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動的平衡としての公共空間〜2021年度グッドデザイン賞 審査ユニット14(建築(公共施設)・土木・景観)審査の視点レポート

グッドデザイン賞では、毎年その年の審査について各審査ユニットごとに担当審査委員からお話する「審査の視点レポート」を公開しています。グッドデザイン賞では今年、カテゴリーごとに18の審査ユニットに分かれて審査を行いました。審査の視点レポートでは、そのカテゴリーにおける受賞デザインの背景やストーリーを読み解きながら、各ユニットの「評価のポイント」や「今年の潮流」について担当審査委員にお話しいただきます。
本記事では、審査ユニット14(建築(公共施設)・土木・景観)の審査の視点のダイジェスト版をレポートします。
ダイジェストではない全部入りは、YouTubeで映像を公開していますので、よろしければこちらもどうぞご覧ください。

2021年度グッドデザイン賞審査の視点[Unit14 - 建築(公共施設)・土木・景観]
担当審査委員(敬称略):
伊藤 香織(ユニット14リーダー|都市研究者)
五十嵐 太郎(建築評論家)
西村 浩(建築家・クリエイティブディレクター)
平賀 達也(ランドスケープアーキテクト)

まちづくり [ジョンソンタウン]

まちづくり [ジョンソンタウン](株式会社磯野商会+渡辺治建築都市設計事務所)

伊藤 グッドデザイン金賞を受賞した「ジョンソンタウン」は元・米軍入間基地の前にある米軍向け住宅地を再生させた賃貸住宅地です。元々あった米軍ハウスと、新しく作った平成ハウスという家屋が混ざっている独自の町並みが特徴的です。加えて、そこには独自のライフスタイルもあって、それが調和してすばらしい町並みを作り出しています。オーナーと建築家が、こういう住宅地にしたいという理想像を持って町づくりをされているのがとても印象的です。社会福祉法人も入居していて、インクルーシブな町づくりを目指している点も印象的でした。

西村 米軍ハウスを残していることで、長年使用されてきた時間軸が積層され、濃厚な秘伝のタレのようになってきた町だという印象を受けました。審査の後、実際に現地を見に行ってみました。たぶん入れ替わりもあるのでしょうが、そこに居住している方々のライフスタイルがみなさんとても個性的でした。中には雰囲気壊すような人がいてもいいはずなんですが、それがないというのは、おそらく最初のころにテナントを誘致したり、住む人を決めたりするときに、こだわりを持って選定してきたという初動がよかったのではないかと思います。それである程度雰囲気をつくり出したときに、それに見合う人がどんどん集まってくる町になっていくという成果が功を奏していると思いました。すぐ近くに公園もあって、周辺の環境とも連動しています。こういった古いものでもこだわりを持って使っていけば、いい町になるという好例だと思いました。

幼稚園 [小郡幼稚園]

幼稚園 [小郡幼稚園](学校法人片山学園+有限会社無有建築工房+株式会社安成工務店+岡﨑木材工業株式会社)

西村 今回、幼稚園や保育園など子ども施設の応募も多くありました。社会的に子どもの教育をもう一回見直そうという動きや、都市圏で言えば待機児童問題があったり、そういった意味で保育施設や幼稚園の施設の応募が多かったのかと思います。この施設については、ぱっと見て、本当に雰囲気がある幼稚園だなと思いました。まず一つ、分棟でできているのですが、その分棟の在り方が、グラウンドや園庭の関係性から見ても、昔懐かしい集落の中にある広場のような雰囲気があって、幼稚園という施設にいるというよりも、集落の中で過ごしているという感覚がある場所だと思いました。
こういうところで子どもたちが育っていくと、きっと幼稚園の思い出というよりも町の思い出として残っていくのではないかと思います。もう一度、町に帰っていこうというきっかけになりそうな幼稚園であるという点がすばらしいと思いました。あとは、ふんだんに木が使われていて、林業と関係しながら、木をくり抜いた中で暮らしていると感じられるぐらいに、圧倒的な木の力を感じました。

五十嵐 これは縦ログ構法という工法も独特です。横に積むログはあるのですが、こちらでは縦に積んでパネル化して、地産の木を使って、地元の工務店でも加工できる簡単な施工方法にしています。縦ログ構法は、震災後に福島から始まった新しい木の使い方で、特許もあるのですが、自由に利用することができます。今、CLTも木を使うこともあるのですが、CLTだとどうしても大工場で加工しなければならず、そこで地元にお金が落ちないという点があるのに対して、この縦ログ構法では地元の木を使って加工もでき、地元で使うことができるので、地元で完結できるという意味で、まさに地域社会デザインという点でもつながっています。それが全国に広がっているんだなということをこの作品で強く感じました。

