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2019年度グッドデザイン賞審査報告会レポート[Unit10 - 産業/医療 機器設備]

グッドデザイン賞では、毎年10月ころに、その年の審査について、各審査ユニットごとに担当審査委員からお話する「2019年度グッドデザイン賞 審査報告会」を開催しています。本記事では、ユニット10 - 産業/医療 機器設備の審査報告会をレポートします。
グッドデザイン賞ではカテゴリーごとに、今年は全部で18の審査ユニットに分かれて審査を行いました。審査報告会では、ユニットごとに担当の審査委員が出席し、その審査ユニットにおける受賞デザインの背景やストーリーを読み解きながら、各ユニットの「評価のポイント」についてお話しいただきます。

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2019年度グッドデザイン賞審査報告会[Unit10 - 産業/医療 機器設備]
日 時: 2019年11月4日(月) 14:30〜15:30
ゲスト: 安次富 隆 委員(ユニット10リーダー)、石川善樹 委員、重野 貴
 委員、村上 存 委員

専門性の高い製品の審査では

安次富 私たちが審査を担当した医療機器や産業機器は専門性の高い商品が多いということから、私と重野さんというプロダクトデザインを専門としている審査委員に加えて、予防医学をご専門とする石川さんや設計工学をご専門とする村上さんにも審査委員に加わっていただいています。とりわけこの分野のデザインにおいては、見た目の形とか色が良いだけではグッドとは言えなくて、たとえば医療機器ですと機器を使用するお医者さんなど医療従事者にとって、また一方では、患者さんにとっても良いものでなくてはならない。とくに専門的な知識が必要なものに関しては、すべてについてではないのですが事前審査というかたちで、一次審査と二次審査の間に応募者の方にお越しいただいて話しをじっくり伺うということも行いました。

2019年度は感動的なデザインが多くて、ベスト100の中には私たちのユニットから7件も選ばれています。まずは、この7件を簡単評な価を含めながら紹介していきたいと思います。

[結核迅速診断キット](グッドデザイン大賞)

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グッドデザイン大賞を受賞した「結核迅速診断キット」の素晴らしいところは、富士フイルムがもともと持っていた技術なりノウハウが応用されているという点です。日本では結核が話題になることは少なくなりましたが、とくに開発途上国では依然として怖い感染症だそうです。WHOによれば2017年には1000万の方が罹患し、170万人の方が亡くなっている。そのような開発途上国において複雑な機器を用いずに結核菌の有無を素早く簡単に判定できるように作られていて、そこに同社が培ってきた写真現像技術の「銀増幅技術」が活用されているのです。

また一方で、このような医療器具は使い捨てになるわけですが、そこにはレンズ付きフィルム「写ルンです」で蓄積してきたパッケージングのノウハウが応用されている。このようにフィルムカメラの時代に培ってきた技術をうまく活用して作られていることが非常に優れている点だと思いますし、そのようにこなれた技術を社会貢献的に応用するという点は、感動すら覚えるすばらしいものづくりだと思いました。

超音波画像診断装置 [FUJIFILM iViz air](グッドデザイン金賞)

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続けて富士フイルムですが、グッドデザイン金賞を受賞した「超音波画像診断装置 FUJIFILM iViz air」。これまでの超音波画像診断装置は、プローブと呼ばれる測定装置と測定した結果を表示する本体が有線で結ばれているのですが、この製品の最大の特徴は、この接続を無線化したという点です。コンパクトであることと無線化されたということで、在宅医療や訪問看護の現場で画期的に取り回しがよくなった。また熟練者でなくても取り扱えるようなインターフェイスの工夫もされていて、総合的に見て非常に優れたデザインであります。

田植機 [ナビウェル NW8S](グッドフォーカス賞[地域社会デザイン])

