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着実な進化とサスティナビリティへの挑戦〜2020年度グッドデザイン賞 審査ユニット03(子ども・文具)審査の視点

グッドデザイン賞では、毎年その年の審査について各審査ユニットごとに担当審査委員からお話する「審査の視点レポート」を公開しています。グッドデザイン賞では今年、カテゴリーごとに20の審査ユニットに分かれて審査を行いました。審査の視点レポートでは、そのカテゴリーにおける受賞デザインの背景やストーリーを読み解きながら、各ユニットの「評価のポイント」や「今年の潮流」について担当審査委員にお話しいただきます。
本記事では、審査ユニット3(子ども・文具)の審査の視点のダイジェスト版をレポートします。
ダイジェストではない全部入りは、YouTubeで映像を公開していますので、よろしければこちらもどうぞご覧ください。
2020年度グッドデザイン賞審査の視点[Unit 3 - 子ども・文具]
担当審査委員(敬称略):
倉本 仁(ユニット3リーダー | プロダクトデザイナー|JIN KURAMOTO STUDIO 代表取締役)
佐々木 千穂(ユーザーエクスペリエンスデザイナー |インフィールドデザイン 代表、トヨタコネクティッド Head of UX Design)
原田 祐馬(アートディレクター / デザイナー|UMA /design farm 代表)
柳原 照弘(デザイナー|TERUHIRO YANAGIHARA STUDIO 代表取締役)

幼児用ヘルメット [キャッピープチ]

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倉本 美しく可愛くデザインされている、というのが第一印象でした。審査の段階で内容をしっかり聞いていくと、細部のデザインや規格に対する配慮がなされていたことに改めて気づきました。ストラップの止め方や、被った時のスタイルがキャップ調になっている点など、子どもにとって違和感なく被ることができるという点がいいですね。1〜2歳児向けのヘルメットがそもそもほとんどなかったというところに着目して、この企画がはじまったと聞きました。何で今までなかったんだろう?と、改めて考えると不思議ですよね。自分も子育て中に、そういえば子どものヘルメットが緩くてパカパカしてしまって詰め物してごまかしたな、ということを思い出しました。痒い所に手が届く製品、デザインというのは非常に良いものだな、と改めて思った次第です。

原田 パッケージもすごく印象的でした。積みやすく、よく色が見える。販売する状況のこともしっかりと考えられていると思いました。売り場のリサーチも、しっかりされているんでしょうね。

柳原 こういった製品は何よりも安全性が第一なので、安全性を追求してデザインは二の次というか、そこまで力を入れないことが多いんです。こちらは塗装の艶や一体の成形から、販路に至るまで全体的にしっかりと考えられています。頭に被せるものというのは、基本的には子どもが喜んでつけるものではないので、違和感のない着け心地やデザインに収めているところがよく出来ていると感じました。

子ども用紙おむつ [メリーズ パンツ型おむつ]

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柳原 これは審査委員の中でも評価が高かった製品です。おむつは頻繁に取って付けての作業を繰り返すので、破れたり使用に際して少しでもに違和感があったりすると、親御さんのストレスに直結するものです。そのストレスをいかに無くすか、という点を「単純な行為の繰り返し」の中に検討を重ねて完成度を高めています。見た目のデザインではなくて、日常の繰り返す行為の中から課題を見出し、解決したというところに評価が集まりました。審査会で実際に伸びる部分を試してみましたが、テープを伸ばしたら純粋に気持ちいいですし、それが取れたり破けたりしたらストレスにつながる部分だな、と実感しました。すごく研究されており、細部に大きな進化を見た製品です。

倉本 実際に丸めて止めて試してみても、すごくよく伸びて気持ちよかったし、丁寧にしっかり止められて驚きました。こちらは素材メーカーと共同開発したということを聞いて、納得しました。使用後のおむつをコンパクトにまとめられるということは、ゴミが小さくなるということですよね、こちらはサイズが2/3くらいになるんです、いいことだらけですね。

佐々木 子育てに追われる日々の中で、おむつの処分はストレスですから、キレイにピシッとまとめて捨てられるというのは、ささやかですけれども小さな達成感があります。おむつをグーっと引っ張ってピシッと止めた感覚、時間が経ったら暖かな懐かしい記憶としてものとして思い返せるのかな、というところまでイメージできました。

Stroller [FYN]

