見出し画像

アルバムを利く 〜その6


muddy waters「best of muddy waters」1958年

曲目


A①I just want to make love to you
A②long distance call
A③Louisiana blues
A④honey bee
A⑤rollin' stone
A⑥I'm ready

B①hoochie coochie man
B②she moves me
B③I want you to love me
B④standing and crying
B⑤still a fool
B⑥I can't be satisfied

最高のロックアルバム


くぐもったハーモニカの音。リフを刻むピアノ。ウッドベースのもくもくした響き。そんなモノクロームの風景の中から突然男が叫び出す。
「おめえに寝床の準備をしてほしいわけじゃねえ」
マイクロフォンがビビっているのが聞いていてわかる。それほどの大声なのだ。その全てから伝わってくるのは圧倒的なリアルさ。
はじめは弾き語りであったブルースがやがて都会の喧騒の中でバンド編成で演奏されるようになった。そしてこのバンド編成は次の世代のロックンロールにも受け継がれていった。ここからすべてが始まったのだ。
ロックの歴史と価値をただひとつのアーティストやアルバムに代表させることなんてできない。「最高のロックアルバムとは何か」という問いは愚問だが、それでもやっぱり最高のロックアルバムは全てのロックの原点であるこのアルバムだと思う。一聴すると音圧も低く地味でつまらない音像に聞こえるかもしれない。だがシンプルなこの演奏の中に無駄な音はひとつもない。ドラムの手数は少ないが叩き出されるビートは確実にぼくたちのハートを撃ち抜いていく。
このアルバムに収録された全ての曲がバンド編成ではない。A①、A⑥、B①の完璧なバンドサウンドに混じって、ギターのアンサンブルはあってもドラムの入らない曲も多い。A⑤「rollin' stone」にいたってはギター弾き語りだ。しかしだからこそ、定型化される前のロックバンドが生まれた瞬間に立ち会っているようなスリリングさがある。
それにしても「rollin' stone」のギターの音色のぶっとさときたら!

最高のブルースアルバム


そして同時にこれは最高のブルースアルバムでもある。少なくともバンド編成のブルース表現でこれを越えるものはないとぼくは思う。
アルバム自体は1948年〜54年に発表されたシングル曲をまとめただけのものだ。アルバムコンセプトなんてないに等しいのにこのアルバムには不思議と統一感がある。マディの自作以外にもソングライターが書いた曲もあるが収録されている作品すべてにマディのキャラクターと生き方が反映されている。
田園地帯から仕事を求めて都会に出てきた男。その姿はマディの人生でありまたマディの音楽を支持したリスナーの人生でもあった。
このアルバムの中心にあるのはとにかくひたすらに歌である。聞いているとブルースという音楽の本質は延々と続くギターソロなんかじゃなくて人々の生活の悲喜交々を人間の声が語るものなんだなと思う。ブルースはフォークソング(民謡)の一種であり、それはロックにも引き継がれている。
このアルバムを聞く人にはぜひ歌詞に耳を傾けてほしいと思う。それほど難しい英語ではない。けれど当時のアフロアメリカンの置かれた状況を知らないと理解しづらい部分もある。でもそんな歌詞の隙間を想像力とほんの少しの忍耐で補ったら、その先にはいろんな景色が見えてくる。

告解室の音楽


黒い闇を背景に浮かび上がるアーティスト自身の横顔。くちびるの少し開いたその顔は泣いているようにも見える。その瞳は斜め上方に向けられている。
このアルバムの印象的なジャケットカバーはいったい何を表現しているのだろう?
ぼくはこれは告解室、あるいは懺悔室の様子を表しているように思う。仕切られた暗い告解室に入った者はひざまずいて自らの罪を告白し懺悔する。壁のむこうの神父は仕切り壁の穴から声を通して告解者に許しを与える。
ブルースは悪魔の音楽とされる。真っ赤な満月の夜に生まれたブルースマンはジプシーの予言通りの風来坊となり(rollin' stone)怪しげなブードゥーのまじないを使って(Louisiana blues)女性を制圧するスケコマシ男(hoochie coochie man)となる。
だがそれはA⑥I'm readyの歌詞に「オレはTNT火薬を呑んでダイナマイトをふかす」とあるような誇張された強がりでもある。実際は不実な恋人の仕打ちに心乱され(she moves me)立ったまま泣いている(standing and crying)弱い男なのだ。
悪魔の音楽ブルースと神の音楽ゴスペルは表裏一体の音楽である。土曜の夜の歓楽街でハメを外しふしだらな行いに身を委ねた男は、日曜の朝に教会で跪いて神に許しを乞う。悪道を歩く者こそが誰よりも魂の救済を必要としているのかもしれないのだ。このアルバムジャケットはそのことを表現しているのかもしれない。

飛び回れよ
自由に飛び回ればいいさ、お前
だけどそんなに遠くまで行かないで
(honey bee)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?