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次にグッドフォーカス賞[地域社会デザイン]を受賞したクボタの「田植機 ナビウェル NW8S」。これは見た目の印象はこれまでのものと大きく変わらないように感じますが、ICTを活用した機能が搭載された、動くハイテク米生産機といえる新次元の農業機械として高く評価しました。今、日本国内の米の生産量が徐々に減少している中で、農家には高品質、高効率な米作りが求められています。この田植機はICTを活用した機能によって、苗を適切な間隔に植えることができ肥料も適切な量をまくことができるため、予備を用意する必要がなく、誰が操作してもこれらの作業を高精度に行うことができるものです。

根管内カメラ [ナノピクト](グッドデザイン・ベスト100)

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次はグッドデザイン・ベスト100に選ばれた吉田製作所の「根管内カメラ ナノピクト」です。虫歯などの治療の際に歯の神経、歯髄(しずい)を抜くことを抜髄(ばつずい)というのですが、その際に菌が残っているまま歯を塞いでしまうと、たいへんなことになってしまいます。そうしないために、歯髄が通っている根管の中を検査するわけですが、この製品はそのための歯科用の器具です。直径0.44mmというとても細いフレキシブル・ファイバーとしたことで、根管形状に沿って一番奥まで届くため、画像で内部を直接確認できるようになったというものです。患者にとっては痛みを伴わずに検査でき、医師にとってはコンパクトで操作性がたいへん良いという、両者に恩恵をもたらす素晴らしいデザインといえます。

歯科用ミリングマシン [CE-TOWER MD-500](グッドデザイン・ベスト100)

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次にグッドデザイン・ベスト100に選ばれたキヤノン電子の「歯科用ミリングマシン CE-TOWER MD-500」。歯科用の工作機械で、従来のものですと途中までは機械で加工して最後の精密な加工は専門の技工士が行っていたのですが、このミリングマシンは非常に高精度なため、手仕上げが不要になっています。設置環境に配慮された無駄のないコンパクトなスタイリングとともに、使用者への配慮も各所に施されていて、とても素晴らしいデザインです。

実験台 [savanna+](グッドデザイン・ベスト100)

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次にグッドデザイン・ベスト100に選ばれたダルトンの「実験台 savanna+」。実験台とは、研究施設などの実験室で使用するデスクのことで、日本の研究者だと、それぞれ専用の部屋にこもって研究に没頭することが多いのですが、さまざまな領域の研究者が同じ空間で実験を行うことで、コミュニケーションが誘発され、ひいてはそこからイノベーションが生まれてくるということを企図した「オープンラボ」という考え方があって、そこに設置するためのシステム什器です。さまざまな研究作業に適応できる自由度の高い備品類のデザインがとても入念に考えられていて、また、各所に視覚的ノイズを取り除く配慮がされていて、とても完成度の高いデザインといえます。

鉄筋コンクリート用棒鋼 [ティーエーコイル](グッドデザイン・ベスト100)

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最後にグッドデザイン・ベスト100に選ばれたトピー工業の「鉄筋コンクリート用棒鋼 ティーエーコイル」。建築で使用される鉄筋コンクリートの中に入っている鋼材です。ふつう鋼材というのは棒状なのですが、これはコイル状に巻き取られていることが画期的な点です。コイル状だとなにがよいのかというと、まず棒状だと必要な寸法に切断した際にからなず端材が出るのですが、コイル状であるためにそれを最小化できます。また、積み重ねて保管できるため、保管スペースが少なくてすむ。材料の生産から加工に至るプロセス全体を俯瞰し、解決すべき問題を整理し、問題解決のための最適解を求め実行していて、デザインの手本と言うべき手続きを踏んでいると思います。

労働力不足を補うデザイン

安次富 以上、今年のベスト100を簡単にご紹介させていただきました。これらを見ていて気づいた点があって、ご紹介した受賞対象の多くに共通しているのが、人材不足を補うためのデザインにみなさんが注力されているということです。誰でも簡単に結核菌の有無を判定できる結核迅速診断キット、熟練者でなくても扱える工夫がされた超音波画像診断装置、誰が操作しても適切な作業ができる田植機、手仕上げを不要にしたミリングマシン、その点については触れませんでしたが、鉄筋コンクリート用棒鋼にもその配慮が見られます。

