無職日記その6
退職して3か月。
現在の心境を書いていく。
1:歩もうとするも、なかなか進まず
北陸の石川や福井、そして北海道へ旅行した。それはそれでとても満足できる旅だったが、そのあと自宅に戻ってちょっとゆっくりしようかというモードになると、なかなかそこから抜けられない。まるで足に根が張ったように何日も家にこもってしまう。
仕事をしていたときは「ひたすら仕事をしている自分」が定着していたように思う。そして今は「怠惰な自分」が定着してしまっている。
結局、人間というものはその状況に慣れてしまうと、命に関わる問題以外はなんとなくやり過ごせてしまうものなのだろう。そして、その「なんとなく」が1年経ち、10年経ち……となるにつれて自分の中に定着してしまう。
思えば学生時代は何年かごとに変化があった。高校や大学への進学もそうだし、細かいことを言えば1年ごとのクラス替えなんていうのも日常の大きな変化だ。しかし大人になるとそれがない。平気で何十年も同じ環境に身を置いてしまう。そして定着を招き、なんとなくそこへ落ち着いてしまう。
そうするとどうなるか。答えは「必要最低限の行動しかしなくなる」だ。
「最適化」と言い換えてもいい。慣れたルーティンをこなすための最低限しかやらなくなる。そしてもっと楽にやれる方法を見つけたら、多少のリスクは承知でそちらを選んでしまう。そしてまたそれが定着する。
今の自分に当てはめると、「仕事して稼がないといけない。やりたいこと、行きたい場所もたくさんある。しかし家でなんとなくYouTubeを見たり、ゲームをやっているほうが楽だ。だからこの行動を続けよう」となる。
もちろんこれを長く続けることはできない。どこかで破綻がやってくるのは確実なのだが、いざ何かやろうとしてもなかなか前に踏み出せない。
解決する方法はといえば、日常に変化をつけることなのだろうと思う。家だとサボり癖が出てしまうならコワーキングスペースにでも行けばいい。ネットで旅の情報なんかを眺めて悶々としているなら、さっさとそこに行けばいい。動かないとどうにもならない。足に根が張ってしまっても、そいつをぶち抜いて外に出ないといけない。
そう思うんだけどなあ……現実はそう甘くない。
しかし、休むというのがとことん下手だなと思う。これは自分に限ったことではないのだろう。日本人全員に言えることなのかもしれない。
思い出にしろ持ち物にしろ、スパッと捨てられる人がうらやましい。一度頭の中を空っぽにすれば次の行動をしやすいわけだが、どうにも過去の自分に足を引っ張られて、前進が止められている感じがする。根っこが生えたり引きずられたり、大変だな私の足。
希望する生き方はある。やりたい仕事もある。ならばそこに向かって無心で突き進めばいいと思うのだが、なかなか前に進めない毎日だ。
2:本を読めるようになった
この見出しだとなんだか子供の成長日記みたいだが……。
とにかく、本が読めるようになった。それも長い物語をだ。
『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』という本が少し前に話題になった。まだ未読なのでいずれ読んでみようと思うが、タイトルだけでも共感できる。忙殺されていると長い話が頭に入らなくなるのだ。
何年か前、電子書籍でシャーロック・ホームズ全集を買った。そして全集1『緋色の習作』、全集2『四つのサイン』まで読み切って、全集3『シャーロック・ホームズの冒険』の途中で力尽きた。
なぜかって、異様に長いのだ。前2作を合わせたより長い。そして途中で放り出し、合間に日常生活を挟んだり、楽に読める漫画の新刊なんかに手を出してしまって、いつか内容を忘れてしまい、そのままになっている。
何がよろしくなかったのかというと、やはり習慣付けができなかったのが問題なんだろう。読書は楽しいが、長い話は一度には読み切れない。そうなると忙しい日常の合間に読むしかなくなる。例えば電車の中だったり、仕事の休み時間だったり。そんな10分から20分程度の時間では話に入り込めないし、一度読んだ部分を忘れてしまったからもう一度読み返すなどをしていて疲れてしまい、ほかの楽なものに手を出してしまうわけだ。
今現在は松本清張の『砂の器』を読んでいる。これもまあ長い。長いのだけど楽しく読めている。それは就寝前に読むと時間を決めていることが功を奏しているのだと思う。習慣付けがしっかりとできているのだ。仕事をしているときは寝る時間もバラバラなのでこれができなかった。
以前もどこかで書いたかもしれないが、無職になってから1つの物事に集中できる時間を得られたというのは大きなメリットだ。逆に言えばこんな貴重な時間を削ってまで仕事に奔走していたころの自分、今考えると何をやっていたのかとさえ思えてくる。
そのうち、もう一度ホームズを読み返してみようと思う。となるとまた全集1からになるのか……まあ暇だからいいか。
余談だけど河出書房のシャーロック・ホームズ全集は名訳だと思うので興味があったらぜひ読んでほしい。小林司氏、東山あかね氏の訳だ。なんというか、日本語がきれいでリズムが良い。
以上、得にもならない宣伝でした。
3:夏からの逃げ場所を探している
暑いんですよ。めちゃくちゃ暑い。
そして都心は暑いうえに人も多くて不愉快だ。だから夏の間、どこかへ逃げたい。
千葉の南、房総半島にある勝浦は涼しいらしい。猛暑日を一度も記録していないのだとか。最近のニュースを見ていると熱中症警戒アラートだの搬送が何人だのばかり言ってくるので気が滅入ってしまう。勝浦はそれとは無縁の世界っぽいので夏を過ごすにはいいかもしれない。
軽井沢なんかも涼しげだけど、どうだろう。高級でおしゃれなイメージがあるのでちょっと身構えてしまうが、山好きな自分にとっては絶好の場所かもしれない。
こんなことを気楽に考えられるようになったのも、無職になったおかげだ。
以前なら汗だくになりながら陽の高い時間に通勤していた。そして電車で一度冷やされ、会社まで歩くうちにセカンド発汗し、会社でまたセカンド冷却を受ける。もう体調不良になってくださいといわんばかりの環境だ。前の仕事は複数の職場を1日で渡り歩くこともあったから、サード発汗サード冷却もあり得た。だから下着は常に山用の装備にしていたくらいだ。そして退勤時にフォース発汗フォース冷却。アホか。
それが今は週単位で、なんなら月単位でどこかに行けるわけだし、わざわざ不快な環境で暮らす理由がない。金はかかるので応相談になるけど。
これから日本の気候がどうなるか。地震なども心配だ。これは決して軽い気持ちで考えていい話ではない。終の棲家を探すことは人生にとって重要だし、もしそうしたものが見つからないなら、常に身軽に動ける状態に自分を保っておくことも重要だ。
まあとにかく、今年の夏も暑そうなのでどうやって過ごすか。無職で自由になり、移動の選択肢が増えたのはありがたい。
いい逃げ場所が見つかるといいなあ。そして毎年、そこに逃げられたら最高だ。となるとやっぱり金がいるな。
求めるものは多い。全部はかなわなくとも、1つでも多くかなえたいものだ。
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