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倉本 これはすごかったですね!プロダクトデザインという少々硬めの視点から見ても、細かな成形のことであったり、軽量化のために新しいカーボン素材を使っていたりという部分も含め、こんなに良くできるのかという驚きがありました。まるでF1カーを作るようなハイエンド・テクノロジーがベビーカーに搭載されているようでした。また、大量生産することで価格優位性を確立しています。一つ一つの部品も汎用品ではなく、最適化された部品です。中国のものづくりの強さ、ここにありといった製品でした。近年、中国の製品づくりのレベルの高さは通信機器を中心に語られることが多いですが、こういった部分でも最先端の開発力が出ているな、と実感しました。実際に触ってみても、片手でパタパタっと折り畳めて動かしやすかったです。子育てをする若い夫婦向けの製品とのことですが、子連れでもどんどんアクティブに外に出かけてもらいたいというコンセプト・想いをその機能性の高さから感じ取ることができました

柳原 先ほどのヘルメットとの共通点ですが、ベビーカーも安全性が最優先で、使い勝手や見た目は二の次になりがちです。しかし、安全性と強度を確保しながらも、洗練されたデザインに落とし込んでいるところが高い評価につながったと思います。

ゲルインクボールペン [ユニボール ワン]

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原田 私も実は今使っています!すごく少ないパーツで出来ているということ、中高生が気軽に購入できる価格であることに好感を持っているのですが、何より一番素晴らしいと感じたのはインクの濃度でしょうか。スルスル書けて、かつ色が濃く気持ちがいい。良いプロダクトに仕上がっているな、と思いました。また、製品のロゴやグラフィックの収まりがちょうどよい。良くも悪くも、主張してこないようにデザインされているので使っていて気にならず、製品自体に道具として、しっかりと向き合える感じがあります。

倉本 ベスト100のプレゼンテーションでは、今までよりもさらにくっきりとした色出しを実現すべく開発に至ったと、インクの性能を中心にご説明いただきました。書く道具ですから、そこが一番大事な部分ではありまよすね。さきほど原田さんが、パーツ数が少ないとお話されていましたが、それは今の時代背景的にも大事なことですよね。書くという行為の快適さを損なうことなく、各パーツがよく考えて構成されていて効率が良く、かつデザインがいい。素晴らしいと思います。

佐々木 私も審査の過程でいいな、と思ったので自分用と子ども用に購入しました。子どもに渡した時に、特に何も説明しなくても「色がハッキリしている」と言っていました。今は黒色が話題になっていましたけれど、ニュアンスカラーの色もキレイでした。使用感も良く、インクのたまりがなく、書くという行為に集中できます。

スマートフォン用ラベルプリンター [P-TOUCH CUBE PT-P910BT]

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佐々木 世の中のペーパーレス化が進む中、それでもプリントアウトをしてキレイなラベルを作りたい、整理整頓をしたいというニーズに応える製品です。プロダクト自体もスッキリとした佇まいですが、作れるラベルのクオリティが高い。かつ、PCでもスマホでも操作ができて使い勝手が非常によい。こういうものがあれば、ビジネスの現場でのデザインのクオリティや整理整頓の環境がさらに整うだろうな、と感じる良質な製品だと感じました。

倉本 実際、最近のオフィスはおしゃれになってきていますが、その中でラベルだけ、昔ながらの黄色や青で、書体は明朝体。そこに注目し、アップデートを可能にした製品ですね。これはハードももちろんですが、ソフトウェアからすごくよく練られています。画像の文字認識機能も搭載されていて、写真を撮るだけですぐそこにあるものをすぐにラベルにすることができます。ラベルはそもそも、自分の持ち物を使いやすく区別、管理するためのものであって外に見せるためのものではなかったのが、これは商業のシーンでそのままラベルとして使えるというクオリティにまで到達しています。大量生産じゃない良さ、という価値観にもマッチしますね。

柳原 衣装ケースやその他の収納用品にも言えることですが、そのものがどんなに洗練されていたとしてラベル一つで見た目が台無しになりがちです。逆にいうと、このラベル一つで空間全体が洗練されるという、ある種の空間デザインでもあるかなと思います。コンパクトで空間に馴染むデザインですから、店頭でも違和感なく置けそうです。

マーキングペン [マークタス 2トーンカラーマーカー/2ウェイカラーマーカー]

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倉本 これも目から鱗というか、今まで何でなかったのだろう?と思うようなアイデアです。2色のペンで、それぞれの色は微妙にトーンの違う「同系統の色」になっています。グラフィックデザインの考え方として、全体をパッと見た時にまずどこに目が行くのか?情報のプライオリティ付けがしやすいか、という部分が大事なのですが、これは自分でノートを取る際に自然とその作業をサポートしてくれそうです。

