「アリエルとカレナセンセ」第九話「転生耐性」
<本文>
私は半身を失った。それでも死なないのは、私が夢魔だからだ。夢魔は、ひとの心の幸せに間借りしながら生きている。空腹感を感じればかんじるほど、幸せになれる。夢魔とはそういう生き物だ。たとえ、相棒の夢魔がいなくなっても、100年経って、カレナセンセがいなくなっても──私は生きていける。きっと生きていける。
声が聞こえた、懐かしい声だ。
「やっほーアリエル。元気に引き籠もってる?」
はじめは信じられなくて、初めて出会った相手に話しかけるような口調で挨拶をする。
(目覚めたのは何年後なの?)
「あのすいません。今は何年何月何曜日なんですか?」
「何いってんの。お前が引き籠もってまだ3ヶ月も経ってないよ! アリエル目覚めなさい!」
「……うれしい」
私の眼の前には、カレナセンセがいる。
「うれしい」
もう二度と会えないと思っていました。
「うれしい うれしい」
迎えに来たのは、カレナセンセでした。まわりにたくさんのクラスメイトがいました。一緒に潜ってカレナセンセを助けてくれたのでした。
「今回初めて参加した」「楽しかった」「辛かった」色々な言葉が飛び交っていました。こんなにクラスメイトが参加してくれるなんて「うん、これはわたしの人格だよ」とカレナセンセは自慢しました。
「さっさとここから出て、勇者を倒しに行くぞ!!」
目覚めると、そこは夢ダンジョンの16階でした。いつものように、ダンジョン主の私を倒して夢を終わらせます。センセが私を殺すのを見て──クラスメイトはひいてましたが……。
次に目覚めたのは保健室でした。A組のみんなが目覚めてギュウギュウ詰めです。まるで野戦病院のようです。保険の過護先生が怪我したクラスメイトをヒールで回復してまわります。
「労働組の方々お疲れ様でした。ここからは、頭脳組のお仕事です」
攻略では姿を見せなかった女子がここで合流します。なかでも筆頭がこの『ゆうすべナノカ』です。ナノカは、裏ダンジョンの時に相談に乗ってくれた女子です。
「攻略法は考えてあります。勇者をさっきのダンジョンに誘い込んで、少しずつ体力を奪い、武器も奪い、倒すのです」
その娘は、このダンジョンを隅々まで知り尽くしている。
他にもナノカには逸話がある。勇者を攻略するに当たって。
「孫子の兵法に『敵を知り、己を知 れば百戦危うからず』とあります。まずは斎藤勇者を知りましょう」と言って、異次元の扉を勝手に開け、勇者の居た世界の住人に意見を聞いてきた。
『勇者の全てをたったの7日間でしらべあげてしまった』その偉業を讃え『ゆうすべナノカ』と呼ばれている。作戦中は本名を使わないという筋金入りの娘なのだ。
そんな『ナノカ』の提案。でもそれはあえて使わない。
「ごめんね。今回、地下16階ダンジョンは使わないの。あれは兄が、貸してくれたダンジョンだから……返すまでキレイなままで置いておきたい」
それは私のわがままなのだろうか? 兄は、勇者と戦う時、16階ダンジョンを使わなかった。代わりに私の学校ダンジョンを使った。学校ダンジョンは1階層しかないのに、勇者を苦戦させたと聞く。ダンジョンの魔物たちが頑張ってくれたからだ。魔物は、兄が作ったものだ。やっぱり兄はすごいと思う。私が引き籠もった時も、ダンジョンは私を守ってくれた。証拠に、未だに勇者は16階層にたどり着いていない。
「本当にダンジョンは使わないのね?」
「はい」
「わかった、次の案、誰か提出して!!」
「それではこれは?」ナノカがそっと手を挙げた。「作戦名。精神アンダーワールドです」
こうして、私の『学校ダンジョン』の保険室で、無限の時間を利用して作戦を練ってねって練りまくった。
本当に目覚めた場所は、私ん家。兄のいなくなった私ん家。
生徒たちとは保健室で解散した。
でも今はひとり帰宅ではない。カレナセンセが付き添ってくれた。
「アリエルは、ダンジョン地下16階にいたんだよ。アリエルがいないから、あの10階への抜け道使えなかったし──。16階の階層主のドラキュラ? 滅茶強かったよ。おまけにアリエルは、108個の棺の奥に居たんだぞ──!! 全部開けるの大変っ!! ダミーの棺みんな偽宝箱で──!!」
「お腹空いたでしょ?」と、いぜん私が作った卵スープを作ってくれた。
カレナセンセの口から、ダンジョン攻略時の苦労話が止めどもなく溢れてくる。
「全く、斎藤先生の奴め。わたしのカワイイ妹とデートしやがって!! わたしだってデートしたかったのに。イヤするの──!! 絶対デートするの──!!」
こんどは勇者への悪口が止めどもなく溢れてくる。