公共施設 [高田松原津波復興祈念公園 国営 追悼・祈念施設]

公共施設 [高田松原津波復興祈念公園 国営 追悼・祈念施設](株式会社プレック研究所+株式会社内藤廣建築設計事務所)

五十嵐 この「高田松原津波復興祈念公園 国営 追悼・祈念施設」は、グッドフォーカス賞[防災・復興デザイン]を受賞しています。東日本大震災の後にさまざまなメモリアル施設ができたのですが、こちらは国立のものとして最も重要なプロジェクトだと思います。ある意味とても分かりやすいデザインで、海に向かって祈りの軸を設定しています。これ自体は例えば、丹下健三さん設計の広島の平和記念資料館もそういう軸線を作っていたのですが、逆にとても現代的だなと思ったのは、軸線を用いつつも、それを建築だけで作り上げるのではなくて、防潮堤を含む土木、あるいはランドスケープといったそれらを総合的にデザインしてまとめ上げたというところに現代性があります。そこがとてもポスト3.11の建築だという気がします。
さらに伝承館の機能も持っていて、もう一つ、震災以降も直行する別の軸線上に乗っているのですが、道の駅というとても現代的な商業施設がそれに敷設されていて、その組み合わせについてもかつてはなかったものであり、ここもある意味での現代性かなと思いました。

平賀 これは内藤廣さんの設計事務所とプレックさんという建築家とランドスケープの事務所の共同の設計による提案なのですが、建築なのか、土木なのか、ランドスケープなのかというところを超越して、場所性というものにとことん向き合い続けたものだと思います。いわゆる「建築」ではないと思うんです。僕の中ではこれは本当にランドスケープだなと思っています。審査の後、内藤廣さんが書かれた『建築の難問』という本を読んだのですが、その中で内藤さんが「新しい凡庸さ」ということをおっしゃっていて、作家性をとことんそぎ落としていったときに残るもの、それが未来の希望になるようなもの、そういう覚悟のようなものというのか、形ではない、ある意思みたいなものを非常に感じるデザインだと思います。
たぶん、行く度に受ける印象が違うのではないかと思います。そこに広がる自然を取り込む一つのエリアであり、きっかけであるからだと思うんです。ですので、地域の人は日常的にここに訪れて、この場所に対する思いをより深くするでしょうし、私のような東京に住んでいる人間が行ったときには、また全く違う体験が用意されている場所だと思います。そういった非常に優れたランドスケープのデザインだと感じました。ランドスケープというのは、作家性は問われないんです。そこにあるということが自然に見えるということだと思うので、私としても考えさせられる作品でした。

教育施設 [梅光学院大学 The Learning Station CROSSLIGHT]

教育施設 [梅光学院大学 The Learning Station CROSSLIGHT](学校法人梅光学院)

平賀 こちらは山口県下関にできた梅光学院大学の施設です。シームレスなワンルームなのですが、ものすごく居心地のいいほら穴感がある気がします。シームレスにつながっているのですが、自分の居心地のいい場所があるというような、アクティブ・ラーニングというキーワードを基に、学生や先生たちが議論できる場がつくられています。新しい挑戦であるがゆえに、今も使い方は試行錯誤されていると思うのですが、そういうことも含めて刺激がある学びの場をつくられていると思います。
場所に明暗があるので、そこに視線が伸びたり、壁には暗い影が落ちているところがあるので、そこにプロジェクターを当てたりすることもできます。そういった空間の魔術師的な工夫があって、上手につくられた空間だと思います。

五十嵐 地方の大学では学生数も減少して、危機的な状況だったということもあり、組織改革やカリキュラムの再編といった大胆な組織再編が行われるといった流れがあります。その流れの中で、このプロジェクトは非常に思い切った新しい空間の形式を提示していますし、それを実際に実現したプロジェクトになっていると思いました。例えば、普通だと教室と廊下の区分けがあるのですが、その区分けもはっきりなくて、廊下のあらゆる場所も学びの場になり得るし、オフィスもフリーアドレス制になっています。学校でもあるのですが、新しいオフィスのひな型にもなりそうですし、そういう意味で発明的な空間の在り方を生み出したということが高く評価できると思いました。

