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アルバムを利く〜その4

queen「a night at the opera」A面 1975年


最高傑作と言うけれど


クイーンの最高傑作と言われるこのアルバム。ぼくは大学生の頃にクイーンにはまって全アルバム(サントラの「フラッシュゴードン」も)買い揃えて聴いたけど、最高傑作だと言われるこの「オペラ座の夜」、それほど好きではなかった。たしかに「ボヘミアンラプソディ」はクイーンの最高傑作だと思うけど、だからと言ってそれを含むこのアルバムまで最高傑作と呼ぶのはどうなの?と思っていた。でも最高傑作という定評だからがんばって何度も聴いた。聴いたけどわからなかった。
ぼくは演劇科の学生だったけどこのアルバムにタイトル通りの演劇性は感じなかった。そしてこのアルバムを元に野田秀樹(演劇界では高名な演出家です)が演劇を作るとしたらタイトルは「カブキ座の夜」だな、なんて夢想したりしていた。

ロミオとジュリエット


それから何年も経ったある日。ネットで「オペラ座の夜」を検索すると演出家の野田秀樹がこの「オペラ座の夜」を演劇化したというニュースが目に入った。なんでもストーリーは「ロミオとジュリエット」の後日談だという。
ずるい!とぼくは思った。ロミオとジュリエットはクイーンに関係ねえじゃん!誰かが持ってきた企画で好き勝手やってんだ。しかも公式にクイーンの認可をとって楽曲の使用許可まで取って!
あーあ、権力者はずるいよな、と思いながらぼくはyoutubeで「オペラ座の夜」を聴いてみた。
目からウロコが5枚くらい落ちてそれから厚いガラス板まで落ちた。このアルバムのコンセプトは「ロミオとジュリエット」だった。

アルバムを聴く〜A面


それでは実際にアルバムを聴いてみましょう。①曲目から⑦曲目までがオリジナルのアナログレコードでのA面。曲名でいうと「death on the two legs」から「seaside rendezvous」まで。

オペラ座の怪人


アルバムは「death on the two legs」で荘厳に幕を開ける。まずショパンみたいなピアノのフレーズが聴こえてきて、それからそれをかき消すように竜の咆哮のようなエレクトリックギターが鳴り響く。なにか大きな事件が起こる予感を孕んだ音。このオープニングはほんとうにかっこいい。完璧な始まり方だ。
イントロの後「おまえはヒルのように吸い付いてきて…」と邪悪な声でフレディ・マーキュリーが歌い出す。それからフレディはある人物に向けてありったけの罵詈雑言を並べ出す。そもそも曲のタイトルからして悪口だ。「death on the two legs」、二本足で立つ亡者つまり生きてるけど亡者のような奴。何の亡者かというと金と欲の亡者。バンドの前マネージャーを歌ったものだという。バンドメンバーはこれを作業用の仮歌だと思っていたようで、マスターテイクの歌入れで「ほんとうにこの歌詞でいくのか!?」と驚いたらしい。しかしフレディにとってはこのアルバムのオープニングにはどうしてもこの歌が必要だったのだろう。曲単位でみればたしかにノーマン・シェフィールド氏のことを歌ったこの曲、アルバムの流れの中ではまた違った意味を持つ。
「二本足の亡者」はオペラ座の陰に潜む怪人。オペラという秩序(それは筋書きどおりに演じられる予定調和の世界である)を掻き乱す怪人はエレキギターでありロックミュージックであり、またこのアルバムで変幻自在にロックオペラを演じるリードシンガーのフレディマーキュリー自身でもあるのだろう。こうして不穏な陰を見せながら華やかなオペラは開幕する。