「斎藤先生に会ったら最初に言う言葉がある。なんて言うのかな? こういうの……。私は『妹と付き合うなら、私を倒してからにしなさいっ!!』て言いたいの。これは結構マジだから!!」
「ダンジョン攻略も、悪いことばかりじゃなかったぞ! ほらほら──ダンジョン攻略のご褒美、みて!! くるみの状態異常回復薬っ!! くるみを開放したら飲ませてやるよ」
「ああ、そうだった!」
私が引き籠もる直前に設置していた、ダンジョン最奥のアイテムのことを思い出した。私、役に立ったんだ。あとは勇者を倒せば……。私はブルリと体が震えた。引き籠もる直前。勇者が圧倒的な力で兄を消滅させた事。
それを思い出していた。その衝撃は、3ヶ月ほど引き籠もった程だった。このままだと、カレナセンセが、勇者に兄のように消されてしまう。今度のショックは、兄の時と比較できるものではない。
「ん? カレナセンセを信用しなさい。あなたの先生だからね?」
「信用してるよ──。でも心配。この心配は、作戦が成功して、勇者を打倒した後も続くんだ。なぜなら、私はカレナセンセを愛しているから──!!」
照れ隠して言った告白も、カレナセンセは真摯に受け止めてくれた。
「今夜は、わたしも一緒に寝よう。わたしが君を襲わないか心配かい?」
「むしろなぜ私を襲わなかったのか? と心配しながら起き続けます。一晩中悩みますっ!」
「生徒を襲うのはマナー違反だが?」
「なやみますぅ」
結局、私は一晩中起きていた。こういうときは真摯でなくていいのに。
『作戦名:精神地下世界発動中』
勇者は夢を見ないのか?
正解は夢を見るだ。
俺、斎藤トイストは、最近、悪夢をよく見る。
主に異世界での戦いの日々だ。
夏休みの1ヶ月で攻略するため。時短のため、卑劣なこともやった。
例えばあの夢の話をしよう。
異世界にやってきて初めて、俺は食料に困っていた。見たこともない巨大ゼンマイが襲ってきたり。大木が走って体当りしてきた。この世界の植物は、アクティブ過ぎて食べられないと悟った。
食料を求めて一週間。そろそろ限界だった。
俺は獣人の村に出くわした。獣人たちは俺の知らない言葉を喋った。「食べ物を分けてくれ」と頼んでも理解してくれない。俺が勇者だと知ると、食料も与えずに仕事を与えた。もう限界だったのだ。そこで美味しそうな子豚の獣人が目に止まった。
俺は2週間ぶりに食事にありつけた。あの村には二度と訪れることはないだろう。
ここまででも十分悪夢だが、悪夢は容赦を知らない。あの子豚の獣人の顔が、うーの顔にすり替わった。もし言葉も知らず、最初に立ち寄った村がうーの村だったなら、俺は愛する妻を食していたかも知れない。
例えばあの夢の話をしよう。
俺が最後に手に入れた武器は、Z弓だった。あれが最初から手に入っていたなら──。俺が最初に戦った獣人軍は、有翼人たちだった。Z弓は、すべての生き物の心臓を貫く弓だった。後に魔族攻略に威力を発揮した。
空を覆い尽くさんばかりの有翼人の群れ。俺が異世界で初めて恐怖した瞬間だった。俺は夢の中でZ弓を放った。勇敢な有翼人は弓に心臓を貫かれ次々と地面に激突、死んだ。
俺は大量の屍の中を彷徨った。ああ勇敢な有翼人の戦士たちよ。先頭を司っていたのは、やっぱり俺の2番目の妻となる、るーだった。
俺は悪夢の中で獣人妻のうーと戦勝祝で鳥肉を食べた。そこに大量にあったのだから……。
なんて悪夢っ!! Z弓が使えなくなった。撃てなくなった。
例えばあの夢の話をしよう。
異世界から帰還後も、俺は勇者としての能力を保持していた。現実世界でも無双した。女にもモテた。すでに亜人の妻がふたりも居るのに、人間の妻も出来た。
中でも印象に残った女が居た。
「サトウ、サトウ、サトウ」
「俺は斎藤だ!」
「わたしの前ではサトウで居て!」
名前も間違えるし、変な女だった。最後に浮気がバレて分かれることになった。別れ際のセリフも独特だった。
「お前もか? オマエもか! あんたにとってはフった女の一人かも知れないけど、私は、はじめてだったのだっ!」
俺は初めてフられた。自在に扱えた剣が制御不能となった。事故だった。重力制御を失った剣が、部屋の中で跳ねた。
「あれは事故だったんだ!!」
もう悪夢だったのか、現実だったのか訳がわからない。ただ言えるのは、Xキャリバーが本当に制御不能となった事実だ。悪夢に武器を奪われた。
例えばあの夢の話をしよう。
虫の大群を始末するのに、Yグローバーを使った。コレは事実。戦勝祝にそいつらを口いっぱいに頬張る。嫁たちも頬張る。コレは悪夢。
ナニやってんだ俺?