平賀 下関という場所は土地に起伏があるので、ランドスケープの視点からみると、この建物には地続き感があると思います。建築という形態だけ見ると人工的なのですが、空間体験として、そこで生活している人になじみやすい空間操作をしているのではないかと思います。そこはもう形態論ではなくて、地域バナキュラーというのか、その場所ならではの地続き感をワンボックスで大きな一つの屋根の中だから作れているのではないかと思います。だから、これも建築でもあるのですが、一つのランドスケープといってもいいような、そういう空間体験だと思いました。

公園[盛岡市木伏緑地]

公園[盛岡市木伏緑地](ゼロイチキュウ合同会社)

西村 こちらは、東北新幹線の盛岡駅から歩いて5分ぐらいのところにある緑地で、北上川が流れるところにあって、元々は細長い公園だった場所です。あまり使われない細長い公園だったところを、パークPFIという最近増えてきた手法を使い、民間の投資によって収益を上げながら公園を活用・維持管理をしていくというプロジェクトです。
川と町は隣にあっても実はつながっていないことが多く、たいてい管理用通路というものがあって、そこは河川の空間として立ち入ることができない場所が多いのです。今回、川に面した公園という立地を生かして、川に接する気持ちのいい空間を作り上げたことよって、盛岡という町の風土的な資源である北上川が価値を帯びて見えるような場所になりました。シビック・プライドが醸成されるきっかけになっています。店舗のテナントとしても、地元の資源を使った地元のお店が多く入っていて、地域の中にお金が落ちるという仕組みも作られているということもうまく設定されています。風通しも良く換気もいい空間で飲食ができる環境も作られていて、今はコロナ禍もありますし、これからの屋外空間の価値を体験できる場所になっているのではないかと思います。こういった公共空間は日本中にたくさんあるので、積極的に民間と手を組んで活用していくと、地域の価値も改めてクローズアップすることができるという、いい事例だと思いました。

伊藤 水辺が町にあるというのは資産だと思います。自然環境と町が接するところがあるだけで、町にはそれだけ価値が生まれます。この場所は盛岡駅から近いのですが、ちょうど駅前の賑わいがなくなってきた辺り、旧中心市街地にもまだ入らないところで、中途半端な場所だったがために、あまり川の水辺という魅力が顧みられていない場所でした。これができたことで周りへの波及効果もありますし、町の資産である水辺が生かされて、水辺の使い方がまた創発されてくるのかなと思います。場所自体のポテンシャルを上げている、とても魅力的なプロジェクトだと思いました。

美術館 [アーティゾン美術館]

美術館 [アーティゾン美術館](公益財団法人石橋財団)

五十嵐 こちらは1950年代に設立されたブリヂストン美術館が、新しく高層ビルに組み込まれて生まれ変わったものです。いわゆる公共建築ではないのですが、石橋財団が日本でも公共美術館が作ろうと、いち早く立ち上げたものが今も継続されていて、都市型の美術館として新しい、精度の高いデザインを実現したという点がポイントだと思います。
展示環境にも新しいテクノロジーを導入したり、サインから什器まで含めてトータルに空間をつくっています。面白いなと思ったのは、ビルの中の美術館なので、館内に入ってもいろいろな場所で外への視線が確保されていて、都市空間を感じながら美術を見ることができるということを実現しています。こういった豊かな体験というのは、サイズは違うのですが、個人的にはニューヨークのMOMAに似ている気がしました。都市の中にいるということと、美術を鑑賞しているということが、完全に閉じた箱ではなく、空間体験として作られていて、それに近い印象をここでは得ることができます。

平賀 東京駅という日本を代表する駅のすぐ近くにあって、かつ丸の内側とは歴史的な背景の違う八重洲側にあります。八重洲では、さまざまな企業が個別にビルを造っている点が丸の内とは違う特徴だと思いますが、そういう中にあって、低層部にこれだけ豊かな公共性を持った美術館をつくり、都市のコンテクストの中に上手に組み込んでいるということがこの建物の一番の魅力だと思います。
八重洲も再開発事業などでこれからどんどん様変わりしていくと思うのですが、こういった良質な公共空間を備えた建築があの場所にできるということの強い意思といったことを高く評価したいと思いました。旧ブリヂストン美術館の一ファンとしても、この再生はすごくうれしかったです。

