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ちびたの本棚 読書記録「春にして君を離れ」アガサ・クリスティー

主人公のジョーン、いつの世もこのような自己中心的な人物はいるものだ。なるべく近くにいてほしくないけれど、生きていればどこかで一度はこういう人に遭遇するだろう。

彼女は自分の考えが正しく、周りの人間も当然自分と同じ考えだと思っている。そのうえ、最も良い選択をした自分に皆が感謝していると信じて疑わない。

この時代のある程度の階級では、社交に長けて滞りなく家庭という組織を運営していく人物が必要だったのだろう。損得勘定ができる人間がいなければ、家庭も社会もうまく回らないのが現実だ。

ただ、ジョーンのように相手を尊重せずに自分の考えを押し付けるとなると、たちまち人間関係に摩擦が生じてしまう。

終盤の畳み掛けるような描写は、ジョーンの感情の変化を生々しく表現している。不本意にも砂漠の他に何もない地で幾日も過ごすことになり、否応なく過去の自分と向き合うことになる。やがて自分を正当化するために記憶をねじ曲げていたことに気付く。
果たして真実はどうだったのか。誰よりも優位に立っていたはずの自分が、実は哀れみの対象となっていたのではないか。

心理的な恐怖を感じるこの作品。
ジョーンの愛する夫、ロドニーの事なかれ主義の徹底さにも考えさせられる。ただ、夫婦のことは当人同士でなければわからない、というのが本当のところかも。
ミステリーものではない、今まで読んだアガサとはまた違う作品に出合えた。

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