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【グッドデザイン賞受賞者に話を聞いてみた】小学生店長みいちゃんのお菓子工房ができるまで

こんにちは!グッドデザイン賞事務局広報の塚田です。

グッドデザイン賞では、デザインが社会においてできることを示していくために、「フォーカス・イシュー」という取り組みを行っています。

フォーカス・イシューでは、グッドデザイン賞の審査委員から選ばれたディレクターのみなさんが、それぞれのテーマに応じて、その年のグッドデザイン賞受賞作とデザインのこれからについて提言を出します。(過去の提言例

今年度は内田友紀さん、川西康之さん、原田祐馬さん、ムラカミカイエさん、山阪佳彦さんの5名がディレクターを務め、グッドデザイン賞受賞作の読み解きを進めてくれています。

今回の【グッドデザイン賞受賞者に話を聞いてみた】は、ディレクターの内田さん、川西さん、原田さんが、今年度の提言を出すにあたって、ぜひ一度訪れてみたい!と熱望された2020年度グッドデザイン金賞受賞作「みいちゃんのお菓子工房」に行き、このプロジェクトを動かしている杉之原千里さん(みいちゃんのお母さん)と建築を担当された水本純央さん(株式会社ALTS DESIGN OFFICE)に伺ったお話をご紹介します。

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みいちゃんのお菓子工房とは?

このお菓子工房は、自宅以外の場所では声を出して話をすることができない「場面緘黙(かんもく)症」を抱える女の子(みいちゃん)の、“パティシエになりたい”という夢を叶えるために、小学6年生だった今年の一月に作られました。

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工房では、実際にみいちゃんがケーキをはじめとする洋菓子を作り、月数回だけオープンして店舗で販売するほか、通販にも対応。

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すでに多数のメディアに取り上げられ、開店時には多くのお客さんが訪れて繁盛しています。

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障がいを抱えた女の子が店長の“お菓子工房”ができるまでには、どのような道のりがあったのか、まずは、お母さんの杉之原千里さん(以下千里さん)にお伺いしました。

お菓子工房のできるまで

みいちゃんは保育園の時、友達と喋れなくなり、小学校に上がってから環境の変化によってさらに症状が悪化してしまい、「場面緘黙症」と診断されました。

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杉之原千里さん

「“場面緘黙症”という言葉自体、その時初めて聞きました」

その状態を理解し、受け入れて、アクションを起こすことができるようになるまでは簡単ではありませんでした。

「いろんなことがありました。いきなりここまでたどり着いたわけではないです」

小学校では不登校を経験し、中学1年生となった今も、学校とリハビリの両立を図っています。

「人とコミュニケーションが取りづらいので、一般の就労も難しく、将来に向けて、この子が自立できる居場所を作らなければいけないと思いました」

みいちゃんの特性を見極めるため、いろいろなことにチャレンジし、気づいたのがお菓子作りが好き、ということ。

「小学校4年生の時にお菓子を作り始めました。とにかく集中力がすごくて、いざ取り掛かるとずっと作っているんです」
「デザイン性や見せ方も上手で、インスタグラムにあげている写真も自分で撮っているんですよ」

みいちゃんは、作ったお菓子写真を載せるインスタを始めたことで、コメント欄でフォロワーの人たちとコミュニケーションができるようになりました。

そして、マルシェへ出店したり、地域の男女共同参画センターを利用してスイーツカフェをお試しで出店したところ、好評を得たことから、千里さんは、心の変化を伴う思春期を迎えるまでに、お店を作ってあげることを決意しました。

「まずは、労働基準監督署へ行き、将来の自立を目的として義務教育中に就労訓練を始める場合の労働基準について相談しました。結果として、母親の私がオーナーであれば、娘が店を手伝うのは、家事手伝いに該当し、問題がないということがわかったんです」

次に、限られた予算でお店を作るために、みいちゃんの祖父母宅の敷地内で土地を用意し、複数の工務店を訪ね歩いて、なんとか用意できる金額内で実現できないか交渉しました。

その中で出会ったのが、水本さん率いる株式会社ALTS DESIGN OFFICEです。

デザインの力で、可能性を引き出す

「正直採算を度外視しているところはあります」と苦笑する水本さん。

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水本純央さん(右から二人目)

自ら施工業者や大工さんに掛け合い、限られた予算内での竣工を実現させました。

「みいちゃんのがんばりをデザインの力でうまく引き出したい、という想いと、この建物をきっかけに世の中から注目されて、同じように苦しんでいる子どもたちや保護者の支えになったらいいなと思って、引き受けました」