サインシステム [コロナワクチン接種ウェイファインディングシステム]

サインシステム [コロナワクチン接種ウェイファインディングシステム](国立大学法人千葉大学)

平賀 これは私の一押しなんですが、ワクチンの集団接種という社会要請に応えるための接種プロセスのシステムです。例えば、自治体が市民宛に「接種会場に来てください」と送る書類の中身も含めて、トータルでデザインされています。ウェイファインディングというのは、どこに行けばいいかというシステムの提案です。かなり早い時点でこの提案がされて、このデザインの考え方がいろいろな自治体で使われているとお聞きしています。コロナ禍にあって、皆さん緊張感やいろいろな思いを持ってワクチン接種に来ると思います。そのときにこのサインシステムがあることで、落ち着いて待つことができて、誘導している人も自信を持って誘導できているような、そういう感じがしました。短期間でスムーズにワクチン接種ができた背景には、こういった優れたデザインがあったということを声を大にして伝えたいと思います。こういった有事の備えを誰もがしっかりできていなかったということを反省する中で、自治体からの要請を受けて、大学の研究室ですぐにデザインを立ち上げて、共同で考え出したという姿勢も含めて高く評価したいと思いました。

西村 私は当初、このサインシステムの価値がいまいち分からなかったんです。ですが、この審査の後に私もワクチン接種を大規模接種会場に受けに行ったときに、この価値がよく分かりました。パンデミックという状況は、ほとんどの人が初体験だと思うのですが、大規模接種会場で、ものすごくたくさんの人が全員マスクをして、誰もしゃべらないという空間は異様でした。そこには接種しにきた人もいるのですが、ものすごい数の誘導係員の方がいらっしゃいます。本当に大変だと思いました。そういう意味で、このシステムで効率よく、安心して、しかもデザインも雰囲気として少しほっとする感じがあるということが、初体験のこのパンデミックの中ではすごく大事なんだなと思いました。だから、確かに良さが伝わりにくいかもしれないですが、初体験のパンデミックというときにこのサインシステムが早期に生まれていたということは大きく貢献していると会場に行って実感しました。

今年の審査を振り返って

伊藤 今年は分かりやすい傾向というのは意外となかった気がしています。ランドスケープの事例が少ないというのが一つと、教育施設が多いというのが傾向としてはありました。コロナ禍でオープンスペースの価値が見直されているときに、意外とランドスケープが少ないのは、作るのに時間がかかるからすぐに対応できるわけではないので、偶然かもしれませんが、もっといろいろ見てみたかったと思いました。
公共空間、公共施設や教育施設は、交流の空間を中心に置くというのがトレンドというか、多いという印象です。ただ、それが何となく似て見えてしまうのは、当然プログラムが要請する形式というのがあるので、そうなってしまうのかと思いながら見ていたのですが、先ほど出てきた梅光学院も同じように交流の空間はあるのですが、他とは全然違う見え方をしていて、ユニークだなと感じました。

平賀 僕らランドスケープアーキテクトはちょっと一歩引くみたいなところがあります。グッドデザイン賞の中で、凡庸さのようなものをどう受け止めていくのか。これだけ社会が成熟して、パンデミックの中で、自然の豊かさが求められていると、作家性はいらないと思うんです。例えば、建物を分割することで町っぽく作ったクリニックだったり、保育園も一棟ではなくて、分棟にして、ちょっと街路的な、町の路地の延長線上として保育園を造るなどして、作家性を消すために町の延長線上に置いてみるといったことがあると思います。コロナ禍がきっかけなのか、人口減少なのか分からないのですが、何がグッドデザインかということの転換期にも立っているのではないかと思います。海外の、特に中国や台湾からは、ランドスケープの提案が多くあって勢いを感じました。その国の状況によって評価の軸も違ってくる気がします。

五十嵐 台湾の新竹市からは、あらゆるプロジェクトを町ぐるみで出しているぐらい多くの応募があって、勢いもありました。ただ、説明がすこし分かりにくいのが気になっていて、もうちょっと必要な情報とか図面があればよかったなと思いました。ちょっともったいなかったかなという気がしました。

伊藤 特に海外の場合、社会的な状況や町の状況を、審査委員のほうが的確に捉えられていない場合が多いので、その作品だけではなく、それが置かれている状況や背景も説明を入れてもらえると評価しやすいかもしれないですね。

