見出し画像

2024北海道西部旅行記その3

3日目:室蘭〜登別〜室蘭

 朝起きて、ホテルを出発したのは8時半を過ぎてからだった。
 もっと早く出ようと思えば出られたが、今日は登別に行くだけだという油断もあって出るのが遅れた。まあ9日間の旅程だ、時折だらけることも必要だろう。
 たまに、旅行先のホテルでずっとのんびりしていたいと思うことがある。しかしせっかく来たんだからと身を起こし、いつも予定を詰め込んで行動している。出先でもマイペースに行動できるのが一人旅の良さだし、それができるほうが熟練者という感じもするが、貧乏性なのか自分にはそれができない。よく洋画なんかだとリゾートホテルのプールサイドでサマーベッドに寝転がっているだけみたいなセレブが出てくるが、あれは浴びるほど金と時間がある人だけの特権なのだろう。私があのシチュエーションになったら元を取ろうと泳いでみたりトロピカルジュースを吐くほど注文するはずだ。そして眉をひそめたセレブたちにより退場の憂き目に遭うだろう。もともとそんなやつのために用意された場所ではないのだ。貧乏人はひたすら足を動かしていりゃいい。
 東室蘭駅から登別駅へ、まずは電車で向かう。東室蘭駅のホームで面白いものを見つけた。ドアの場所を示す標識だ。
 普通なら〇〇番線の〇〇番乗車口みたいな言い方になるが、ここの標識はAからT、しかもそれぞれのアルファベットを頭文字にした食べ物や動物の名前になっていた。些細なことかもしれないが、こういう遊び心を見つけるのは楽しい。朝のけだるい気分も少しは晴れるというものだ。

メロン乗車口。FはFox(狐)、IはIris(あやめ)といった感じだ

 室蘭本線に乗り、30分ほどで登別駅に到着した。
 ここからはバスに乗り、登別温泉バスターミナルまで移動する。険しい坂を上って15分で到着。バスを降りると、ざっと見渡すだけでも林立する大きな建物が目に飛び込んできた。大体がホテルや旅館だ。さすが有名温泉。
 本当は登別で宿を取りたかったのだが、思った以上に費用がかかるので断念した経緯がある。しかしやっぱり1泊ぐらいは取っておけばよかったか。そう思いながら立派な建物や商店街を横目に通り過ぎていくと、徐々に登別温泉らしさが顔をのぞかせてきた。
 そこかしこに鬼をモチーフにした像や、鬼が持つ金棒のオブジェがある。そして閻魔様などもいる。ついでに言うと閻魔やきそばという食べ物まで売っている。そう、ここは地獄なのだ。地獄に鬼や閻魔がいて何が悪い。
 ともすると悪いイメージが付いて回る鬼だが、ここでは普通に観光客を迎え入れる存在として活躍していた。しかし登別だけでなく別府や雲仙など、観光地に「地獄」と名付けるセンスはすごいと思う。まあ見たまんまを表現したんだろうけど。

閻魔の像。定時になると真っ赤な怒りの形相になるようだ
青鬼。よく分からんが長打率が高そう

 ゆるゆると坂を上っていくと大きな駐車場が見えてきた。 この辺からが本番らしい。
 修学旅行生がぞろぞろ階段を下りてきた。それに逆行して上ると見えてきたのはまさしく地獄。
 見た目は箱根の大涌谷に近い。硫黄の香りが漂ってくるのも同じだ。違うのは直近を歩けることだろう。柵のついた木道が谷の縁を沿うように設置されていて、迫力のある地獄の風景を楽しむことができる。登別特有の白濁した水が川のように流れ、湯気を立て、緑や黄色に変色した岩や土の上には墓のような石碑。その名に違わず地獄の谷だ。天気がいいので余計に映えて見える。最高のコンディションのときに訪れたのかもしれない。

地獄谷。清々しい空の青とコントラストが激しい

 しばし写真を撮ったりしてから木道を歩き始めた。どうも修学旅行生と日程がぶつかったようでなかなかの混みようだ。1対1でなんとかすれ違えるほどの幅なので窮屈ながらも進んだ。学生たちよ、元気なのはいいが頼むから定期的に集団で立ち止まるのをやめてくれ。
 木道を進んでいくと、ひときわ目立つ場所を見つけた。よく宣伝写真などでも見かけることのある鉄泉池だ。間欠泉になっていて噴き出ることもあるらしい。お湯の温度は80度だというからかなりの高温だ。

