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【エ序2】エクナ篇序章②

「《持続光(コンティニュアル・ライト)》」

マリアの父が魔法を行使すると、室内は光に照らし出され、侵入者3人の姿を浮き彫りにする。

「何者だ?」

マリアの父が誰何の声を上げる。

「我らが何者かなどどうでも良いことだ。一応提案しておこう。おとなしく娘を渡せ。さすれば貴殿らに危害は加えぬ」

侵入者のリーダー格とおぼしき、中肉中背の男が提案する。

「答は否だ。何処の世界に、我が身可愛さに我が子を差し出す親が居る?」

マリアの父が拒絶する。

「我が母は男と居たいがために幼少の俺を二束三文で奴隷商に売り飛ばしたが……。ま、貴殿らには関係の無い話だな。ただの愚痴だ。忘れてくれ。世の中、貴殿らのような親ばかりではないと云うことさ」

男が自嘲気味に語る。

「君の境遇には同情しよう。だが私たちと君の母親を一緒にされては困る」

マリアの父が答えると。

「同情など不要だ。これから我らは貴殿の娘を力尽くで奪っていくのだからな」

男が剣を抜く。

「させると思うか?」

マリアの父も小剣(ショート・ソード)を抜き、母も両手にバトル・ファンを構える。

そして、場の5人が一斉に動き出す!

侵入者の1人・巨漢が、その巨体に似合わぬ速度で一気にマリアの母との距離を詰めると、戦槌の如き大きな拳で殴り掛かる!

と、マリアの母は畳んだ二振りのバトル・ファンをXの字に交差させ、拳を受け止めたかと思うと、そのまま力の流れを脇へと逸らす!

攻撃をいなされ体勢を崩す巨漢。マリアの母が足を払い、巨漢はそのまま膝を突く。そこへ、マリアの母が畳んだままのバトル・ファンで両のこめかみに痛打を与える!

皮下脂肪の厚い巨漢は打撃には強い自負があった筈だ。だがこめかみはそうはいかない。皮膚の下はすぐに頭骨だ。

怖らく両の側頭骨が折れるかひびが入っている筈だ。と、マリアの母が両手で巨漢の頭を挟む。そして。

「《電光(ライトニング)》!!」

「ぐああああああああ!!」

頭に直接電流を叩き込まれた巨漢は、白眼を剥き膝を突いた体勢のまま動かなくなる。

一方、中肉中背の男は剣を構え、マリアの父に襲い掛かる!

だが、男の得物は長剣(ロング・ソード)だ。狭い屋内では梁や壁に引っ掛かってしまい、思うように振るえない。

対するマリアの父の武器は小剣(ショート・ソード)だ。射程も軌道も短いため、狭い場所でも自在に扱える。

攻撃の回転を早めることで、マリアの父が男を圧倒している。

中肉中背の男の様子から長物は不利と判断した禿頭の男は、大型ナイフを抜きマリアの母に襲い掛かる!

「顔に似合わずえげつない真似するしん!!」

禿頭の男が吐き捨てる。その強面からは想像もつかない高い声。しかも美声だ。

「人の娘を誘拐しようと云う輩が、良く云いますね!!」

母も負けじと反論する。

「尤もだしん!!」

自分たちの非をあっさり認めつつ、ナイフによる連続攻撃を繰り出す。だが母は、畳んだバトル・ファンですべての攻撃を受け流す!

一方マリアの父は敵の刃を執拗に狙って攻撃を続け、遂に長剣の刃をへし折ることに成功する。

「武器破壊……だと!?」

男がマリアの父との間に距離を置き、折れた長剣の柄を投げ捨てる。それを見た禿頭の男も、リーダー格の傍らまで退がる。

「アザリーの仲間で夫婦者、この強さ………………まさか!?」

何かを考え込むようにぶつぶつと呟いていた中肉中背の男が、はっと何かに気付いたかのように声を上げる。

「貴殿ら、もしや…………ベトルとエミリーか!?」

男の問い掛けに。

「いかにも。それがどうかしたか?」

とマリアの父ベトルが答える。

すると男は居ずまいを正し。

「これは知らぬこととは云え失礼した。歴戦の勇士ベトルとエミリー。これほどの英傑が相手だったとは。改めて、我らは<破滅の預言者>が一角・邪術師レモルファス様に仕える者。俺は<鉄色>、部下の2人はそれぞれ<黒>・<緋色>と呼ばれている」