原田 筆箱の中身の削減になりますし、なるべく少ない所作で、大事なところを目立たせることができますね。

佐々木 文房具って、単純に所有したいと思わせるかどうかという点で買いたいかどうかを判断される部分があると思っています。この点で、これは今までのマーカーとは一線を画す魅力があります、「文房具の魅力って、こういうところだよね!」という要素が詰まっていると思います。

ドキュメントホルダー、カードホルダー [SAND IT]

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柳原 ゴムと板だけで構成されており、とてもシンプルな構造です。一見どこにでもあるような形状ですが、使うという行為の中でその性能をしっかり発揮する製品でした。ファイルはユーザーによって中に入れる書類の枚数が違い厚くも薄くもなりますが、ファイルの構造が中身の増減を邪魔せずに、常にフラットに収納できます。カバンの中でも他のものに干渉せず、違和感なく収納できるのはいいな、と思いました。サイズは一般的なA4以外にも、名刺に適したカードホルターサイズも展開されています。ユーザーに対してプロダクトが寄り添っていく、という姿勢が革新的だと感じました。デザイン自体はシンプルで、色のカラースキームも良いです。持っていてもホルダーだから仕方ないかな、というある種の諦めを感じさせない、所有欲を満たすようなバランスの良いデザインでした。

倉本 他の応募にも見られましたが、これからプラスチックをどのように考えていこうか?という問題に応えるものだとも思います。世の中的にもペーパーレス化がどんどん進んできてはいますが、それでもまだまだ紙の出番は多いですし、クリアファイルも大量に使われていますよね。

柳原 ロゴも主張せず、所有者のことを考えたデザインに徹しているところに好感が持てました。

シャープペンシル [アドバンス アップグレードモデル]

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倉本 さきほどのユニボールワンとは、デザインの立ち位置が違う製品だと考えています。こちらは素材もしっかりとした金属が使われており、価格帯も上の方ですね。機能に加えて、持つ喜び、をデザインでどう表現するかというところに取り組んだ商品なのではないかなと思います。グリップ部分はラバー素材を使って滑り止めの凹凸をつけることが一般的ですが、これは円形に成形した金属にパンチ穴を開けることで、金属の統一感を保ちながら必要な機能を与えています。全体的に一体感のあるフォルムを実現していますよね。

佐々木 シャープペンシルは色々な種類がありますが、審査の過程で他の対象と比較してみても、純粋に書きやすいな、と感じたことを記憶しています。形状もさることながら、文字を書くという行為に真摯に向き合い、開発されたのだろうなと感じました。価格も決して高すぎるということはなく、全体的にバランスの良い製品だと思います。

レシピ本 [「ひより食堂」へようこそ 小学校にあがるまでに身に付けたいお料理の基本]

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原田 子ども向けのレシピ本、ということでエントリーをいただいた対象ですが、本そのもの以外にも、保育園そのものの活動まで含め、包括的に高い評価となりました。このひより保育園では食育に力を入れていて、その一環としてこの本が生まれました。自分たちで小さなレストランを開いて収益を得て、遠足などの課外活動の経費に充てる、といったことにも取り組んでいるそうです。ただ食べ物を作って食べる、というところにとどまらず、それが自分たちの次の体験を作るステップになる。そこまで思えるような教育をしているという点が、最も評価できるポイントだったのではないかと、私は思っています。

佐々木 VTRを拝見しましたが、保育園の子どもたちがここまでのレベルで調理ができるのかと驚愕しました。それと同時に、私たちはいかに子どもの能力を過小評価していたのかな、と気付かされました。

倉本 審査の過程で、「子どもの社会参加」がキーワードとして出てきました。私たちが子どもの頃は、祖父母との同居が当たり前、家庭の中で色々な事を手伝い、教わっていましたよね。手伝いは小さな単位での社会参加ですが、現代は核家族化が進みそのような機会も減ってきています。ひより保育園、ひより食堂は子どもの社会参加が当たり前にできる場所を作りたい、という思いからスタートしたんだと主催者からお話を伺って、腑に落ちました。全てが繋がっているんです。

原田 第二の家庭、もう一つのコミュニティとして保育園が存在している。

倉本 保育士の先生方も大変ですよね、安全に配慮する、保護するという範囲とはアプローチが全然違います。関係性が違う。

原田 webサイトご覧になりましたか?ひより保育園の Web サイトは、保育士さんや調理師さんなどいわゆる裏方の大人のこともちゃんとスポットをあてて紹介しているんです。自分たちの活動を広く「伝える」ための部分にも気が配られています