鉄泉池までの道。フォトスポットなので人が集中

 鉄泉池の辺りが一番硫黄のにおいが強かった。しかし草津の湯畑前と比べたら大したことはない。あれに慣れておいてよかったかもしれない。
 そこを過ぎると地獄谷と呼ばれるエリアは終わりのようだった。しかしまだ見るべきものはある。ほとんどの観光客や学生たちは脱落したが、歩いて先へ進むことにする。
 次の目的地は大湯沼だ。山道のような遊歩道を上って下りて、やっとたどり着いた。
 こちらは水量が多く、谷底は完全にお湯で埋め尽くされた状態。水面はミルク色の部分と薄まった部分が分離していた。現実離れした景色に思わず見入ってしまう。

大湯沼。シンプルな注意書きが恐怖感を引き立てる
こちらは奥の湯。大湯沼の近くにある

 もうこの辺になってくるとハイク目的の観光客数人しかいなくなったが、構わず進む。
 続いて目指すのは足湯だ。大湯沼をぐるっと迂回するように歩き、舗装された道から外れた、一見しただけでは気づきにくい場所から入っていく。
 ちなみに「地獄谷 地図」などで検索すると出てくる登別地獄谷の地図だが、俯瞰で見るとなんとなく楽に見えるものの、実際は結構なアップダウンがあることを留意されたい。そして山道も多い。地獄谷だけならまだしも、そこから先に行くなら最低でもスニーカーを履いていくことをオススメする。
 それから足湯までの道にある大正地獄展望台だが、私が見たときは途中で立入禁止になっていた。間欠泉の噴出具合が強く危険なためとか書いてあった気がする。
 足湯はその先、川沿いにあった。というか驚くことに川そのものが足湯になっていた。大湯沼から流れてくるお湯をそのまま利用しているようだ。
 丸太が川沿いにせり出すように組まれていて、その端に何人かの先客が座り込み足を浸している。自分もそれに倣って靴下を脱ぎ、足湯という名の川に入ってみた。
 ちょうどいい温度だ。多少ぬるいくらいかもしれない。しかし白濁しているため底が見えず、それが怖い。何度か足で押してみてちゃんと底が浅いのを確認すると、思い切って腰を上げて川の上に立ってみた。最初は沈む感じがするが、濡れるのは足首くらいまでだ。下はザラザラした感触。手ですくってみると細かな小石の連なりだった。ふと川の上流を見ると段差があり、小さな滝のように登別の湯が流れ落ちている。こんなにダイナミックに自然と一体化している足湯はなかなかないだろう。

立つのに勇気がいる川底。足湯の全景は人が多すぎて写真を撮れず
大湯沼から注ぐ登別の湯。まさしく源泉かけ流し

 これで大体1周できた。本当はもっと外側にいろいろ道はあるが、そこまで歩いていてはキリがない。主要な部分は大体見ただろうということで、最後に舟見山遊歩道を通って引き返すことにした。
 こちらには高浜虚子の句碑などがある。観音像が多いのも印象的だった。見守られているような気がしながらしばらく歩く。もう自分のほかには誰もいない。一人歩きが好きな自分にとっては絶好の条件だ。
 そんな幸せな時間もついに終わり、商店街へと戻ってきた。次に目指すのはロープウェーで上がった先にあるクマ牧場だ。近くのセブンイレブンでチケットを買い、ロープウェーに乗る。窓の外には山すその市街と海が見えた。
 のぼりべつクマ牧場は、その名のとおりクマ中心の動物園のようなものだ。北海道なので当然ヒグマ。それもエゾヒグマという種類らしい。
 ロープウェーを降りるとまずエスカレーターに乗り展望台へ。そこからクッタラ湖というカルデラ湖を見ることができた。よそと接続する川もない単独の湖で、カルデラなのでぽっかりと穴が開いたように丸い。なんだか神秘的に見えた。行けるものなら近づいてみたいが……まあ野生のほうのヒグマに出会いそうなのでやめておこう。
 展望台の中には博物館があり、クマの生態や標本、そしてクマと関係の深いアイヌの資料もたくさんあった。博物館の外にもアイヌの民家やクマの檻などが実物大で展示されている。規模こそ小さいがなかなか本格的だ。

