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Lily Bouquet full of hands 【LetheCharge後日談】

もう大人なんだから分かってる。
どうしようもないことはどうしようもないんだって。
だから、無い物ねだりして駄々をこねたりなんかしない。
だけど……。

…………

「マイア。ベルから手紙が来てるわ。」
「え、ホント?見せて見せて!」

ゆったりとした淡いピンクのナイトドレスを揺らしながら部屋に駆け込んでくるアリスの手には開封されたオフホワイトの封筒と青い花に縁取られた何枚かの便箋があった。マイアは待ちきれないとばかりに受け取り、便箋を覗き込んだ。

手紙の内容は1年ほど前に結婚した友達の近況報告だ。共に旅をしていた頃、揃いも揃って不器用ながらも互いを気遣い合っていたふたりを思い出し、つい頬が緩む。

「そっかそっか。ベルもアルフも仲良くやってるみたいだねぇ。」
「それはそうよ。結婚式の日、ふたりともあんなに嬉しそうだったもの。」

二人の脳裏にはふんわりとした淡いブルーの花嫁衣装に身を包んだベロニカが美しい恋人の肩に寄り添い微笑む様子がつい昨日見たかのように鮮明に浮かんでいた。
フリルやレースがたくさんあしらわれた華やかなお色直し用のドレス。あれはマイアとアリスが散々悩んだ末に選び贈ったものだ。ベロニカは「そんな可愛いドレス私には似合わない」と照れてそっぽを向いてしまったけれど、いざ袖を通すと繊細なレースをうっとりと指でなぞり、満更でもなさそうな様子を見せてくれた。
ベロニカ自身が選んだ、長身な彼女の凛々しさを引き立てるスレンダーラインのシンプルなドレスももちろん素敵だった。でも、マイアたちは恥ずかしそうにそれでいて心底幸せそうに着こなす思い出の衣装の方をこそ決まって思い浮かべるのだ。

「マイアったら、着替えを手伝うって言ってベルの身体を触ってたでしょ。」
「え、ええ〜、なんのことかなぁ?」
「とぼけないでよ、見てたんだから。マイアのえっち。浮気者。」
「やだぁヤキモチ~?アリス可愛い~。」

とりとめのない言葉を交わしながら手紙を読み進めていると、アリスが小さく「あ、」と声を漏らした。マイアも目を通して、アリスの目を引きたらしい一文を見つけた。

「ああ、そうよね。もう二人が結ばれてから1年近く経つものね。」
「それもそうか。…いやしかし。ぐむむ。とうとうやりおったなアルフめ。あ~のムッツリスケベが。」

アルフレッドとベロニカの二人は子供を授かっていて、それを知らせるために手紙を寄越したのだ。
マイアが10歳以上も年上の友人に対し甲斐のない対抗心を燃やしていると、ふとアリスの目に涙が光るのが見えた。

「ア、アリス!?」
「え?…あ、うん。あのね…私、すごく嬉しくて…。ベル、アルフレッドからのプロポーズを受け入れてからもずっと悩んでいたから。」
「だよね。病気や呪痕が消えたとしても不安に決まっているもん。」

健康な者同士でも命を生み出すという行為は危険や不安と隣り合わせだ。それが長年重い持病を抱え、幼くして実の両親と引き離されたベロニカにはなおさらだろう。そして不安なのはアルフレッドにしても同じことだ。恋人の意思次第では最悪子供を持つことを諦めることになるかもしれないからだ。それは愛情深い性格の彼にとってどれほど辛いかは計り知れない。

「でもね、たとえどんなに先行きが不安だとしても。二人がそれでも前に踏み出してくれたことが、嬉しいの…。そう、なんだけど…。」
「そうなんだけど、…なぁに?」
「ううん。何でもない。忘れて。」
「いや、言ってよ。…きっとあたしも、同じこと考えてるから。」

大切な人に幸せになってほしい。そんな願いだけを湛えた恋人の澄んだ瞳に宿る翳りを、毎日傍にいるマイアは見逃さなかった。

「手紙を読んだだけでも、新しい命を授かってどれだけ嬉しいか伝わって来るわ。ベルたちには幸せになって欲しいの。心の底から。本当よ。」
「わかってる。」

すべて犠牲にする覚悟で最愛のひとに手を差し伸べた一番の親友にも。そんな彼を心から信頼し新たな幸せを築くと決めた憧れだった女の子にも。
いつしか封筒も便箋もテーブルの上に重ねて置かれていた。「嬉しい」と言った涙とは明らかに違う涙が溢れていることをとうに見抜いていたマイアはアリスの手を取り、緩くリボンで結ばれた金色の髪をそっと撫でた。