愛する人の不在


幕が上がって始まるのは意外にもオペラでもロックでもない。アルバム2曲目の「lazing on a sunday afternoon」という曲がヨーロッパの大衆園芸であるヴォードヴィルというスタイルをとっていること、だいぶ後になってからぼくは気づいた。このアルバム、オペラというタイトルにこだわらずにバンドとフレディは自分たちが好きな演芸をぶち込んでいるのだ。
月曜日から土曜日までの行動を面白おかしく語っていく童歌みたいなこの歌、何の歌なのかよくわからなくないですか?ぼくはずっと「この歌必要なのかな?」と思っていた。
改めて聴き直して気づいた。コーラスで繰り返されるのは「でも日曜の午後はヒマしてる」。恋人とデートをするべき日曜に主人公にはその相手がいないのだ。そういえば歌詞で「火曜日にはハネムーン」だけど「日が暮れる前には帰ってくる」と何らかの破局があったことを匂わせている。
愛する人の不在、または何らかの理由で会えない状態、これがアルバムを通底するテーマである。
豪快なハードロックの③「I'm in love with my car」はドラマーのロジャーテイラーの曲。「クルマがおれの恋人さ、オンナなんて要らない」と歌われる。ロジャーは単に歌いたい歌を持ってきただけだと思うけど、恋人よりも趣味に生きる男の姿、という点で②と③は共通する。
④「you are my best friend」はベーシストのジョンディーコン作のロックバラード。ここではじめて愛する人が歌われる。この「いちばんの友達」はアルバム後半の「love of my life」(運命の人」の先触れでもある。
プロモーションビデオではロウソクの灯った部屋の中でフレディがピアノを弾きながら歌う(実際のレコーディングではフレディはこの曲のエレクトリックピアノを弾いてないが)けど、アルバムを聴いているぼくたちにとってもここで舞台転換が行われてロウソクの灯った古城の中でフレディが歌っている姿が見えるような気がしてくる。

離れ離れの恋人たち


⑤「39」はスキッフル。ライブ盤「LIVE KILLERS」でアコースティック編成のコーナーがあるけど、そんなふうに舞台前面にスポットライトが当たってその中でバンドが演奏しているイメージ。
宇宙船で旅する飛行士が地球に戻ってみると相対性理論効果で時間が経過して妻がもう亡くなっていたという浦島太朗SFソング。SFソングをデジタルな音像ではなく古いスタイルのアコースティックなスキッフルで聞かせるというヒネリが、いかにもブリティッシュ・ロックだなあと思う。
ここでも愛する人との別離がテーマ。ここでは時間と空間がふたりを隔てる。個人の都合ではなく個人のちからではどうにもならないものが恋人の間を引き裂くというのがアルバム全体のテーマです。
⑥「sweet lady」は軽快なロックナンバー。嫉妬深い恋人を歌ったコミカルな内容で3/4拍子というクイーンにしては少し変わったリズムもコミカルな雰囲気を狙ったものだと思う。
シェークスピアみたいな古典演劇ではシリアスなストーリーにも道化師のようなキャラクターが出てきて、主人公の行動を茶化したり呆れるような下ネタを言ったりするけど、この曲もそういった幕間のコメディなのかもしれない。
前曲「39」では叙情的かつ悲劇的に語られた二人の別離はここではコメディに置き換わり「君と会っていない間はずっと1人でいたのに信じてくれない」という歌詞になる。
⑦「seaside rendezvous」でまた舞台上は場面転換。背景の書き割りには海辺の風景が描かれて、明るい陽光の下で恋人との甘いバカンスが演じられる。音楽的にはこのアルバムで最もオペラ的な楽曲のひとつだが間奏ではタップダンスまで飛び出す(タップダンスはアメリカ文化)。このゴチャマゼ感が楽しい。これは本物のダンスではなく金属の指貫でミキシング卓を叩いた音だという。ゲストミュージシャンを呼ばずに自分たちで自作自演するのが当時のクイーンの流儀だったけど、そうやって出来た作り物感が「全て舞台の上の出し物」というこのアルバムコンセプトには特によく合っている。
ここまででレコードA面は終わり。次はいよいよB面に進んでアルバムのハイライトがあらわれる。
後半、B面の解説はこちら


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