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星に手が届く

僕は高校生だった頃、九州の小さな街に住んでいた。小さな街といっても街の中心部に行けば、高くはないけどたくさんの建物が立っている。そんな場所に僕の通う高校はあって、いつも街の中を自転車で通学していた。

その頃は、冒険に惹かれていた。ぼうけん、その言葉の響きはどこか知らない世界に自分を連れて行ってくれるわくわくと、少しの怖さを含んでいる。ちょっと怖いけど、わくわくしてしまう気持ちというのは、たぶん人間が大昔から持っているんだろう。

自分は小さい街に住んでいる。この街の外には、まだ知らないけど、素晴らしい世界や面白い世界があるに違いない、そう思っていた。だから、僕の目はいつも街の外に向いていた。

ある春休み、僕は友だちと冒険に出かけることにした。九州を自転車で一周するというもの。貧乏旅行なので、ホテルには泊まらず、すべて野宿の予定だった。野宿をまだしたことがなかった僕たちは野宿の練習をまずしようということになった。

寝袋を買って、いつも通学の通路にある堤防の河川敷を野宿の場所として選んだ。いつもなら家に帰って寝る時間に、僕たちは河川敷に向かった。いつもと違うことをする、ということはそれだけでどこか冒険の匂いがして胸が高鳴った。

河川敷の上に寝袋を敷いて、そこにもぐりこんだ。その瞬間、一気に視界が変わった。河川敷の周りにあったたくさんの建物は視界から消えた。目の前にあるのは、星の浮かぶ暗い空だけだった。こんなに夜空を近くに感じたことはそれまでなかった。そんなわけはない、と頭ではわかっていながらも僕は手を伸ばした。星を掴めそうに思えたからだ。

街の中心部の河川敷にいながら、僕は別世界にいた。夜空と星と自分たちだけが存在する世界。冒険の準備のはずだったこの野宿は、もうすでに最高の冒険の始まりだった。それまで冒険は街の外にあると思っていたけど、街の中にも冒険はあったのだ。

それ以来、ぼうけん、の意味が僕の中で少し変わった。外に行くことだけが冒険じゃない。日常のひょんな場面にもいつも冒険は隠れている。それを見つけられるかどうかは自分次第。大事なのは、冒険のコンパスを自分が持っているかどうかだと、夜空に手を伸ばしながら思った。

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