漁船 [第一昭福丸]
根津 次は遠洋マグロ漁船「第一昭福丸」(20G130850)です。
このマグロ漁船は、外側のビジュアルをグラフィカルにしていたりもするのですが、評価されているのは、働き手である船員さんの快適性を重んじている点です。船員さんが洋上にいる間の時間を精神的に豊かなものにしたいという思いで計画されている。内装をとても素敵にしているのですが、それは働き手を増やしたいという意図が込められていたりします。
内田 これも愛なんですよね。長期間船に乗るということは生活という意味で、本当に大変な負担だと思うんです。その船員たちのための空間づくりに一生懸命取り組くんで、「ここは俺たちの職場だ」だと誇りをもてるような船になっている。そこが一番ですよね。
川西 遠洋漁業や長距離を結ぶ貨物船、タンカーといった分野の人手不足が深刻な問題です。そこで、デザインで魅力ある職場にして誇りある空間をつくり、ここで働きたいと思ってもらえるような環境をつくりたいと。このマグロ漁船の社長さんが、一生懸命プレゼンされていたのがとても印象的でした。
根津 グラフィックも新しいことをいろいろやっているのですが、実はその元の第一昭福丸のマークをモディファイしている。愛という意味でいうと、過去に対する愛もあり、未来に対する愛もあるということで印象に残りましたね。
旅客船(高速船) [シースピカ]
根津 次は瀬戸内島旅コーポレーション「シースピカ」(20G130851)。これも大変素晴らしい提案でした。
数多くの瀬戸内の小さな島々を巡る旅客船なので、小さな港に入港できるように小型にしなければならない。けれども移動の間、船内で豊かな時間を過ごしてもらいたい。安定して進むようにもしたい。様々な要件がある中で実現されていることが素晴らしいのですが、私がお話を聞いて一番嬉しかったのは、地域の方がみな喜んでるというところです。ある島では子どもたちが太鼓を叩いて歓迎をしてくれたとか、小さな乗り物かもしれないのですが、その地域の人たちを幸せにできることは乗り物ができる最大限の貢献と思っていて、それを実現したところに私はとても感動しました。
内田 瀬戸内海には多くの島があるわけですが、観光においては特定の地域に偏ってしまっているそうで、それに対してこの「シースピカ」はいろんな島に行けるように、サイズが小さいのでこれまで立ち寄られなかった島にも行くことができる。航路がこれから増えていき、自分の島にいつか来るかもという期待感が高まったり、公共の乗り物として作られているけれども、なんといいますか、みんながちょっとずつ所有している感じというか、自分ごとになってる感じ。たぶん乗り物に求められている要件を単純に満たしたわけではなくて、海に囲まれて生活している人たちにとっての船との関係や環境、歴史を踏まえた上で、船という存在を核にした関係性を作りあげているんだろうなということを考えさせられました。形だけでなく、歴史や文化を含む社会システムも含めてのデザインだなと思いました。
森川 根津さんがおっしゃったように、おそらくこの小さな瀬戸内海の島々を巡るためにものすごく多くの制約条件、喫水であったり幅であったり長さであったりそれからダイヤがあって速度も必要という、そういう多くの制約条件と要求条件をすべて満たす造船の技術面はすごいと思うのです。ただ、そうすると最大公約数的な、技術的には素晴らしいけれども無味乾燥なものづくりになりがちなところをデザインの力でまとめあげたという点にデザインの力を強く感じました。
根津 乗ってみたいと素直に思います。実は川西さんがデザインされたので、川西さんはこの件の審査では外れていただきました。(注:審査委員本人が関与した案件の審査に携わることはできない)
ですが、当事者としておっしゃりたいこともたくさんあるかと思うので、一言お願いします。
川西 これは単なる船ではなくて、瀬戸内海の橋も通じていない島々を高速で結んで、島の人たちの笑顔と産業、生活を引き出す船です。航路、立ち寄る島を変えて末永く瀬戸内海で活躍していってもらいたいですね。
根津 一応断っておきたいのは、自分が関与したものは審査には加われないことになってまして、川西さんは今ここで初めて思いを語っていただきました。その辺は大変厳しく行っています。この場なら良いと思いまして、ご発言いただきました。
質疑応答
根津 さてここで応募者の方から予め質問を頂いているということでお答えしたいと思います。
「本年度のヒアリング審査で課題解決について説明を求められましたが、このモビリティユニットを総括してどのようにとらえ評価なさいましたか」ということです。