西村 その応募者がデザインに対してどういう解釈をしているかということがとても大事だと思います。同じ作品でもどう解釈して説明するのかということで全然違ってくると思います。そういう意味では、さきほども少し話に出ましたが、型にはまった説明がとても多くて、何が違いなのかが伝わりにくいんですよね。もちろんビジュアルは違うけれど、やりたかったことや、社会に対して貢献している内容が全く同じという説明のものが多くありました。もっと多様なデザイン思考があってもいいし、チャレンジもあっていいと思うのですが、そこが小さく収まっているという感じがしました。

平賀 みなさん応募するからには受賞したいので、フォーマットにこだわりすぎているのかもしれません。だから、そこはもうちょっと自由に出してもいいんだよという我々のメッセージは、こういう場所で言っていったほうがいいのかもしれないですね。

伊藤 そういう求められる正しさがあるように思われているのかもしれないですね。

平賀 今回審査してみてすごくよく分かったのは、やはり大海の中にきらめく一つみたいな、そういったものがないと良さを見出しにくいと思いました。それは審査する側の眼力も問われるということでもあるのですが。

西村 我々審査委員も、書いてあること以上に拡大解釈して評価するわけにはいかないので、これはこういうところが本当はいいよねというところがあっても、本人が思っていないことだとその評価はしづらいんです。違っているかもしれませんし。

五十嵐 今回ランドスケープの応募は少なかったかもしれないですが、木伏緑地や、町づくりのジョンソンタウンなど、個人的にはグッドデザイン賞だからこそ出会えるものに出会えた気がしています。サインシステムも、場合によってはこの審査ユニットに応募しない可能性もあって、ここに応募されたことで出会うことができています。そういうところが面白いところでもあると思います。型にはまったものがどうしても難しかったという印象があります。

西村 インフラというと普通は公が用意して、地域を支える的なイメージがあるのですが、それが公と民の間で揺らいできているというところに可能性を感じます。なかなか伝わらない説明が多いプレゼンというのは、公の枠組みの中で民がどう関わるかみたいな話が多い気がします。もう少し民が主導しているところに公が乗っかって公共物になるというようなやり方が最近は面白くなってきていますよね。

平賀 そういう意味では木伏緑地が面白かったのは、市の方から声を掛けられて、自分たちで提案したんですよね。川べりでビール飲みたいと。そういう肩の力の抜け具合は逆にすごくいいなと思いました。

西村 やっぱりこれからは、社会のインフラを行政がやるというよりも、できるだけ多くの市民が少しずつ負担して、維持をしたり面白くしたりという、もう少し冗長性のあるインフラのようなものが大事になってくる気がしています。その柔らかさが市民の拠り所になったり、地域の可能性を見いだしたりといったものに変貌してきている感じがします。

伊藤 それぞれの人がやれることを見つけながら面白がってやっている、というのはいいですよね。例えば、川沿いの公園が使われていないからそこでビール飲みたいとか。できるところから始めて、気負いすぎない感じが結果的に脆弱ではない社会をつくっているのかもしれません。

西村 例えば、地球環境温暖化に対して世界中が取り組んでいるときに、公共、行政だけががんばるぞと言っても何も変わらないわけです。一戸一戸の住宅や、一人一人が日々地球環境のことを考えて、小さなことでもやることによって達成できます。だから、地球レベルで見てみても、小さな活動や行動の集合体が強くするということが、少しずつ体感として分かる事例が増えてきたという気がします。

平賀 基盤は社会を持続させたり、人間の生命の維持に貢献したりするものだと思うのですが、それらが点であったとしても、面としての都市の中で、ああいった良質の公共空間を提示するということは基盤になり得ると思います。それがおそらく建築が持っている力だと思います。僕らの業界では景観10年、風景100年、風土1,000年と言うのですが、少なくとも風景にしていかないといけないし、風土に持っていかないといけないと思います。そういう視点でデザインをもう一回見直してみるというのは、とても大事な気がしました。

五十嵐 グッドデザイン賞は受賞するとクライアントにもとても喜んでいただける賞です。建築の世界だと建築学会賞のほうが格上なんですが、たぶん建築学会賞を取ってもクライアントはあんまり知らなくて、グッドデザイン賞は知名度があるので、そういう意味ではグッドデザイン賞はクライアントの意識を変えていく可能性もすごくあると思うんです。社会的な影響力があります。だから、アーティゾン美術館のように本当にしっかりとクライアントがプロジェクトに関わると、いいものができて表彰されるということが、こういう場を通じて示せたということは、これ自体も一つのメッセージになるのかなと思いました。