そこには日本が抱える、少子高齢化に端を発する労働力不足という大きな問題があります。その中で、どの企業の製品にもなにかしら労働力不足を補おうという問題意識を感じました。その問題を補うためにハイテク技術、AIやIoTというようなコンピューター・テクノロジーを取り入れ、熟練工が持っている技を機械が代替することで問題を解決しようとしている。
ただ、確固たる根拠があるわけではないのですが、漠然とした問題意識として私がひとつ思うのは、こうしたことに対しては本当に熟考が必要だろうなということです。労働力不足を機械で補おうとしていった結果、熟練者はいらないのか、全部機械に置き換えてしまっていいのかという問題です。
機械化・自動化したプロセスのどこで人が介入していくのか、おそらく今後もっと考えていかなくてはならないと感じています。今年の審査を振り返ってみると、日本の社会問題への対応として過渡期にあるなと感じました。来年度以降の動向にも引き続き注目していきたいと思います。

さて、ここからは他の審査委員の方々からもお話を聞いていきたいと思います。それぞれ今年の審査を振り返って感じたこと、見えてきたことなどを、また先に紹介したものの補足や個人的に取り上げておきたいというものを挙げていただければと思います。

チーム・デザインとイノベーション

石川 受賞したものというより、企業のものづくりの体制的なところに注目してみたいのですが、私が2019年度の審査を振り返って印象に残ったのは、富士フイルムさんです。昨年から審査委員を務めさせていただいているのですが、富士フイルムさんはグッドデザイン賞の中で、今年の「結核迅速診断キット」をはじめ高い評価を得るようなものを多く生み出しています。

そこに共通するのはいったい何なんだろうかと振り返ってみると、審査を通していくつかのプレゼンをお聞きして、このクオリティが圧倒的に高いということが挙げられます。こういう研究があって、こういう理由でこういうデザインにしていて、ビジネス上はこういうインパクトがあるという説得力が非常に強い。ではその説得力がなぜ生まれるのかと考えてみると、チーム・デザインが上手なのではないかと思います。

同社はコア事業だった写真フィルムから、化粧品、医薬品、再生医療といった分野へと軸足を移しつつありますが、既存の人を大きく入れ替えることなく本業を転換している。一般的に商品開発でいえば、研究開発、商品企画、デザイン、営業、製造と縦割りの分業体制になるのが常ですが、今回グッドデザイン賞で高い評価を得たものについては、さまざまなセクションからの人によって編成されたチームが、上流から下流まで一貫して関わっているのだろうな、ということがプレゼンを通して見えてくるわけです。会社としてこのチーム・デザイン、チーム編成に優れているので、グッドデザイン賞で高く評価されるようなものが継続的に出てくるのではないでしょうか。

安次富さんがおっしゃったように人手不足の時代だからこそ、限られた人をどう活用して良いものをつくっていくかというときに、富士フイルムさんの取り組みは、まさにこれからの企業のデザインのあり方として参考になるなと思います。

安次富 石川さんのおっしゃるチーム・デザインは、いわゆる次へ次へとバトンを渡していくリレー方式ではなく、最初からみんなで一緒に走るというということですね。

石川 そうです。そこが特徴なのかなと思います。プレゼンを聞いていても、研究開発、デザイン、ビジネス、社会課題など多角的に説明してくださいますし、プレゼンターが営業の人だったりする。これができるのは、最初から一緒にいるんだろうな、全員が全部を知っているのだろうな、ということです。