ヘペレセツ(子グマの檻)
ウポポイでも見たが、こちらもアイヌ資料多し

 そこから引き返して歩いていると、クマ山ステージという場所でクマがアスレチックの練習をしているというのでのぞいてみた。要は水族館で見られるイルカショーのクマ版みたいなものだ。
 見たときは1匹の若いクマがステージ上にいた。練習なので割と自由に動いていたが、なかなか器用なんだなと思った。というのも箱を開けて中の餌を取り出したり、丸太を組んだ台の上に登ってバランスよく歩いたりできるからだ。教えたからできるのではなく、自分の頭で考えてやっているらしい。
 しかしこれ、ショーとして見ているから気楽に見られるものの、例えば自分が寝ているテントの周りでこれをやられたらマジもんの恐怖だろう。仕草は可愛い。いやしかしヒグマだしなあ……という葛藤を味わいながら複雑な思いで眺めていた。最近クマの出没事件が多いし。
 そのあとはアヒルのレースを眺めたり、牧場内で観客に餌をねだるクマたちを見物して時間を潰した。中でも「ヒトのオリ」という、人間がガラスケースの中に入っているような感じで牧場のクマに近づける場所は迫力があった。ちょっと分厚いガラスを隔てた先にオスのヒグマがいる。四つんばいで歩いていても、その腰の高さは男性の肩ぐらいまである。体格は言うまでもなく巨大。こんなんが高速で走って襲ってきたらと思うと悪夢でしかない。
 ただ、傍から見ているだけだと愛くるしい姿を見せてくれるのも事実だ。このクマ牧場もただクマを見世物にするだけではなく、生態調査や繁殖などを行ってクマと人間の共存を図ろうとしている。苦労も多いだろうが頑張ってほしいものだ。

丸太の台に登ろうとするヒグマ。意外なほどスムーズに脚を使う
上にいる客に餌をねだるヒグマ。なかなかの芸達者
昼飯のカツカレー。こういう場の食堂なのであまり期待していなかったが、カツも本格的でおいしかった

 またロープウェーで山を下り、登別の商店街に到着。
 もう時間は16時を過ぎていた。帰りのバスの時間もあるので、そろそろここを離れないといけない。
 そういえば……と思い出したのは、温泉に入ることだった。ここは登別温泉。温泉に入らないまま帰ってどうする。地獄谷やクマ牧場など目を引くものばかりで忘れかけるところだった。
 選んだのは「夢元さぎり湯」という場所。旅館に付属する温泉施設ではなく、独立した浴場だ。特徴としては硫黄泉とミョウバン泉があること。硫黄泉である「一号乙泉」は登別定番の湯で、白濁度合いも強い。対してミョウバン泉である「目の湯」は色が薄めで温度も低めの印象を受けた。それぞれ効果が違い、一号乙泉は身体機能の活発化、皮膚病に効果があり殺菌力が強い強酸性。目の湯は皮膚や粘膜を引き締めてくれる作用があり、結膜炎などにもよく効くという。だから「目の湯」なのだ。
 入った感想を言うと、一号乙泉は指や足の関節にしみるような感じがあった。痛むほどではないが、何かしら成分が作用しているなという印象。これが強酸性の効果なのだろうか。そして熱い。肩まで浸かっていると何分もいられないくらいだった。
 目の湯のほうは温度が低めでゆったり入れる。肌にも優しい印象。短時間で交互に入るのがよさそうだ。熱すぎるなら水風呂もあるので冷たい水を浴びるといい。サウナもある。
 湯を出たらアイスを買い、休憩所でひと休み。マッサージチェアに寝転がる人を横目にベンチで満足の吐息をつく。いやあ最高です。

さぎり湯の入り口。バスターミナルの近くにあるので行きやすい。値段も安価だ

 最後に土産屋で買い物をし、バスに乗って登別温泉をあとにした。そして電車に乗り換え東室蘭のアパホテルへ。さすがにもう歩き疲れたので夕食はコンビニ飯にした。
 明日は朝から函館に向かう。洞爺湖に行けなかったのは残念ではあるが、次に来る機会があったらそっちに行ってみよう。

 3日目の反省点。
 特になし。登別温泉をしっかりと堪能できた。1日、しかも歩きでできることを考えたら、これが最大値なのではないだろうかという濃厚さだった。
 山あいらしく坂が多いので疲れはするが、観光にも良し、トレッキングにも良し、動物好きにも良し、そして温泉好きにも良し。そりゃあ人気も出るし立派なホテルもたくさんできるわけだ。
 まだ一端ではあるが、北海道の魅力の1つに十分触れられた。次の函館でも新しい経験がいろいろ待っているだろう。
 期待に駆られながら、しかし明日の朝は早いのでさっさと寝ることにする。
 次回へ続く。 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?