自殺はすべて精神疾患によるか?

沢山の日本人が自殺している。警察庁による報告では、令和3年は21007人が自死したとのことだ。実際の数はもっと多いだろう。とはいえ、年々減少傾向にある。仮に、自殺者が直前に精神科の診察を受けたとして、全員がなんらかの精神疾患があると診断できるだろうか。

一昔前にはsmiling depressionという用語があった。一見バリバリと仕事をこなしエネルギッシュに見えていてもある日突然死を選ぶ。企図後、運良く生き延びることができた人の中には、これまでの生活を振り返った時、過剰適応であった事に気が付き、生き方を変えてやり直すケースもある。しかし、すべて過剰適応として説明がつくわけでは当然ない。

自殺者の大半が抑うつ状態であることには違いない。その抑うつ状態が、適応障害・うつ病・双極性感情障害などの精神疾患に起因するものであることは多いだろう。しかし、沢山の自殺未遂者を見てきたが、全く精神障害の痕跡がない、というケースにも時折出くわす。例えば、家庭生活、仕事を完全にこなすことが出来ており、趣味や旅行にも興じることができている。さらに、周りからの観察でも何ら変化はなく、神経発達症やパーソナリティの可能性も低く、それでも慢性的な絶望を抱えながら企図した、というケースだ。つまり、なんら判断力が損なわれてない。すなわち、本人の意思での自殺だ。あるいは、覚悟の自殺とでも表現すべきか。

心の闇のすべてを精神医学で説明しようなど不可能である。将来、心の闇のすべてを説明することができるだろうか。答えは明確に No だ。精神医学は進歩している。しかし、精神医学での進歩とは、心がきたしうる変調の極一部を再分類し、それに対応する遺伝的変異と、環境による遺伝発現への影響を調べ上げ、それを元に分類を細分化・統合を繰り返す作業に他ならない。新たに現れた仮説をもとにさらなる薬物が作り上げられ、わずかな天才が新たな精神療法を開発する。多少なりとも精神医学の外延を拡張しつつも、さらに広がり続ける精神活動全般を把握することは決してない。我々精神科医はその事を自戒しつつ診療をしていかなければならない。

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