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ビール醸造と空飛ぶクルマ

ビール醸造は日々進化を続け、これまでの不可能を可能にする"空飛ぶクルマ"のような製品がぞくぞくと登場しています。
これらは何を実現できて、なんのために生まれてきたのか?ホップ製品を中心に紹介しつつ、これらについて思うことを綴っていきます。

*製品説明が長いので、本題に飛びたい方は「ホップを使う目的は変わらない」から御覧ください。

Hop Products

Cryo Hop

今ではお馴染みのクライオホップです。名前はYakima Chief Hopsの商品名で、一般的にはT45と呼ばれ、これはホールホップコーンからの圧縮率を示しています。
ホップの葉などの植物性物質が通常のホップより取り除かれているため、高濃度のα酸とホップオイルをビールに投入することができます。(ちなみに取り除かれた部分はAmerican Noble Hopとして販売されている。)
つまりホップのカスを減らしつつより濃縮されたホップ成分を溶け込ませることができるため収量の向上、設備的な制限以上のホップ成分を投入することが可能になる。

その他にもホップメーカーによって商品名は異なるが、同様の効果が期待できる商品が販売されている。

Lupo Max

YCHと同じくヤキマのホップ会社John I Haasはルポマックスという名前で濃縮ホップを販売。

CGX™(Cryogenic Lupulin Pellets)

Crosby HopはCGX(クライオジェニック・ルプリンペレッツ)なんていうオシャレな名前で販売中。

Flowables

Co2 Hop extract  products、つまりは二酸化炭素で抽出した液状のホップ製品です。僕はFlowablesと呼んでます、なんかカッコイイから。
超濃縮されているためα酸は40~50%程度、植物性物質はすべて取り除かれているため収量も高くホップクリープの心配もありません。
*ホップクリープについてはこちらの記事を参照

これまでは主にビタリングに使用されてきましたが、最近はワールプール、Cold Sideで使える革新的な製品も登場しています。
固形のホップ製品よりもさらに効果的にホップ成分を投入しつつ収量は向上するという魔法のような製品ですね。

FLEX

John I Haasの製品、主にビタリングに使用。

Incognito

同じくJohn I Haasの製品、主にワールプールに使用。昨今のトレンドもあってめちゃくちゃ注目されてますね。

Spectrum

同社よりドライホップ用のFlowable。投入してすぐ分散するため、固形ホップのように接着時間を気にする必要がなく、ロスもないため収量向上にもつながる。

Salvo

HopSteiner社のFlowable。Incognitoと同様に主にワールプールに使用。

Sub-zero hop Kief

ニュージーランドのFreestyle Hopのドライホップ用製品。1.1Lでホップ20kgに相当するホップ成分が得られるらしい。

Hop Haze

BarthHaas / John I Haasよりビールを安定的に濁らせるホップ由来の製品。
もうムチャクチャですね。

Other Products

ホップだけじゃなくていろんな製品があります。

Alpha Acetolactate Decarboxylase (ALDC)

αアセト乳酸を分解しダイアセチルの生成を防ぐ酵素。Hazy IPAをはじめとしたホップの大量投入に伴い再注目されたホップクリープへの対策として小規模醸造所で使われるようになった酵素のひとつです。

ISY ENHANCE

AB Vickers社のビールの口当たりを向上させる酵母由来の製品。もうなんでもアリですね。

Phantasm

NZのGarage ProjectのJosらにより開発。チオール前駆体を多く含むNZ産ソーヴィニヨン・ブランの果皮を脱水して粉末状にした製品。ここ数年のチオールブームと共に流行ったので、日本でもいくつかの醸造所が使ってましたね。

その他も多様な製品があるので気になる人は各会社のWebでごらんください。

長々と製品紹介してしまいましたが、ここからが本題です。
これらの"空飛ぶクルマ"は何のために、そして誰のためにあるのでしょうか?

ホップを使う目的は変わらない

ホールホップ、ペレット、濃縮ペレット、Flowablesであれホップを使う目的は一貫して「苦味」「香り」「フレーバー」であることに変わりはありません。自分が目指すビールへのスタート地点がA、最終製品がBであるとすれば、AからBにたどり着くための手段としてこれらの製品があるので、魅力的な製品は多数あれど、手段と目的を混同させないことがより良いビールをつくることに繋がると思います。人生と一緒ですね。

ビールの品質は向上したのか?

これらの製品によって各会社が謳うようにビールの品質は劇的に向上したのでしょうか?個人的にはNoです。
上記に書いた通り、普通のクルマであれ空飛ぶクルマであれ、A地点からB地点に向かうという本質は変わらないのです。

ただし確実に向上した点もあります。
まずひとつめは収量です。ホップ製品やFlowablesにおいては固形物が取り除かれているため使用済みホップの排水や吸水によるロスが少ないため収量が向上します。醸造所においてはタンク数x完成までの日数で年間の醸造量、つまり売上が決まってくるので、少しでも多くの量を醸造できることはビジネス的に魅力的なのです。
ふたつめは環境負荷の低減です。固形物が取り除かれたホップ製品は重量あたりのα酸比率が高いので、輸送にかかるエネルギーコストが低いというメリットがあります。加えて醸造所で使用済みホップなどの廃棄物の量が減ることで環境負荷低減に繋がっている点もあげられます。
ただしこれらの製品の加工にかかるエネルギーがどのくらいかかっているかわからないので、ほんとうに負荷軽減になってるかはなんとも言えないのですが…

Hop Products/Flowablesはズルいのか?

この手の話をすると確実に登場するのが"ビール純粋派"(と勝手に呼んでいる)です。彼ら/彼女らからするとビール純粋令であるReinheitsgebotに乗っ取り、"ビール醸造には「水」「麦芽」「ホップ」「酵母」しか使っていけない"とのことですが、現代のビール醸造ではpH調整のための酸や水質調整のためのミネラル添加、清澄剤などさまざまなものが使われているので、今回紹介した製品を邪道扱いするのはお門違いではないかと思います。
さまざまな価値観があるのはいいことですが、押し付けるのはよくないですからね。
ズルい/ズルくないという話ではなく、実現したいことは人それぞれなので、使いたい人は使えばいいし、そうでない人は使わなければいいのです。

飲む人へのメリット

話題性がある。

まとめ

醸造家としての考え方、醸造所の規模、スケジュール、設備的制約、時間、コスト…etc.など目的に応じて使い分けることが最適なのではないでしょうか。これらの製品たちは善でも悪でもなく、その方向は醸造家の使い方に委ねられているのですから。

おわり

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