見出し画像

移動する植物

自給畑のいちご


農園の一角にはぼくたちが「自給畑」と呼んでいる短くて小さなうねがある。販売用に栽培している野菜と違ってこのうねは耕すことも肥料をあたえることもしていない。
三年前、娘が生まれたときにぼくたち夫婦はこのうねのひとつにいちごの苗を植えた。
今年も四月になると花が咲き、この連休には小さな実をつけた。三歳の娘は叫び声を上げて赤く色づいた実を摘んだ。

いちごという植物





いちごはバラ科の多年草。日本には明治期に西洋から栽培種として渡来したという。農作物としての生産のピークは12月だが植物としてのいちごの実の旬はこの初夏の時期である。農家はクリスマスケーキの需要に応えるためにビニールハウス内で加温栽培をしているのだ。
いちごは一般には種から栽培をしない。親株からランナーと呼ばれる匍匐茎が伸びる。地面についた匍匐茎の先端から根が出て新しい株になるのだ。植えたときには三株ほどだった苗もいまうね中に広がっている。いちごは移動する植物なのだ。

植物もまた動く


小学生のころ、理科の授業で植物と動物の違いを教わった。動くのが動物で動かないのが植物です。
中学生になって生物は細胞というものが集まってできていると教わった。細胞の構造も動物と植物では少し違う。やっぱり違う生き物なんだな、とぼくは思った。
大人になって畑をするようになって「そうじゃないんだ」と気づいた。植物もまた動く。ただその動き方は動物とは違う。植物は一年という単位で世代を交代しながら移動するのだ。

移動する植物



自給うねの上の熟したいちごはすべて娘に食べられてぼくはひと粒も味わうことはできなかった。
まあいいのだ。このいちごは彼女のためのものだから。
ぼくは畑を囲む雑草の生えた畔をすべていちごで埋め尽くしたいと目論んでいる。だが株を移植してもはびこるかどうかはわからない。ランナーという手足を伸ばしてつかんだ土を気に入ればそこに根を伸ばすし気に入らなければ伸ばさない。それはいちご自身が自分の意志で決めることなのだ。
自給うねの上では今年もいちごたちは新しいランナーを伸ばしている。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?