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虹の橋(9日目)茶トラゆずとの幸せな日々 vol.43

9日目(日)
「うゎ!」
奈々の驚いたような声で、うつらうつらする私は飛び起き、近くに座る奈々と酸素ハウスに目を向けます。お父さんもすっ飛んできました。
「ゆずが、はまっちゃった!」
酸素ハウスの開閉小窓の丸い穴に、ちょうど頭と身体半分ほど出したゆずが外に出ようと頑張っています。
「手を入れて身体をさすったりしていたんだけど、急に出ようとしたんだよー」
出ようとするゆずに、急いで押し戻そうと焦る奈々が格闘しています。

手伝いながら、私は生きているゆずにほっとし、お間抜けな姿に嬉しくなり、笑いながら話しかけます。
「出たかったの、こんな狭い所通れるわけないじゃん。アホなやつだなぁー」
引っ掛かっている肘の関節を押し込め、引き戻して事なきを得ます。
(何でこんな時にこうなるかなぁー)
夜中起きて見ていた奈々と交代しようと起きる支度をします。
出たがっているゆずは、呼吸も普通にしている様に感じたので酸素ハウスから開放してあげます。
好きな様にさせてあげよう。

自分が使うクッションとコーヒーを持って洗面所の前で伏せるゆずの隣りに座り、コーヒーを飲んで落ち着き、長丁場に向けて構えていると、急にゆずが起き上がり、床に置いたコーヒーカップ目指して歩き、口を近づけてきます。
「水が飲みたいの、今あげるからね」
洗面所のコップに水を入れて差し出すとゆっくりと沢山飲んでくれます。
「喉が渇いていたんだねー、いっぱい飲んでね」
ゆずが行く後を、奈々と私はクッションを持って追いかけ、近くで見守ります。洗面所、廊下、台所、リビング、トイレの前…
ゆずはトイレにも行き、粗相なくできました。ほりほりはないですが、血尿のないオシッコです。

奈々がスマホをみながらこの状況を説明してくれます。
「病気の時に、冷たい床に行くのは、猫あるあるなんだって、病猫は新陳代謝を下げる為に体温を下げ、冷たい場所に行くって」
疑問に思いながらも答えます。
「じゃあ、ゆずは冬眠しようとしてるんだね」
(冬眠しちゃえばいいのに)
私のエゴと分かっていますが、寝ているだけでも、生きていてほしい、存在していて欲しいと願います。

とぼとぼ歩き、床に伏せるゆずですが、苦しい様子には見えないので、すぐ死んでしまうように言われたけれど、まだまだ大丈夫なんじゃないかと錯覚します。

3時頃、少し離れて見ていた奈々が異変を感じて動き、私も後を追います。
ゆずは、見える場所からコーナーを回り台所の入り口辺りで倒れました。奈々は倒れた音に気付いた様です。
口を少し開いて、目をつぶって倒れているゆずに近寄り
「ゆず!ゆず!」
お父さんもすっ飛んで来ます。
『ゲホッ、 ゲホッ』
2回ほど間隔のあるせきをしグッタリになりました。奈々と目を合わせ恐々
「死んじゃった…?、瞳孔を見て」
「怖いよー」
(こんな時どうするんだ、医者を呼ぶのか)
『ゲホッ』
まだ生きてる。
「ゆず!ゆず!ありがとねー、ありがとねー。お母さんの所に来てくれてありがとねー。楽しかったよ。大好きだよー」
ゆずが虹の橋を渡ってしまう前に、薄れゆく意識の中に私達の気持ちが届く様に、虹の橋を渡ってしまうまで、こんなにも愛していたと伝わる様に奈々と私で叫びます。
戻って来てというより、旅立ちにさようならと大きく手を振る様に感謝を込めて叫びます。

『ゲホッ、 ゲホッ』
2回ほどせきをして沈黙が続いた後、ひとつの命が消えてしまった気配が漂いました。
逝ってしまったと判断出来ました。
(さようならゆず、大好きだよ)
             つづく

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