ベトルに対し、改めて名乗りを上げる。そして。

「<緋色>!! いつまで寝ている!!」

と、巨漢を怒鳴り付ける。すると白眼を剥いていた巨漢の眼がぐるりと黒眼に戻り、のっそりと立ち上がった。

「そんな。あれだけのダメージを受けて……」

マリアの母エミリーが呟く。

「<黒>、<緋色>。状況が変わった。これよりすべての能力の制限を解除する」

<鉄色>のその言葉に、<黒>と<緋色>の2人が驚いてリーダーの顔を見る。

「戦場にて自軍の正確な戦力評価をされることは即、死へと直結するのでな。我らは常に自身の能力に制限を掛けているのだ。どうか許されよ」

<鉄色>はそう云って、ベトルとエミリーに頭を下げる。

「だが貴殿らが相手では全くもって失礼極まる行為であった。貴殿らに力の出し惜しみなど、むしろ我らが命を落としかねん。これより全力でお相手つかまつる」

<鉄色>のその言葉に、<黒>と<緋色>も顔つきが変わる。

「いざ」

その言葉とともに、これまで以上の速度でエミリーとの距離を詰めた<緋色>。

「《鉄の拳》」

<緋色>の詠唱。元々戦槌の如きその拳が金属光沢を帯び、文字通りの鉄槌となってエミリーを襲う。

エミリーは先の攻撃同様畳んだバトル・ファンをX字に交差させ迎え討つ。殴打の力の方向を逸らし、受け流すつもりだった。だがーーーー。

落雷の如き威力の拳の一撃にバトル・ファンが破壊された! そして拳の勢いは止まらずそのままエミリーの胸部へとめり込む!

「がはっっ!!!!」

人形のように吹き飛ばされたエミリーは凄まじい勢いで壁に叩き付けられ、そのまま床へと崩折れる。

怖らく両の肺が潰されたのだろう。エミリーは乱れた呼吸の度に血を吹き溢している。もう長くは保たない。

自分の血で、溺れ死ぬのだろう。

「エミリー!!」

ベトルの絶叫。

その光景を、マリアは床と地下への蓋の隙間から見ていた。辛うじて悲鳴を押し殺すことが出来た理由は、自分が見付かってしまえば父と母の闘いが無駄になる、ただその義務感のみであった。

ベトルは小剣を構え直し、<鉄色>たちを睨み付ける。

武器を失った<鉄色>は、右掌を前に突き出し呪文の詠唱を開始する。そして。

「《金属酸化》」

<鉄色>の魔法の発動。するとベトルの剣の刀身が、楯の骨組みが、身に着けた金属部品がみるみる赤茶色に錆び、腐食し、ぼろぼろに崩れていく!

「これは……!?」

とうとう剣は粉塵と化し、楯はばらばらに分解されて床に落ちる。そこへ<黒>が、大型ナイフを構え襲い来る!

「この<双剣>の<黒>が、相手をするしん!!」

<双剣>を名乗りつつ、男が手にしているのは大型ナイフ1本だけだ。武器も楯も失ったベトルは、ただ躱すことしか出来ない。躱しながら、反撃の機会を待つ。

だがーーーー。

ざしゅっっ!!!!

徒手空拳の筈の男の左手が、その手刀が、まるで鋭利な刃のようにベトルの腹部を、貫いていたーーーー。

「《斬殺(スラッシュ・キル)》」

それは、素手に刀剣の切れ味を付与する、暗殺者御用達の黒の月の邪術だ。

「がはっ…………!!!!」

<黒>が手刀を引き抜く。口と傷口から大量の血を吹き溢し、ベトルは斃れた。

その光景もやはり、マリアは蓋の隙間から眼にしていた。その両眼からは、声も無く涙が零れ落ちていた。哀しいほどの意志の力が、悲鳴と嗚咽をその喉元に押し留めていた。

本心では今すぐにでも両親の遺体に縋り付き、泣きじゃくりたい。この場で両親とともに死んでしまいたい。そうすれば、淋しい思いをしなくてすむ。

だがーーーー。

彼女は感情より理性を優先して物事を考える。たまに訪れるアザリーから、そのように教え込まれていた。

父は『逃げろ』と云った。ここに『隠れていろ』ではなく『逃げろ』と。

つまり最初から、敵に勝てるとは考えていなかったのだ。最初から、ふたりの目的は時間稼ぎだった。

ここで私が奴らに見付かって捕まったり、殺されたりしたら両親の死が全くの無駄になる!

マリアは地下通路をひた走った。決して後ろを振り返らず。涙を流し、滲む視界の中をひたすらに。

そして、少女の足でもさほどの時間を要さず、地下通路の終点に辿り着く。

まずはガヤン神殿を目指す。この村の分神殿では駄目だ。駐在さんでは、あの3人には敵わない。

隣街の、もっと大きな神殿を目指そう。あいつらだって、大勢の人間に目撃されたくはない筈だ。

マリアは通路の出口の蓋を開ける。蓋は、森の中の叢(くさむら)に偽装されていた。

ーーーーそこに、老人が立っていた。

宵闇の中に立つローブ姿のその老人は、ゆっくりとマリアの方に手を伸ばしてきて、彼女の額に指で触れると。

「御苦労様。お嬢ちゃん」

そして、マリアの意識は闇の中へと、沈んで行ったーーーー。

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