「だけど、ね。羨ましい、ずるいって…思ってしまったの。だって…私たちは、どうしたって…どんなに願ったって…どんなに、愛し合ったって…。それは叶わない願いだから。」
「……うん。」
「ごめんね。それでも私、マイアとこうなったこと後悔なんてしていない。マイア以外、考えられないもの。」
「それはあたしだって…!」

いつしか自分の頬まで濡れていることにも気付かず、マイアはアリスを抱きすくめてベッドに押し倒した。アリスもマイアの華奢な、でもほんの少しだけ自分より大きな背中に腕を回した。

「あたしにだってアリスしかいない。誰よりも大好きなの。」
「マイア…。」
「たとえ子供ができなくたって。アリスと一緒になりたい。一生、ずっと一緒に。ほかには何もいらない。」
「……。」
「でも、やっぱりアリスのことが、ものすごく好きだから…。やっぱり、あたしどうしても、辛い、な…。」

いつも明るいマイアの苦しげな声にアリスはギュッとシーツを握りしめた。そして咄嗟に涙を拭うと、無理して笑ってみせた。

「今ね、すごくマイアのこと欲しいの。…いいでしょう?」

マイアは返事の代わりに頷き、恋人の唇に自分の口を重ねた。

…………

「あ、ああっ、マイア…っ!」
「アリス、アリス、大好き…!」

二人は生まれたままの姿で肌を重ねていた。アリスの髪を括っていたリボンもいつしか解け、豊かな髪が黄金に輝く花のように広がり、マイアのサラサラした茶髪と絡み合った。どちらかが上になったり下になったりすることもなく、頬を乳房をお腹を優しく愛撫しあう。
子袋のある辺りに、濡れそぼった処に軽く触れられると、アリスはああっ、とひと際高く声を上げた。あまりに強い快感にまるで孕んでしまうかのような錯覚を覚える。

「アリス、今日はすっごくエッチだね。」
「んんっ、だって…!」
「変なの。こんなにあたしたち、誰よりもひとつになっているのに、ね…。」
「それは言わないで。…お願い、もっといっぱい触って…。」

もう大人なんだから分かってる。
どうしようもないことはどうしようもないんだって。
だから、無い物ねだりして駄々をこねたりなんかしない。
だけど、本当にこのひとのことが大好きだから。
わたしたちが愛しあった証を残したいと願ってしまうの。
だって人は永遠には生きられない。
そのため人は恋をして命を次へと繋いでいく。
恋する人なら誰でも持つあたりまえな願い。
それが。
私たちには叶わないんだ。

…………

「マイア、もう朝よ。起きて。」
「!」

夢さえ見ない眠りから醒めると、アリスがクスクス笑いながら呼んでいる。
そうすると自分だけ素裸なのに気づき、マイアは赤くなった。もっともアリスも彼女にしては珍しく寝癖が残っていて、たくさん吸われた唇はほんの少しぽってりしていた。

「もう、昨日は散々無理させるんだから!」
「ごめん。でもアリスも気持ちよさそうだったじゃん。」
「マイアのせいでまだ眠いのに体が変な感じになって目が覚めてしまったわ。喉もちょっとヒリヒリするし。このままじゃ食欲もでないし。」
「うう、じゃあ、散歩でも行く?外の空気吸えば元気になるよ。」

マイアとアリスは人もまばらな早朝の通りを寄り添って散歩に出かけた。今住んでいる集落からは歩いて30分もかからないそこそこの大きさの町だ。珍しい食材や服飾品を売ってくれる商人が立ち寄るのでちょくちょくここには遊びに来ている。
北国特有の涼しい空気を吸いこむと、アリスの機嫌もよくなったらしい。さきほどアリスの可愛らしさに惚れ込んだ商人から白い百合の花束をかなり安く譲ってもらえたのも良かったのだろう。