Yグローバーが使えなくなった。
夢の中でも吐いた。
例えばあの夢の話をしよう。
俺の部屋には水瓶がある。これは異世界での慣習だ。俺の妻たちは水道水が飲めない。だから、妻たちが水瓶に水を溜めてくれる。何処から汲んでくるんだ、と聞いたら、異世界からだと答えた。勝手に異世界が開いていたそうだ。そんなに簡単に開くのなら、俺みたいに勇者がいっぱい居ることだろう。調査が必要か?
ある日、悪夢で吐いたあと、水瓶で水を飲んでいると「見つけたぞ!!」と声が聞こえてきた。水瓶は異世界から汲んだ水。「見つけたぞ、勇者!!」当然異世界とは、俺が大量に退治した悪魔たちが居る世界だ。「恨んでるだろうなー」妻は今日も異世界から水を汲んでくる。妻が心配だ。今日は新人のくーもいる。妻3人で仲良く水くみにでかけている。
今、俺には妻が3人いる。
ひとりは獣人妻、うー。
ひとりは、有翼人妻、るー。
もうひとりは、人間の妻、くー。
うーとるーは異世界からついてきてくれた。
うーは、家事全般が得意で、俺の家でうまい飯を作ってくれる。るーは、家ではお荷物で、さらにキラキラしたものを集めるのが好きだ。近所中、飛んではゴミを集めてくる。他人の所有物がないかとても心配だ。
くーは、俺の就職先の学園の同僚の妹だ。同僚は、くーとの結婚を認めていない。近々裁判をする予定だ。勇者の力で強引に始末をつけるか? そうすると、くーとの仲も悪くなる気がする。悩みどころだ。
くーが樽で水瓶に水を汲んできた。夢だな。とんでもない量の水を汲んできた。くーが樽を傾けると水が止めどもなく流れている。川のように流れている。樽が傾いた状態のまま止まった。くーが俺を手招きしている。
「あんた、わたしの姉を殺したね?」
「え? 裁判? 勇者として始末した? 姉は同僚の先生だっけ?」
「私の姉は、夢魔のアリエル」
「ちょっと待って、アリエルは後藤の妹だろ?」
夢でごっちゃになってしまった。
「妹の仇っ!!」
くーは、俺を川のように流れる水瓶に突き落とした。俺は水瓶で溺れた。
俺は、水瓶が怖くなった。
「見つけたぞ、勇者!!」溺れて衰弱しているところを、異世界からの悪魔たちが襲ってきた。 武器が使えない俺は、あっさり捕まった。
「妹の仇。ざまあみろ!!」と、くーが言った。
「瓶の中に飛び込むなんて!!」と、うーが怒鳴った。
「悪魔の中にキラキラしているやつがいる!!」やっぱり、るーは能天気だった。
「もうわかったわかった。俺の負けだ!! 精神攻撃に俺は対処できなかった」
この悪夢は、後藤カーズの妹、アリエルのものだった。
両手を挙げて俺は降伏した。
目覚めると俺の家だった。うーとるーが心配そうに見つめている。夢が強烈すぎて現実がどうなっているのかわからない。眼の前にはアリエル。その隣にカレナ先生。先生に寄り添うように、くーがいた。現実世界では、くーは、妻ではなかった。
「くるみは返してもらうよ。勇者は、今、武器が使えない。異世界から来た悪魔さんたち、敵討ちをするなら今ですよ──!」
アリエルたちの背後に、異世界で出会った悪魔たちがいた。こいつらは本物のようだ。俺の手にXキャリバーがない。逃げるしかなかった。
「私が時間をかせぐなのよ。あなたは、るーと逃げてなの!!」
獣人姫のうーは、囮になって死ぬつもりだ。るーは、俺の肩に爪を立て、羽を羽ばたかせ逃げる体制だ。俺は、うーに抱きつく。
「るー。ふたり行けるか?」
「えー。やってみる──っ!!」
なんとか空を飛ぶが、悪魔たちの中にも翼を持つ者がいる。途端に捕まえられ地面に叩きつけられた。
「ここまでですね、斎藤先生」カレナ先生に悪魔が従っている。カレナ先生の方が魔王のようだ。
カレナ先生が、俺に目で合図を送ってくる。水瓶へいけと言っている。
「最後ね勇者さん。最後に言っておきたいことはあるかしら? 奥さんとの最後の言葉とか……」
カレナ先生は、水瓶に飛び込めと目で合図している。一体どういうことだ? 異次元か? 水瓶のそこが居次元に繋がっているのか? それとも罠か?