世の中にあるものはすべて何らかの課題解決をしようとして生まれてきているはずですが、例えば乗用車では、比較的フォーマットが固まっているように思います。ただ、必ずこういうところを解決したいとかこういう新しい価値を提供したいとか、こんな喜びを出したいと、必ずその作り手の思いが潜んでいるはずで、我々もそういうところをプロとして見抜かなければいけないのですが、時に見抜けていないこともあるかもしれない。なので課題解決という硬いワードではあるのですが、どういう思いでこれを作られたのか、皆さんとより深くコミュニケーションするために、聞かせていただきました。
川西 課題解決というのは、求められているデザイン、必要とされるデザインあるいは商品ということだと思います。今回グッドデザイン賞の受賞作品のすべては、なんらかの課題解決を果たしているのではないかと思います。
森川 私は交通工学研究者として少し堅い話をしますと、モビリティの課題というのは安全に効率的にものや人を運ぶということから、最近では快適性が求められ、さらに環境への負荷が小さくなるようにというように課題がより高度なものになってきています。
そうすると、さらに最低限の課題は全部は解決しつつ、例えば移動ということの是非が問われている中で、移動している人が楽しくとか、周りの見てる人がああ美しいものが動いてるなというように、より高度な課題に対してチャレンジする世の中になってきています。
さらに基本的な安全とか効率性に対してもより高い水準がが求められるとか、人が運転するのではなくて、より安全に事故を起こさない機械に運転してもらうといったように、様々な段階の課題がまた一段階ずつ上がっていく中で製品を開発していくという、非常に大変な作業をされています。とりわけ高度な課題解決を求められているモビリティ分野において、見事なかたちで応えているのが受賞したものかと思います。
内田 課題解決という点において今回目立ったのが、長い時間軸で問題を捉えていることと、個人の気持ちに寄り添って丁寧に考えていることです。いわゆる効率性ではなくて、少し広い視点で問題を眺めている作品が多かったと思います。
まとめ
根津 では最後に一人ずつ今年を振り返ってみての感想を言っていきましょうか。
まず私からで、今年はコロナという状況のなかで、いろいろ人が動くとか、ものが動くとか、移動するっていったい何なのだろうと、多くの人が考えたであろう状況の中で、それに答えるような素晴らしいものが応募され、我々もおそらく正しく選べたのではないかという風に思っております。変革期の中で、今年がその起点だったよねと、後に振り返って、そんな年になってるといいなあと思っています。
内田 テレワークになって、オフィスに行かなくていいので快適という話も聞くのですが、一方でGo Toキャンペーンが始まると、みんな一斉に旅にでる。ということを改めて考えてみると、移動ってやはり人間にとって、快楽だと思うんですよ。あまりにも身近であたりまえだったので考えることはなかったのですが、そのことを強く感じる年でした。物理的に移動することを支える、技術が素晴らしい作品が多かった一方で、移動することの心の部分にアプローチする作品も目立ち始めている。モビリティの意味も広がっていく期待を感じる年でしたね。
川西 人は生活をするために移動しなければならず、遠くへ行きたいという感情は根源的な欲求だと思います。一方で、人は移動する上でエラーや事故をしてしまうこともある。そういう重い課題に対して果敢にチャレンジされている応募作品が目立った年だったと思います。
森川 たくさんの人が一挙に移動する都市における移動は、これまで個別の車で移動するよりも中大量輸送機関、バスとか鉄道で移動することのほうが良いとされ、その方向にどんどん人の行動を変えていこうというのがこれまでの交通計画でした。今年新たな課題が生まれ、過渡な密になってはいけないと非常に大きな課題がモビリティ関係の人には突きつけられました。来年は都市交通において、効率性安全性環境性何かを課題を解決しながら、さらに過度な密にならない快適な移動というのはどういうものなのだろうかという、そのあたりのソリューションが出てきたら嬉しいなと思います。
根津 本日は長い時間ありがとうございました。
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2020年度グッドデザイン賞 ユニット13 - モビリティ 審査講評