「おかあさーん!!!」

突然ストロベリーブロンドの髪をお下げにした5,6歳の女の子がマイアの脚に抱き着いてきた。そして今度はアリスの手を握り満面の笑みを見せた。

「あ、あのう。私たち、あなたのお母さんじゃないわよ?」
「え…え?」

女の子は目を丸くして、アリスとマイアの顔を見比べた。そして恥ずかしそうに飛びのいた。

「ごめんなさい。お母さん”たち”に似てたから間違えたの!」
「ということは、お嬢ちゃん迷子になったの?」
「違うよ。お母さん”たち”とお姉ちゃんが迷子になったんだよ!」

そう危ない町ではないけれど、女の子を一人にする訳にはいかない。さてどうするかと思案していると、金髪と茶髪の女性と黒い髪の10歳くらいの女の子が明らかに慌てた様子で走ってきた。
それを見るとストロベリーブロンドの女の子はパッと顔を輝かせて走って行った。

「お母さんたち、どこ行ってたのよ。お姉ちゃんも。迷子になっちゃダメでしょ!」
「”どこに行ってたの”はこっちの台詞よ!」
「すぐフラフラいなくなるんだから!」
「あ、あの、うちの子が迷惑掛けませんでしたか?」

お母さん”たち”と言ったのはこの二人もマイアやアリスと同じ女性同士のカップルだからだろう。年頃は20代半ばから後半くらいにみえる。

「下の子は前の夫に似て騒がしいですからね。いつも手を焼いているんですよ。」
「え、前の旦那さんとの娘さんなんですか?」
「はい。上の子は遠い親戚の子ですけどね。この子の両親が仕事でとにかく忙しいから、しばらく引き取ることにしましてね…。」

境遇が似ていることもあり、意気投合したマイアとアリス、そして女性ばかりの四人家族は噴水を囲んで座り、しばらくお喋りした。

「この人との子供を産めたら、ですか。…それはまあ考えたことならありますけど。」
「えー、アタシはイヤだけどな。フツーに痛そうじゃん。」

馴れ初めを話したり、お互いの好きなところを言い合ったり。気の合う女性が集まれば話は尽きない。いつしか日は高く上り、まばらだった通りには人が溢れて来ていた。
大人たちは互いに会釈し、子供たちは元気に「バイバイ」と言って人ごみに紛れて立ち去って行った。

「ふふふ、みんな幸せそうだったね。」
「うん、本当に。」

町にはいろんな人が歩いている。当たり前だけど、ひとつとして同じ幸せはない。結婚すれば必ず幸せになれるわけじゃない。いい仕事に就いたとしてもそれがもとで不幸になるかもしれない。

「でも、ひとつだけ分かっているのは。」

想定以上にパンパンになった買い物袋を抱え、家の庭に帰って来たマイアは独り言を言いながらアリスを見詰めた。
すると驚いたことに、アリスもマイアのことを真っすぐに見ていた。

「幸せになるにはマイアと一緒じゃなきゃいけないってこと。」

先に言いたかった台詞をとられたマイアは苦笑した。そして今心にあるだけの想いを込めてアリスの唇にキスした。

…………

「お花、いっぱいサービスしてくれたけど、いつもの花瓶に入るかしら?」
「大丈夫だよ。意外と大きいから見た目よりは入る……あ。」

テーブルの上には置き去りにされたままの封筒と手紙が置かれていた。

「大変。ベルたちに返事を書かないと。」
「あっ、本当。すっかり忘れてたね。」

大きな花束を抱えるようにテーブルの上へとガラスの花瓶を運んでくるアリスの表情は晴れやかだ。

柔らかな百合の香りに満たされながら、マイアは大好きな友達にどんな言葉を送ろうかとのんびりと考え始めた。

…………

もう大人なんだから分かってる。
どうしようもないことはどうしようもないんだって。
羨ましくないと言えば嘘になるけど。
でも私たち、きっと誰より幸せです。


END


✾・✾・✾

『Lethe Charge』イメージソング「Lily Love」にちなんで"Lily"がタイトルに入るラブな話を考えてみました。「両手いっぱいの百合の花束」の意味です。
もしゲームっぽい感じシナリオとしてネタが上がればツクール化してみたい。その時は大分話の内容も変わるだろうけどね。

この「Lily」シリーズは一応あと二つ考えていたりします。

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