既存の常識を覆す挑戦のデザイン

安次富 他に注目したものでというと、石川さんはほほえみブレインズの「ダイヤモンドのカット技術 O.E.カットダイヤモンド」をとくに推されていましたね。最初に拝見したときは、ダイヤモンドをデザインとしてどうやって評価するのかなあと面食らったんですが、実は、という話しです。

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石川 実はまったく新しいカット理論、それに基づくカット技術が画期的ということなんですよね。従来の業界の常識を覆して、非常識と思えるようなカットをすることで、同じ大きさでも輝きがまったく違う。実物を従来のものと見比べてみると一目瞭然で、従来のカット方法だと中心部が輝く。このカット方法だと周辺部まできれいに輝いていて、一回り大きく見える。業界の常識を変えるんだという意気込みを感じたデザインということで、個人的に高く評価しました。

安次富 おもしろいと思ったのは、ダイヤモンドカットにはオーソドックスなセオリーがあって、それは100年続いているらしいんですが、それを覆してしまった。ふつうだと覆そうとは思いませんものね。それを覆したのは、家電メーカーに長年務められた後、ぜんぜん違う業界に飛び込んでこられた方だということです。

石川 イノベーションはないと思われていた業界で起こした、まさにイノベーションです。いくつになってもイノベーションのデザインできるんだなと、すごく勇気をもらえる良い話だと思いました。

安次富 次に重野さん、2019年の審査を振り返ってみていかがだったでしょうか。

技術の継承と転用に長けている日本の伝統

重野 このカテゴリーはある明快な目的に対して、問題解決型の非常にまじめで誠実なものづくりをされているメーカーさんが多いので、個人的には正直、甲乙をつけるのがとても難しいカテゴリーだと感じています。私自身プロダクトデザイナーでもありますし、作り手側の苦労なども十分に承知しているつもりですので、応募資料を時間をかけて読みこんで、みなさんと時間をかけて議論して、丁寧で誠実な審査ができるように心がけています。

2019年度の審査を振り返ってみると、今後の世の中を変えうるような力のある提案がいくつも見られたことが印象的でした。日本の企業は創業100年を超える老舗の企業が3万社以上もあるという、世界でも珍しい老舗大国です。その理由は、日本企業は技術の継承と転用に非常にに長けているからではないかと個人的に思っています。言い換えれば、伝統と革新の両面を重んじているといってもよいと思います。

その象徴的な事例として「結核迅速診断キット」が挙げられます。写真現像における銀増幅技術を応用して新しい価値づくりをおこなっています。また。おなじ文脈で「歯科用ミリングマシン CE-TOWER MD-500」も挙げられるでしょう。もともとは人工衛星の製造などに使われている超精密加工技術を医療に応用したという事例で、5軸のマシニングセンタの医療用途への転用です。マシニングセンタというと工場に置かれたちょっと油臭い機械という印象があるかもしれませんが、この提案は静音性や清掃性、ユーザビリティ、清潔感ある佇まいといった要素すべてを最適化することで、医療の現場にふさわしい、高い完成度にまとめているというところで高く評価したい事例でもあります。

また、歯科だけにかぎらず他の分野にも転用できる要素が多分にある。最近、外科の治療で自分の骨を使った自骨治療というのが注目されています。患者自身の骨を使って骨同士を結合するので身体的な適合性が高くて、治療が終わったあともそれを除去する必要がない技術が注目されているのですが、こうした他の分野でも転用できる可能性がある。そういう意味で、将来的な可能性を秘めた提案です。

日本の企業の強みという視点で、「かけあわせのデザイン」にも注目してみたいと思います。

超音波画像診断装置 First Echo

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まず日本光電の「超音波画像診断装置 First Echo」。これはベッドサイドモニタ、いわゆる生体モニタを表示部として使用することができる超音波画像診断装置です。異なる医療機器を統合すること、これまでの得意分野と新しい技術をかけあわせて新しい価値をつくっている事例です。