柳原 取り組みに対する評価に加え、見せ方までデザインされているところがよかったですね。

toio™ 専用タイトル [おんがくであそぼう ピコトンズ]

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原田 これは実際に触ってみてはじめて、その魅力が良く伝わるのではないかと思います。こちらが学ぼうという姿勢で向き合った瞬間から、魅力がどんどん伝わってきました。音楽で遊ぼう!というタイトルですが、音楽で遊びながら、その中で作曲の方法を自然に体感できるツールです。特に、説明書のように使うプレイブックがよくできています。能動的に音楽を作っていくという感覚を、ビジュアルで表現しています。このプレイブックを使って、遊びながらどんどん体験がアップデートされていきます。

倉本 作曲するという行為は難しい印象がありますが、単純な音を奏でるところから始めてどんどんその先へ進めるし、やればやるほど上達を感じられます。プロの方が作曲ツールとして使ったものも音源として上がっているらしく、それを子ども達が聞いたら「ここまでできるんだったら私も!」とやる気もさらに出そうです。グラフィックのコントロールもよくできています。

佐々木 さきほどの「ひより食堂」もそうでしたが、子ども向けだからこれくらいでいいだろう、満足出来るだろうという妥協が一切ないんです。今だからこそできる音楽の導入方法で、さすがだなと感心しました。

柳原 近年プログラミングツールは増えてきていて、「楽しみながらプログラミングを学ぶ」というコンセプトはスタンダードです。ピコトンズは楽しみながらプログラミングを学べることに加えて、音楽教育で感性をも磨ける。学びのその先がありますよね。

倉本 プログラミング系のツールは大人でも初見ではちょっと難しい。そこの設計は実はすごく難しいんです。

原田 学び先行のツールが多い中、遊びの裏側に学びがある点が評価に繋がりました。

まとめ・今年の審査を振り返って

柳原 審査は毎年難しいものですが、今回の審査に限って言うと、企業ごとに目指すところが明確になってきていて比較的審査しやすかったのかなと感じました。それは、進化がはっきり見えたからです。海外のメーカーは資本力もあるので、金型などに対する投資とデザインの向上が相乗効果で非常に分かりやすく良くなっています。国内のメーカーもアイデアをしっかり考えながらその目的に対して開発を行なっているということが明確に示されており、良かったと思います。

倉本 本ユニットの審査対象は子供関連製品と、文具用品です。このジャンルは本当に研究しつくされてきている成熟分野です。昔から変わらずあるもので、これ以上良くする方法があるのかな?これで十分なのでは?という製品が集まっていますが、それでも何とかユーザーの体験を少しでも良くしていこう、改善していこうとする気概を感じることができました。今年度のテーマは「交感」でしたが、私はこのキーワードを本ユニットの審査で解釈するにあたり、「思いやり」とも読み替えていました。子どもに対する思いやり、子どもを育てる親に対する思いやり、使う人への思いやり。作り手の思いやりが詰まった応募に触れて、デザインにはまだまだ出来ることがあるんだ、と勇気づけられた気がしています。近年は社会環境や製造環境への問題提起など、デザインの役割に注目が集まっています。しかし、難しい話だけでなく、ふわっと柔らかい優しい気持ちになれるような商品がどんどん増えてくると、審査していてもワクワクしますし、それが社会に広がっていくことを期待しています。

原田 子ども向けプロダクトにしても文具にしても、「触る」ことに対して開発者の方が前のめりであるというか、こうやって触ってもらいたい!という気持ちが伝わってくる審査でした。単純に触る、持つだけではなく素材の質感や音も含めてデザインなんだな、と改めて感じました。
一点お伝えしたいのは、現物審査の展示に関してです。審査では、似た見た目や用途のものが並ぶことがありますが、その際に自分たちの応募の特徴はこういうところにある、というのがもう少し分かりやすいといいかなと感じていました。自分たちの作ったものを一歩引いた目で見ていただいて、どういう風にすればより違いや個性が伝わるかということを、小さなテーブル上のスペースではありますが表現してもらえるといいんじゃないかなと思いました。

佐々木 他の審査員の方もおっしゃっていましたが、成熟分野の中での更なる進化を感じました。ここまでが限界!というような所のさらに上を目指すような、小さな改善点を追求していく姿勢には感銘を受けましたし、すごく気づかされ勉強になったところでもあります。安全性や耐久性が重要な製品に関してですが、エビデンスがないままにアピールしていただいても限られた時間では現物をじっくり使い込んで判断することが難しいことも多いので、客観的なテストデータや結果など判断材料になるものを添えて応募していただくと評価しやすいので、今後の参考になさってください。

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