西村 今の時代は、もうだいぶ前からですが、選択肢が増えていて、海外ともつながっているし、物流もどこからでも材料を取れるし、情報もすぐ集まるし、だから、逆に言うとその中から何を選んで、どう行動するかという意思表明をきちんとやっていかなければならないと思います。
たぶん、そのときに行政が作る公共施設でそうなりにくいんです。住民の合意で平等に公平に意見をまとめて作りますとなるから、型にはまってしまう。その民間との違いがすごく出てきたなという感じがします。だから、民間が関わることによって、公共の空間が面白くなれるということが少しずつ見えてきたという傾向があるのかなという気がします。

平賀 地方の仕事をしていると、当事者との直接の対話の量が非常に多くあります。でも、大規模開発や都心などで、それがある組織の中の一部の人との会話だけになると、本質までたどり着けないんです。夢を持ってこの仕事に関わっている人が多いので、議論する中で、ちょっと首の後ろが熱くなる瞬間があるじゃないですか。そこまでたどり着けていないからだと僕は思います。それは数の問題ではなくて、当事者意識を持った人たちが直接会って話し合えているかということなのかと思います。

西村 僕は渋谷の開発の委員として関わっているのですが、全貌を把握できないんですよね。全貌を把握している人はかなり少ないと思います。その中で物事ができていくということが怖いなと思っています。たぶん、東京の開発はそれを成立させるためにはシステムが必要だと思うんです。そのシステムがあるばかりに同じようなものが乱立するということが起こっているのかなとも思います。地方では、本当にコミュニケーションで成り立っているから、あの人があんなことを言っていたから変えようよということが頻繁に起こるわけです。面倒くさいと言えば面倒くさいのですが、でも、そこに重要な、言っていた人の思いがちゃんと伝わって、体温のあるものづくりがされるというのが地方都市での特徴かなと思います。

平賀 僕はそれが新しい民主主義だと思うんです。新しいという言葉が正しいかどうかわからないですが。49対51で決めないというか、なるべく全員で合意形成をはかるべく議論するというのかな。

西村 やりながら確かめるということが増えてきましたよね。社会の未来が分からないから、動かしながら平衡させていく。見えない社会にフィットさせていくというやり方がすごく有効に今機能しつつあると思っています。問題が起きないように平衡させていくというやり方ではなくて、問題を起こしながら平衡させていくというやり方がおそらく新しい社会にフィットしていくのではないかと思います。

伊藤 皆さん、本当に自分事というか、デザイナーもオーナーも自分事としてやっている事例がすごく多かったですよね。

今後の応募に期待すること

五十嵐 建築で強い作品というか、特筆すべき作品もいろいろ出てはいるんですけれども、ちょっと意外に応募されていなかったものもあったりしたので、そういうのもぜひ、来年応募していただいて評価の対象に多く入っていったらいいなと思いました。

伊藤 今年はランドスケープがちょっと少なめだったというふうに言ったんですけれども、公共空間のような、建築の中だけに収まらないものも、ぜひ積極的に出していただけるとうれしいなと思います。

西村 設計者は、こういうものを作ってくださいと頼まれて作るのですが、その頼まれたときに、なぜ作るのかと問い直すことから始めるのがすごく大事かなと思います。必要なのかも含めて。そうすると、なぜそれを作らなければいけないのかという、もっと深いところに思考が行って、その先にはたぶん、もうすこし建築や土木の外にある、社会や経済との接続ができる思考になっていくと思います。そこに対してどうコミットしたかということが、たぶん、デザインなんじゃないかと僕は思っていて、そこの深掘りをしながら、ものづくりをしてぜひまたグッドデザイン賞に応募していただければと思います。

平賀 気候変動など社会の価値がいろいろ変容している中で、未来を描くということを自分自身も考えていますが、そういう力をデザインで実現しないと、デザインの価値が持続しないと思っています。それは人間が生きる上での住まいであったり、働く場所であったり、人間が幸せでいるためにいろんな人と出会える場所であったりということだと思うのですが、今までの事例が通用しないフェーズにも入ってきています。ランドスケープであれ、土木であれ、そこに新しい発見を期待したいと思います。

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