住宅街の奥まった場所にあるため、遠くからでも見つけることができ、目印となるような、かわいらしいトンガリ屋根の建物に仕上げています。

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「敷地が道路の突き当たりになっているので、存在感がありすぎないように、抜け感のある建物にしようと考えました」

建物の半分はガラス張りにし、外から中の様子を見ることができるようにして、人が自然と立ち寄りたくなるような、地域に開いた作りにしつつ、もう半分でしっかりとプライバシーを確保しました。

「みいちゃんは工房で働いていて、なかなか外に出るのが難しいので、中からでも空の様子が見えたり、外の風景を感じられるスペースになればと思ってデザインしたんです」

そしてもう一つ特徴的なのは、販売スペースと工房との間にある、すりガラスです。

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このお店は、中学校卒業時にグランドオープンすることを目標にしているので、みいちゃんが徐々にでもお客さんに慣れるように、気配を感じながらお菓子作りをできるようにするという目的で設置しました。

「これから、少しづつ克服できることを願っています」と語る水本さん。

「今回みいちゃんとの関わりを通して、人に寄り添う空間づくりの大切さを改めて感じました。これからも建築家として、デザインを通して豊かな空間を作ることによって、人が楽しくなったり幸せになるような建物を作っていきたいと思っています」

すりガラス越しに見るみいちゃんは、とても手際良く次々とお菓子を作り上げていました。

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「計画段階で水本さんの持ってきてくれた、まるで夢の国のような模型を見て、あの子が、絶対にこれがいいと言いました」と千里さん。

「一時小学校に行っていない時もあったんですが、水本さんのプランを見てまた学校に通いだしたんです。生きがいができたというか、生きていていいんだと思ったのかもしれない」

工房オープン、そしてこれから

厨房機器は、クラウドファンディングによって導入し、2020年1月26日に小学6年生の店長によるお菓子工房がオープン。
今ではメール会員が1,000人を超え、販売開始を告知すると、すぐに予約が入る状況になりました。

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オープン当初は、指定されたホールケーキの注文を受けて作るスタイルでしたが、常に新しいケーキ作りにチャレンジしたいという思いから、みいちゃんの作りたいものを作る「みいちゃんのおまかせケーキ」のみの販売という方法に変更。自分で製菓の本を読んで勉強し、オリジナルのレシピを作るのにも熱中しています。

なぜこのようなことが実現できたのでしょうか?という問いに、「暗闇から抜け出す方法が他に見つからなかったんです。一つの選択肢しか見えない、切羽詰まった状態だったんだと思います」と答えてくれた千里さん。

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「外では体は動かないし、しゃべれないけれど、家の中では普通の女の子。お話もできて体も動く。どこに相談に行っても、でも、自宅ではできるんですよね・・と言われてしまう。ものすごく生きづらさを抱えているけれど、それを理解してもらえない“グレーゾーン”に存在する子なんです。こういう子たちには、制度が行き届いていないし、サポートも行き届いていない」

「そしてこのまま義務教育を卒業し、社会に出ていく手段が見つからなかった時、きっと自宅に引きこもってしまう。娘のことを一番理解している母親の私には、そんな将来がすぐに想像できました」

現行の支援制度についても、もっと自立を応援できるあり方に変えられるのではないかと感じています。

「障がいを持った方が起業する場合、起業できる能力があるとみなされ、支援がありません。しかし、私がオーナーとなって障がいを持った方を雇用するという形だと、障がい者雇用の支援対策があり、手厚いのです」
「障がいを持った方が、自分の居場所を作るために起業することの方が、関係者を含め、はるかにエネルギーが必要なので、そこに支援の光が当たるようになれば、私たち親子と同じ道を歩もうとする当事者がまちがいなく増えるはずです」

同じような障がいを抱えていたり、何らかの事情で、家に引きこもっている子どもを持つ保護者の方には、これまでの常識をいったん白紙にして、まっさらな気持ちで考えてみて欲しいと願っています。

「私たちがやったことと、まったく同じことをするのは難しいとは思います。けれど、子どもは可能性をいっぱい持っていることに気づいてあげて欲しいです。学校に行かせるだけがすべてではないのですから」
「この工房は、子どもを大学まで通わせる教育費と完治が約束された治療費、唯一の社会への自立方法だと考えればいい、そう思うと、今すぐにでも実行しなければ、という気持ちになったんです」

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最後に今後やってみたいことを聞いてみました。

「最初は収支トントンでも居場所さえあればいいと思っていましたが、今は将来一人前のケーキ屋さんとしてやっていけるようにしてあげたいです」

「そして、できるならば、いつか店舗数を増やしてみたいです。離れていても近くにいるように感じることができる、遠隔操作のようなテクノロジーを駆使して、日本中の同じような悩みを抱える人たちと、一緒に何かできないかと模索しています」

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