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【赤と白とロイヤルブルー感想】娯楽を求めたら人生を指南された

※映画のネタバレを含みます


 Amazonプライム話題作「赤と白とロイヤルブルー」はいわゆるボーイズラブだ。いがみ合っていた英国の王子・ヘンリーと大統領の息子・アレックスがハプニングを通じて恋に落ちていく。
 とにかく顔のいい役者さんが、お城やホワイトハウスや別荘やクラブハウスなどで見つめ合うものだから、常に画面が美しくて慄いた。「なんと豪勢な……」と、いち一般市民である私はおこぼれを頂戴する感覚で見ていた。

 全体を通して「伝統的なプリンセスもののプリンス版」だと感じた。己の立場ゆえに許されない恋と嘘偽りない感情、そして困難の先に見える希望。様々な壁がありつつも2人の力で乗り越えていく王道ロマンス映画だ。
 公人の実写ボーイズラブという名目は新鮮だったが、ストーリーの流れは非常に王道だと感じた。

 ただ、私は自分が想像していた以上にこの映画を気に入った。なにがすごいって、言葉選びがべらぼうにうまい。ゆえに製作者の言葉がすんなりと自分に入ってくる。娯楽の映像作品だと思って見始めたのに、気づけば社会について考えていた。

※ここから下はセリフの切り抜き


「こっちのプリンスは、今すぐ国に帰ってトランペットを齧ってなさい」

 アレックスとヘンリーが逢瀬を遂げた翌日、補佐官ザハラが2人を見つけたあとの一言。
 アレックスと恋仲にあるのがイギリスの王子で、選挙戦に集中しなければならないときに記者だらけのホテルでアレックスがうつつを抜かしていて、すっぱ抜かれたら選挙戦どころじゃないの分かってんのかこいつら!?的な焦りと混乱と怒りが詰まっていてとても好きなセリフだ。
 ヘンリーはザハラの立場上敬わなければいけない存在だが、1人の社会人として叱咤せずにはいられない。もはや罵らずにはいられない。そんな気持ちが「トランペット」に集約されていてかわいい。

「お母さんに話したよ。拒絶はされなくても、僕を見る目が変わると思ってた」

 アレックスがアメリカ大統領である母に同性、それも異国の王子と付き合っていることを打ち明けたあとの手紙より。「拒絶はされなくても、見る目が変わる」。人の距離感と変化が的確に表されていて好き。
 アメリカ大統領がナチュラルに女性なのも近未来的でいいよね。「マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙」で色々考えて泣いたことがあるのでクレアモント夫妻がとんでもなく眩しく映った。この創作、史実であれ。

「何度も説明してきただろ。君には失うものがない!」
「(中略)君が応えてくれないのを分かっていながら、愛してると伝えるためにここに来たんだ。全てを失う覚悟で来た」
 何世紀もの歴史を背負っている自分と自由の国で政治を行おうとしているアレックスとでは失うものの大きさが違うと別れを告げたヘンリー。国の制度にがんじがらめになっているヘンリーからすれば、一国を変えられる可能性を秘めたアレックスは自由の身でしかない。
 そんなヘンリーに対して、望み1つないまま積み上げたキャリアを台無しにし、全てを賭けてヘンリーに会いにきたとアレックスは理解を促す。認識の違いを正せるアレックス、いい子。


「君の口から帰れと言ってくれ。それが僕を追い払う唯一の方法だ。(中略)僕は諦めが悪いんだ」
「……待って。君に見せたいものがある」

 君の口から帰れと言ってくれ、だとー!? アレックスの絆し気質というか、愛され慣れというか……相手も自分のことを好きだという確信がすごい。それ言われたらもう相手はボロ泣きだよ。ヘンリーも降参しちゃったもん。
 このあとヘンリーが子どもの頃から抱いていた夢をアレックスと叶えたのが本当によかった。自ら選んだ別れだったのに、アレックスに別れの道を閉ざされて「この人しかいない」と確信したから秘密の場所へ連れて行くのムーンライトミラクルロマンスすぎるよ。

「王室のロイヤルファミリーのイメージを壊すことは何であっても許されない」
「なんでですか?」
「クレモント=ディアス君。覚えておきたまえ。この場では君の意見は歓迎されない。君は問題であり解決策ではない」
 君は問題であり解決策ではない、という言葉のチョイスに痺れた。拒絶の理由として明快すぎる。職場でこれ言われたら絶対寝込む。

「選挙は無意味という人もいます。(中略)初めて投票するトランスジェンダーの学生に同じことを言えますか?選挙は声を上げる大事な機会です。今夜はあなたの声が多くの国民の声と重なりました

 こ、これ1番好き〜! 選挙とは世界を変えることではない。他人も自分であると実感できる機会である。そういうメッセージを感じた。
 選挙という言葉の捉え方が素敵すぎない!? 1人1人の力が世界を動かすのはもちろんだけど、「そもそも選挙自体が他人も自分であると知れる機会」なんて捉え方、教養がありすぎない? 
 
クレアモント大統領の再戦演説は、己の感情を貫いて成就したアレックスとヘンリーにも重なってくる。
 自分の意見をつまびらかにすることには恐怖を伴う。だが、腹のうちを曝け出すことで目の前の人間が自分と同じであることを理解できるかもしれない。

 娯楽を通じて"選挙に行きたい"と思うなんて、誰が想像できただろう!?
 ……いや、意外とそんなものだが。
 誰かの説教を聞くより、遊びを通じて学んだ方がよっぽど頭に入ると子どもの頃痛感したはずなのに、少し硬くなった頭はすっかり忘れてしまっていた。

 いい映画だった! 個人的にはできる女代表のザハラお姉さんが大好き。
 上記以外にも、お母さんに性嗜好を打ち明けたら「愛してる」と「性交時の注意点」を伝えられるところとか、バカンス中のアレックスのお父さんとか、告白を聞ききれない臆病なヘンリーとか黄色いネクタイのくだりとかすっごくよかった。
 話題になってるからと再生してみた学生たちが、選挙について考え直してくれたら一成人としてとても嬉しい。

 まさか選挙に行きたいという感想に着地するとは思ってなかったので、今年見てよかった作品リストに載せたい。


 余談 : 梅田蔦屋書店の文学コンシェルジュさんがしたためた原作の感想がとてもよかった。
 「忌避されるべき人間など存在しない」というまなざしを作者が持っており、主人公2人のみならず登場人物全てが「ただそこで生きている人」として書かれているという。原作を読みたくなった。

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