人工呼吸器 NKV-330

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おなじ文脈で日本光電の「人工呼吸器 NKV-330」。多くの治療機器と同様に人工呼吸器も海外からの輸入製品に頼っているのが現状で、マスク型の人工呼吸器においては、マスクが日本人の顔型、骨格にあわずに褥瘡ができてしまうというトラブルがあるらしいんです。それを純国産で日本人に最適化したマスク形状のデザインにしたというところで意義の高い製品です。また。通常、人工呼吸器は生体モニタによって患者さんの呼吸状態をモニタリングする必要があるのですが、2台の機器を同時に使うのは効率が悪いという問題がありました。この人工呼吸器は同社の強みを生かして、別々だった2台の機器を一体化した点で革新性が非常に高く、結果的に機器自体をコンパクトにでき、可搬性を上げ、その結果として医療の質をあげ、新しい使用用途を生み出したという点で高く評価できます。

安次富 次に村上さん、2019年の審査を振り返ってみていかがだったでしょうか。

CNC三次元測定機 MiSTAR 555

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村上 個人的に注目したものをいくつか取り上げたいと思います。
ミツトヨの「CNC三次元測定機 MiSTAR 555」で、部品製造工場などで使われる高精度な測定器です。
計測時に精度を高めるためには、計測器を支えるフレームが変形しないほうがよくて、両側にフレームを生やして両側で支える、いわゆる門型といったり両持ちといった構造にする。普通はそういう構造をとるんです。ただ、両持ちにすると作業スペースへのアクセスが限られてしまう。この製品ではいろいろな方向からアクセスできるように、あえて精度を出すためには不利な片持ち梁という構造を採っています
フレームが片方にしか生えてなくて、棒が横につきでている。突き出ている棒は両端から支えるのに比べて変形しやすいということは、直感的にお分かりいただけるでしょう。そうすることによって、作業スペースへのアクセスが格段に良くなる。使いやすさのためにディテールではなく、構造の根本的なところに挑戦して結果をだしているという点で、技術的に非常にすごいことをやっている点を評価したいデザインです。

運搬支援ロボット CoRoCo-S100

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次にポイントは違いますが「運搬支援ロボット CoRoCo-S100」。なにが興味深いかというと、全自動ではありませんが、犬の散歩のようにひもを引っ張ってあげるとついてきてくれる。ひもを連結すると複数台とつながってついてくる。犬の散歩かカルガモの引っ越しかというような非常に微笑ましい光景なんです。
一般化して言うと、みなさんも経験があると思うのですが、いろいろなことが80%まではわりと順調にできる。けれど最後の20%を詰めるところで急に難易度があがったりコストが上がったりということがある。この運転支援ロボットは全自動というところはあきらめて、人が引っ張るようにすると一気に問題が簡単になるし、一台に一人つくのでは省力化に繋がらないのですが、連結して一人で誘導できるようにすれば、製品の実現性とか現場への導入性のハードルが一気に下がります。と同時に、紐で引っ張るという操作は、一回聞けば誰でも使い方が理解できる直感的なインターフェイスにもなっています。80%のアプローチによって様々な問題をうまく解決しているなという点で注目しました。

安次富 実際に使ってみるとこの凄さがわかるんですけど、いろいろな工夫がされていて、ひもは本体にマグネットでくっついていて、引っ張りすぎると外れてしまう安全機構にもなっている。人が介入して100%の力を発揮するという、個人的には非常に好ましく思える解決法だと思いました。
村上さんにはもう1点紹介してもらいたくて、手術用のシミュレータをお願いできますか。

