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21歳 顧客に軟禁された思い出

零細自動車整備工場を営んでるセキと申します
車を通じて「人」を書きます

今回は数十年前の20代前半ディーラーサービスマン時代、ある日の出来事を書きます

朝から30代先輩営業マンが落ち着かない様子だ。
どうやら「車の不具合が多い」と顧客からクレームを受けたそうで、今日謝罪に行く予定だという。だから気が気でなく騒いでいる。

「サービス部の誰かも一緒に行ってくれ!」

その迷惑な一言で入社3か月の私も一緒に謝罪に行くことになった。今から思えばこのような状況で新人を矢面に立たせるなんてとんでもない事だ。

先輩たちは誰も頼りにならなかった。皆事なかれ

その顧客と言うのは私と年齢は変わらないそうだが、その親父がクレーマー気質らしく、何かにつけて呼びつけるそうだ。
車中、私はその先輩に「誰かの不手際で不具合になったわけでもあるまいし、行く必要あるんですか?」と申し出たが聞いちゃいねえ。ただただ顧客の言いなりが営業マンの道だと思っているよう。
とにかく私は新人の頃から「組織の在り様」のイヤな部分が目についていた。かと言って自身が変える気概もなかった。

アパートに現着。出てきたのは顧客じゃなくてその親父だ、「まあ上がれ」
座卓を挟んで対面で座った。私たちは正座だ。

「何故故障が多い車を売るのか」
「これまでの責任は誰にあるのか」
「これからどうするのか」

話すのは親父ばかり、聞いてた通りのクレーマー気質親父だ。当の息子は時折親父の相槌を打つだけ。どうやらこの親父は息子をダシにして威張り散らしたいだけだ。
更には途中から自分の過去を語りだした。本当にバカバカしい時間が過ぎていく。

思いもよらない軟禁生活5時間

10時頃伺ってふと時計を見ると午後2時を回っている。
車の話は30分、あとは親父の身の上話が3時間ほど。
先輩営業マンは素直に聞いているだけで何もしてくれない。私はと言うと、もういい加減腹が立ってきて「ちっ!」とか、その親父に聞こえるように舌打ちをした。・・こういうのは反省するところだ。
だが聞いちゃいねえ、親父は絶賛熱弁中だ。

午後3時を回ったところでそろそろ我慢が出来なくなり

「ちょっといいですか!これから息子さんの車は私が面倒見ます!私はセキと申します!何かあったら私に言ってきてください!仕事したいんで帰っていいですか!」

と声を荒げてしまった。自動車整備専門学校を卒業したわけでない何も知らないただの整備工員新人が。
一瞬沈黙の間ができ、その沈黙を破ったのはやはり親父だった。

親父「よく言った!!それでいいか?〇〇(息子の名前)!!」
息子「わかった!!」
営業マン「ありがとうございます!」
私「帰っていいですか!」

この4人の珍妙なやり取りで少しだけ場が和んだ。そしてようやく軟禁から解かれた。何が「よく言った!」じゃと思った。
車中、先輩までも「よく言った!」とか私に向かって言っていた。
「言うのはお前の役目だろうが」と思った。

その後一度だけ路上で重機を扱ってる息子を見た。
ちょうど目が合い、私に向かって馴れ馴れしく「よう!」と手を上げた。私はペコリと頭を下げた。
だが不思議なことにあれから来店は一度もなかった。
私も数年後にそこを退職することとなる。守ってくれない適当な先輩ともおさらばだ。


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