「もう、じれったいわねっ!! 勇者さん、逃げるのはもう止めたのかしら? 奥さんたちも、死ぬ前に異世界の故郷に帰りたかっただろうな──?」
選択は今だ。異次元の戦いでそれは痛いほど解っている。コレを逃せば死ぬだけだ。
「グッ──。苦しいちょっと待ってくれ!! 水を少し飲んでくる。死ぬ前の慈悲をくれ」
「死に水ね。いいわ」
カレナ先生が同僚に同情したのか。逃げる暇を与えてくれた。俺はよろめきながら水瓶に近づいていく。嫁たちも呼ぶべきか? そこが次の選択だ。3人全員で居世界へ帰るか? 俺だけ返るか? 失敗で元々、勇者ならやり直しも利く。やり直し? 俺は水瓶の奥に、セーブデータを作った。ここからの選択にやり直しが利く。勇者の特権だ。そして俺は水瓶に飛び込んだ。
「あー勇者が逃げたぞー!」
「勇者という最大戦力を失った。コレは大変だ!」
「水瓶だ! 水瓶の底に異次元の扉があるぞー!!」
じっと待機していた悪魔たちは、勇者を追って再び、異次元の穴に飛び込んでいった。
あとに残ったのはカレナ先生とアリエル。妹のくるみ。じっと見守るA組の生徒たちだ。斎藤先生のふたりの妻たちも残っていた。
「よかった。斎藤先生が逃げてくれないと、この現実の世界が悪魔のはびこる、なんか嫌な世界になるところだった」
「ねえ、センセ。最後、勇者のおしりを蹴ってませんでした?」
「……アリエル。この穴、塞げるでしよ?」
「ええ、出来ますけど?」
「このまま、穴を塞いじゃって!」
「いま、塞いじゃうと、最悪、落下途中の勇者が亜空間に閉じ込められるかも」
「やっちゃって! むしろ、やっちゃっつて! 積極的にやっちゃって!!」
「ああーあーりょーか・い」
「こんなに近くに異世界の扉があるなんて知ってたの?」
「ハイ」今まで沈黙していたナノカが、説明ですか? と生き生き話しだした。
「斎藤勇者は、転生耐性が低かったのです」
「転生耐性ってなに?」
「勇者とは転生しやすい生き物のようです。この7日間で異世界の扉を調べました。なぜか、勇者のまわりで異世界の扉が開くのです。私もそれを利用して異世界の住民にアンケートを取りに行きました。勇者とは転生耐性ゼロの生き物のようですね」
「へー、とりあえず、へー」
わたしたちは後藤カーズの仇は討った。
おしまい。
「終わってませんよ──!!」
「ええ、だっておしまい」
カレナセンセは、しばらく考えるふりをした。
「今は亡き、後藤カーズを偲ぶの? そんな話だれが聞きたいというの? ここで終わっちゃいましょうよ──」
「ごほうびのデートは?」
「ああ、くるみとデート!!」
「カレナセンセと私のデートですよ」
「くるみとのデートが終わったらねっ」
「じゃあまだ2話必要じゃないですかっ。それに兄は死んでいませんよ。夢魔ですから人間の煩悩が溜まれば自然発生します。それがそのまま兄かどうかはわかりませんが……」
「自然発生したら、また考えよう!!」
「私は夢魔ですから。女の煩悩から生まれました。デートで私を満足させてくれたら、くるみとのデートを設定してあげます」
「やたら上から目線だねー」
「私気づいたんです。くるみって男の子っぽい性格ですよね? だったら夢魔の能力で操れるんじゃあないかって……」
「また操ったの?」
「ハイ。あの斎藤先生ですら、くるみが惚れたと勘違いして……あっ!!」
「おしおきの後にデートねっ」
「ハイ!!」
つづく
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