眼科手術訓練用シミュレータ バイオニックアイ

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村上 いくつかありましたが、三井化学と名古屋大学の「眼科手術訓練用シミュレータ バイオニックアイ」を挙げさせていただきたいと思います。医師が手術をするときに、いきなり本番をやるよりはもちろん練習をしたほうがスキルも向上するし、患者さんも安心でしょう。練習するからにはできるだけ本物に近いほうが良い。たとえばバーチャル・リアリティで仮想的にやる方法があるのですが、理想は術式通りに手順や方法を確認することが望ましい。これは医学系、工学系の先生が一緒になって共同研究した成果を製品化したもので、本物の人間に近い感触で、目の中の構造も実物に近い。それを実際に切ったり縫ったりして手術の練習をするという眼科手術訓練用シミュレータです。見た目の美しさではなく、人材スキル向上を安全にかつ安価に行えるという点で非常にすぐれたツールだと思います。

安次富 これまでのお話を伺ってきた中で、いくつかこのユニットの今年のキーワードが見えてきました。技術の継承と転用あるいは応用、チームデザイン、人と道具が力を合わせていく。一方で人の技術を補う、熟練者の減少している中、それを道具で補おうという。俯瞰してみると、人と道具の関係性のバランスが非常にせめぎ合っているような気がします。
ここからはフリー・ディスカッションでいきたいのですが、言い残したこと、追加して触れておきたいことなど、なにかありますか。

タオル 5ツ星クオリティ

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石川 追加で取り上げておきたいのは「タオル 5ツ星クオリティ」です。糸の紡ぎ方に特徴があって、少ない毛羽量なんですが、ふわふわ感があって吸水率もきわめて高い、クオリティがきわめて高いものです。同時に製造時の環境負荷も大きく低減させている。デザインをするときに考慮しなくてはならない要素がいろいろ増えてきていて、その最たるものが環境に配慮しているか。ヘルスケア分野というのは、いいものを届けるというのはもちろんなんですけど、製造時の環境負荷を考えているのか、作ったあとの環境負荷を考えているのか、そこがこれからはますます問われる。そのひとつの象徴として、作り方もすばらしい、製品もすばらしいということで注目しておきたいデザインです。

独自編機と独自生地バランサーキュラー

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安次富 私は、「独自編機と独自生地バランサーキュラー」を挙げたいと思います。正確に説明しようとすると長くなってしまうので、ざっと説明すると、長いあいだ眠っていた丸編機を修理、改造して、従来にない新しい特徴を持った素材を生み出したというものです。なんでもかんでも新しい技術を使うのではなくて、昔の技術を応用しながら、丁寧にものをつくってみようという意識は、大賞の「結核迅速診断キット」にも共通する考え方だと思います。

石川 日本企業は歴史があるところが多くて、眠っている過去の技術はたくさんあると思います。大賞の富士フイルムさんの「結核迅速診断キット」も、1970年代に銀価格が高騰したところから、銀増幅技術が進化し、その技術が今、違う分野で活用される。日本企業ならではのデザインといえます。

重野 安次富さんが触れられていた経験値の高い専門職の方の人材不足は、今後さらに問題になっていくだろうということで、2点挙げておきたいと思います。

厚み計測機器 非接触光学厚み計

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粒子径測定装置 多検体ナノ粒子径測定システム nanoSAQLA

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厚み計測機器 非接触光学厚み計」と「粒子径測定装置 多検体ナノ粒子径測定システム nanoSAQLA」です。どちらも特化した専門領域での測定に対応した商品で、とくに高い技能は必要なく、誰にでも使えるというものです。人材不足という問題を、テクノロジーががカバーしていくような時代になってきているんですけど、この2点はそれを適切に解決していると思います。ただ、その関係性というのは気を使ったデザインをしていかなくてはならないのかなと感じました。

安次富 この審査ユニットの見解はそのへんで一致しているというか、人材不足とか技能の習得に時間がかかるところを機械が補いつつあるけれども、人が関わるというところをどう残すかというところが現代の課題になっているだろうなということが見えてきた今年の審査でしたね。

Q&A

質問 デザインの捉え方変わってきている中、グッドデザイン賞の審査においてもソリューションにフォーカスが当てられているような気がします。また、大賞になってくると社会的意義が問われるようになってきているように感じます。ものづくりの現場でもソリューションにフォーカスしていってはいますが、一方で美の問題というのを忘れてはならないと感じています。
形とか美しさ、美という問題をグッドデザイン賞の審査においてどのように捉えているのかということをお聞きしたいです。

安次富 今年の審査委員長が掲げた審査のテーマが「美しさ」と「共振力」でしたが、「美しさ」は難しい。主観によるところが大きくて、普遍的な基準がなかなかない。一方で「共振」は、論理的な説明に共感できれば共振力があるみたいに言い換えられる。この二律背反する要素がセットになっているテーマだと認識しました。美しさについては、このユニットの中にもいろいろ専門の方が揃っていて、それぞれに主観をもっていると思いますので、それはお互いの主観をぶつけ合えば良いのではないか。そこに、共振力という箍(たが)が間をとりもっていて、共振性があるのかどうか、社会に対してメッセージ性があるのかというものがセットになっているテーマだと認識しました。

現代のものづくりでは、考えなくてはならないことが多岐にわたっていて、デザインにおいても非常に広範囲を気にしながらしなくてはならなくなっている。デザインの結果は、その全部の集合体で、美しさというのは、その集合体としての結果を構成する諸要素のバランスがうまくとれている状態なのではないかと思います。ただ見た目にフォルムが美しい、色が美しいというというような美しさではなくて、ものづくりに関わる様々な要素、技術的なこと、操作性なども含めた総合体としてバランスが取れているのが美しさではないかと思うんです。

石川 美しいということの定義が総合力を問われる時代になっていているのかなと思います。審査においても、フォルムやビジュアルとしては単純に美しいのだけれど、文字が小さすぎたりボタンが押しづらい、操作しづらいよね、というのは結果的に美しくないのではないかという議論がありました。操作性を重視するためには、ちょっとビジュアルを落とさなくてはならない。しかし結果としてそちらの方が、今の時代、美しいという共感を得るのかなと思います。

美しさは必ずしも感性的なものではなく、機能として捉えてもいい

重野 医療機器と美しさって、あまり関連しないように感じる方も多いかもしれませんが、医療の分野でも美しさという要素が重要になってきています。美しさって人の感情を左右しますよね。人の感情を左右するということは人のバイタルに影響するということ。人のバイタルに影響するということは、美しさは機能だよね、という考え方です。
アメリカの病院の調査で、きれいな病室とそうでない病室に入院した患者さんを比較すると、きれいな病室の患者さんの方が薬の効き方が有意に高かった、という調査結果があります。美しいことが人の健康に関わるということは、ひいては医療費の削減につながってくるということで、アメリカの病院ではリフォームがさかんに行われている。そういう意味では美しさは必ずしも感性的なあいまいなものではなくて、機能として捉えてもいいのかなという時代になってきている、と考えています。

村上 私は美術系ではなく工学系の人間なので、その立場から設計とデザインの関係やデザインにおける美しさが設計においてはどのような意味を持つのかを自分なりに考えたり学生に説明したりしています。
いわゆる数学的な美しさがあって、同じ問題を解くのでも、ノート1ページいっぱいに式を展開して解けましたという解き方もあるけれど、うまい補助線を一本引くだけで3行で答が出るという解き方もあって、ではどちらが美しいのかというと、後者が美しい。
たとえば「結核迅速診断キット」の、構造自体は簡単なものだけれども、従来の高額な機器と同等の精度で、より素早くより簡単に結果を知ることができるという解決法は、これは非常に美しく問題を解いていると言えます。
私が学生に伝えるのは、今の時代におけるデザインの美しさとは、美術的な美しさだけではなくて、解きたい問題をどう解くかの、解き方の美しさということを評価するべきということです。

安次富 今、私がとても勉強になりました(笑)。すごく良いまとめをいただいたと思いますので、本日はこれまでにさせていただきたいと思います。みなさま、ありがとうございました。

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